第24話 祖先と子孫

「ん……あれ、僕は一体……痛っ」


 地面に横たわっていたテオは体を起こそうとして、痛みで顔を顰める。

 腹と頭に響く鈍痛。痛みによって徐々に頭が覚醒していく。


(確かコヨリちゃんを探しに行って、それで――)


 テオは思い出した。

 自分が、突如としてコヨリに斬りかかったことを。

 王都の外で、コヨリと戦ったことを。


「!! コヨリちゃんは!?」


 顔を上げたテオの視界にいたのは、


「おはよう。よく眠れた?」


 見知らぬ女だった。

 黒いドレスを身に纏い、白い片翼の美しい女性。


「あ、あなたは……? それに、ここは――ッ!?」


 辺りを見渡したテオの目に飛び込んできたのは、青白い大きな結晶だ。魔法陣の上に浮かぶその結晶の中には、一人の男が眠る様に鎮座していた。


 その顔には見覚えがあった。王都の噴水広場にある、あの彫像と全く同じ顔付きなのだから。


「ネメシス=ブルーム……?」

「ふふふ、正解」


 女は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 テオの頭は混乱していた。


(じゃあここはアラド学院地下迷宮の、あの部屋の先ってこと……? 仮にそうだとして、この人は誰だ? コヨリちゃんはどこにいったんだ? どうして僕だけここに……)


 そこまで考えて、テオは目の前の女に対して警戒心を露わにする。

 状況は分からない。だが、最も可能性として高いのは……この片翼の女が無理矢理にここまで連れて来たということだ。


「あなたは……誰ですか?」

「そんな警戒しなくてもいいのに。君に危害を加えるつもりはないわよ。私が誰かって言うと、そうねぇ……あの人の仲間……ってことになるかしら?」

「仲間……? ネメシス=ブルームの?」

「そうよぉ。ミーナリアっていうの。よろしくね」


 ミーナリアが手を差し出してくるも、テオはそれには応じなかった。

 彼女は肩を竦めると、結晶に向かって歩き出す。


「ほら、君もこっちに来なさい」


 テオは動かない。

 鋭い目付きで、ミーナリアを見つめていた。


「その前に聞かせてください。コヨリちゃんはどこですか?」

「コヨリちゃん……? だぁれ、それ?」

「狐耳と尻尾の生えた女の子です」

「知らないわねぇ」


 ミーナリアは飄々と答える。その口元が、にやりと口角を上げて歪んだ。

 疑念は、確信へと変わった。


「あなたは嘘をついている。答えろ。コヨリちゃんはどこだ?」


 テオは腰に下げた剣に手をかけ、いつでも抜けるように構えを取る。

 すると、今までにこにことしていたミーナリアがその笑みを消して、


「雑魚のくせに、あまり調子に乗らないでくれる?」


 その姿さえも、突如としてかき消えた。


「なっ!? どこに――」

「はぁい、捕まえた」


 後ろからしなだれかかるように、ミーナリアがテオの首元に顔を寄せる。


「くっ! 離れ――」


 言い切る前に、視界が突然切り替わった。

 目の前には、ネメシス=ブルームの封印された結晶。魔法陣の枠外ギリギリの場所に、テオは立っていた。


(これは、空間転移!? くそっ、まずは一度体勢を立て直して――)


 思考は刹那。だが、体が動く前に、とんっと背中を押される。

 ぐらりと体が前のめりに倒れる。


 反射的に背後を振り返ると、そこには――


「はぁぁ……これでやっと、やっとあなたに会えるわ。ネメシス様ぁ」


 頬を蒸気させ、恍惚な表情を浮かべたミーナリアの姿があった。


 テオの体が魔法陣に触れたその瞬間。


「ぐっ、がっ……がぁぁぁぁ!!?」


 頭が割れんばかりの痛みに襲われ、テオはのたうち回る。

 魔法陣が光り輝き、その輝きが増すにつれテオに襲いかかる痛みもまた酷くなっていった。


『テオ……テオ……』


 声が、聞こえた。

 以前にも聞いた、ネメシス=ブルームの声。


 ぴきっ、と結晶にひびが入った。


「ふふふふふ、あはははははははははは! あはははははははは!!」


 ミーナリアの歓喜の声が木霊こだまする。

 ひびは結晶全体に広がり、そして――


『よくやった。流石は、だ』


 結晶が、粉々に砕け散った。


 ネメシスはふわりと降り立つ。閉じられたその目が、ゆっくりと開かれた。

 腰まであろうかという程の長い真紅の髪に、鮮血のような赤き瞳。人を射殺さんばかりの鋭い眼光。


「あぁ……あぁ……ネメシス様……ようやく、ようやく会えました……」


 ネメシスは己の両手を開閉し、地面に這いつくばったテオを見下ろす。


「礼を言う。お前のお陰で、俺は封印から目覚めることができた」

「はぁ……はぁ……。ネメシス=ブルーム……さっきの言葉は、どういう、意味だ」


 よろよろとテオが顔を上げると、しゃがみ込んだネメシスはその髪を掴んで無理矢理に目線を合わせる。


「ぐっ……!」

「そのままの意味だ。お前は俺のために作られた存在。俺と対等に戦えるのは、同じく俺の血を引いた者だけだ。だから作った。俺が最強となるためにな」


 そう言って、ネメシスは乱雑にテオの頭を振り払う。

 地面に投げ出されたテオは、どうにか現状を整理するので精一杯だった。


(僕が、ネメシス=ブルームの子孫? そんな馬鹿な……)


 信じられない、という気持ちは確かにある。

 だがそれ以上に、目の前の男とは何か切っても切れない繋がりがあるような、そんな気もする。そもそもここでネメシスが嘘をつく理由がない。


 頭では分かっている。彼の言っていることは本当だと。

 だが、目まぐるしく変わる状況に思考が追い付いていなかった。


「ミーナリア。よくテオをここまで連れて来たな。流石は俺の見込んだ女だ」

「はい……はい……私は、ネメシス様に会いたい一心で、そのためにこの100年間を耐え忍んで来ました。そのお言葉だけで、私は、私は胸がいっぱいです。あぁ……愛しています、ネメシス様」

「お前が愛しているのは俺ではなく、俺の力だろ?」


 頭を垂れるミーナリアに、ネメシスは表情を変えずに言い切った。

 ミーナリアは「くふっ」と声を漏らし、にんまりと笑みを浮かべる。


「えぇ、えぇ、ですが私がネメシス様を愛している事実に変わりありません。そのお力をまた拝見できること、嬉しく思います」

「とはいえ、流石に100年も経つと体が鈍ってしまったな。肩慣らしに丁度いい相手はいないか?」


 考える素振りも見せずに、ミーナリアは淡々と言葉を紡ぐ。


「魔族の国――エレンシアではこの100年で新たな魔王が誕生しました。また、ここマグミリオン王国の王立魔法師隊隊長は当代における大英雄と呼ばれています。この辺りなら良い運動になるのではないかと」

「どれ、少し見てみるか……」


 ネメシスは目を閉じ、魔力を探る。


「魔王の方はそれなりだが、先代ほどではないな。それに王立魔法師隊の方も大した魔力でもないぞ。これでは準備運動にもならん」

「でしたら、かつての仲間達に会いに行かれるのがよろしいかと」


 そこで初めて、ネメシスは表情を変える。

 楽しそうに笑みを浮かべていた。


「なるほどな。そっちの方が面白そうだ」

「であれば、すぐに出発いたしましょう」


 ミーナリアはネメシスの肩に手を添える。


「待て!」


 そこで、テオはようやく立ち上がって声を上げた。


「お前達の目的は……一体なんなんだ」

「そんなもの、決まっている」


 ネメシスの心臓を射貫くような視線が、テオに突き刺さる。


「俺が最強であると証明するために、ただひたすらに戦いを求める。それだけだ」

「――ッ!!」


 ネメシスから湧き上がる魔力。それはあまりにも禍々しく、圧倒的で、テオの体中が粟立あわだった。

 足が震えて、思わず腰が抜けてしまいそうな程の絶対的な力の差。ただ魔力を放出しただけで、テオはその差に圧倒されてしまった。


 テオは唇を強く噛み締める。気付けば歯がガチガチと音を立てていた。

 それでもなんとか自分を保つために、恐怖を振り払うために、わざと声を荒げる。


「でも、あなたは……大英雄ネメシス=ブルームだ! 戦争を終わらせた英雄で、人々の希望で、それなのに……なぜそんな――」


 瞬間、ネメシスの姿が視界から消えた。


「ぐっ……あっ……」


 気付けばネメシスは目の前にいて、テオは首根っこを掴まれていた。

 空間転移ではない。純粋な、肉体による高速移動。

 テオの目には、その影すらも捉えることはできなかった。


「100年の平和によって、どうやらお前に流れる俺の血も堕落してしまったようだ。そんなことも分からないとは」

「はっ……なせ……」


 テオの体が徐々に持ち上げられ、足が地面から離れる。


「かっ……」


 空気を求めて、自然と口が開く。なんとか引き剥がそうと力を込めるも、びくともしない。


「このまま堕落したままだと、お前が俺と対等な相手となるのは無理か。となると、もう一度戦争を起こすべきか。いや――」


 テオは酸欠になった頭で、その言葉を反芻する。


(もう、一度……?)


 もう一度、とはどういう意味だろうか。

 考えたくない想像だ。だがテオは、容易にその結論に至った。至ってしまった。


 テオの憧れた大英雄で、勇者で、人々の希望の光であるネメシス=ブルームなんてものは最初から存在しなくて――

 目の前にいるのは、ただ自分が最強になるために戦争を引き起こした最狂の災厄。


 ずっとなりたいと思っていた。ネメシス=ブルームのような立派な人間に。

 人々を助けるために己の力を振るう、ネメシス=ブルームのような勇者に、英雄に。


 だが、そんなものは最初から存在しなかったのだ。

 目の前にいるのはただ人々を不幸にするだけの怪物。ただの獣。


「さ、せ……ない……」

「ん?」


 テオの憧れたネメシス=ブルームは虚像だった。

 だが、幼き頃にネメシス=ブルームの冒険譚を聞いて芽生えた気持ちは、虚像なんかではない。


 目の前にいるのが怪物なら。

 勇者には、英雄には、それを倒す使命があるのだ。


「お前は、ここ、で……僕が、止める……」

「ほう。見上げた根性だ。中々どうして、いい目をしてるじゃないか。それなら――」


 ネメシスの目が、怪しく光った。


「プレゼントだ」

「ぐっ!? がっ、がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ネメシスの魔力が、大量にテオに流れ込む。許容量を超える魔力に、テオの体は内側から引き裂かれるかのように血が噴き出した。


「眠っている俺の血を目覚めさせてやろう」


 テオの頭の中に、一つの言葉が流れ込んでくる。


『戦いたい。戦いたい。戦いたい』


 それは純粋な闘争本能だ。

 ただ戦いたい。自分の強さを証明したい。勝ちたい。殺したい。強くなりたい。もっと、もっと、もっともっともっと。

 そんな欲求が頭の中を支配していく。


 脳が、体が、心が、塗りつぶされていく感覚。

 このままだと、テオという人格は消えてなくなる。


 それが分かっていても、抗えない。


(だったら――)


 せめて、一太刀でも。

 この化物に浴びせてやる。


 僅かに残った自意識を持って、テオが剣へと手を伸ばした。

 その時――


炎尖華えんせんか


 一条の赤い光が、ネメシスの腕を穿うがった。

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