第23話 王立魔法師隊

「ミーナリアめ……こんな切り札を隠し持っていたとはな……」


 空に煌めく白銀の龍が咆哮を上げた。

 耳を劈くような轟音に、コヨリ達は思わず耳を塞ぐ。


「こ、これが白龍……」


 ミズキが、ごくりと喉を鳴らした。


「……流石にこの状況で涙を取るのはちと厳しいぞ?」

「わ、分かってますよ! まだ何も言ってないじゃないですか!」

「いや、完全に目が酒じゃったぞ」


 白龍を前にしても余裕のあるミズキに、コヨリは苦笑する。


「ミズキ、少しは状況を考えないとだめよ」

「だ、だからまだ何も言ってないだろ!」


 ルーナもまた、ミズキを窘めるくらいの余裕を見せていた。

 それはきっと、二人ともコヨリのことを心から信頼しているからだ。コヨリがいるのだから何も恐れることはないのだと、二人はそう信じているからだ。


 コヨリは二人のやり取りを見て、顔を綻ばせた。


「冗談はさておき、じゃ。流石の我も白龍相手だと全力でやらざるを得ん。倒した後はしばらく魔力切れで動けなくなるやもしれんから、後のことは二人に任せるぞ」


 白龍はS級冒険者でも苦戦する難敵だ。3本目の尻尾を開花させたコヨリでも、余裕の勝利とはいかない。

 ただでさえ無理をしている現状だ。しばし行動不能になることは十分に考えられる。


 だが、コヨリは何も心配してはいなかった。


「お任せください、コヨリ様」

「必ずや使命を果たしてみせます」


 今のコヨリには、優秀な配下がついているのだから。


「は、白龍だ……」

「もうおしまいだ……」

「ここで、ここで死ぬのか……」


 王都は再びパニックに呑まれていた。

 コヨリは屋根の縁に立ち、息を大きく吸いこむ。


「案ずるな! この我が、白龍如き余裕で退治してみせよう!」

「お、おぉ……コヨリ様」

「コヨリ様! 我らをお助けください!」

「コヨリ様ぁぁぁ!」


 その言葉だけで、恐慌状態はコヨリへのエールへと変わった。


(さて、無茶に無茶を重ねることになるが……致し方なし。を使うしかないかのう……)


 尻尾3本あれば、原作のコヨリが使っていた奥義が使える。

 だがそれは、コヨリの魔力を大量に消費する諸刃の剣。使えばまず間違いなくテオの奪還には参加できなくなる。


(最後の最後で配下におんぶにだっことは情けない限りだが……後のことは任せたぞ)


 コヨリはルーナとミズキをちらりと横目で見ると、小さく頷いた。


「ゆくぞ、白龍よ。九尾族のコヨリが、お主の相手をしてやろう」


 白龍が唸り声を上げる。完全にコヨリを敵として認識していた。


「解放せよ、野――」


 コヨリが奥義を使おうとした、その瞬間。


「散れ――」


 鈴の音のように凛としていて、それでいて真っ白な雪のように澄んだ声が、聞こえた。


霜雪そうせつの舞」

「なっ……!?」


 コヨリは、その光景に目を疑った。


 圧倒的な存在感を放っていた白龍が、瞬きをする間もなく

 よく見れば、空中には一人の少女。銀色の髪を靡かせ、白龍によく似た白銀の鎧に身に纏っている。そして手にはレイピアのような細い剣。


 少女は、白龍にはさして興味もないように、淡々と呟く。


「討伐完了」


 少女が剣を腰のホルスターに据えるのと同時に、氷漬けとなった白龍は粉々に砕け散った。


「あ……『白龍の涙』が……。あぁ、そんなぁ……」


 まるで雪のように、白龍の欠片がきらきらと宙を舞う。


「あ、あれは氷姫ひょうきか!?」

「王立魔法師隊が来たのか!」

「氷姫イヴ様!」


 この国――マグミリオン王国を守護する王立魔法師隊。その隊長にして世界最高峰の氷属性の使い手であり、ネメシス=ブルームに次ぐ当代きっての大英雄――


 ゲーム『スペルギア』のヒロイン――イヴがそこにいた。



 ***



 コヨリは困惑していた。

 原作では、イヴはコヨリよりもテオのパーティへの加入が遅い。謂わば4人目のヒロインだ。

 それなのに、どうしてここにいるのか。


(いや……最早この世界は原作通りのシナリオではないか……)


 コヨリが既にテオと知り合っていること。ネメシス=ブルームが復活しようとしていること等を考慮して、コヨリはそう結論付ける。


 コヨリが空中に佇むイヴを見つめていると、目が合った。

 イヴはふわりと、コヨリ達のいる屋根へと降り立つ。


「怪我はない?」


 ついばむような、小さな声。そしてあまり抑揚を感じないトーンも相まって、ぱっと見はお人形さんのようだ。


「あ、あぁ……助かったぞ」

「そう。それならよかった」


 イヴは辺りをきょろきょろと見渡すと、こてんと首を傾げる。


「おかしい。魔物の大群が王都を襲撃しているって話だったのに、いたのは大きなトカゲだけ。あなた、何か知ってる?」


(白龍をトカゲ扱いか……)


 その規格外の強さにコヨリも呆れるしかなかった。


「他の魔物なら我が倒したぞ」

「……全部?」

「全部じゃ」

「凄いね」

「え、あ、うん。まぁな……?」


 この捕らえ所のない感じ、まさしくイヴだ。


(しかしここでイヴが来てくれたのは僥倖じゃ。これで魔力を温存した状態でテオの元へ行ける)


「助けてくれたこと、礼を言うぞ。我らは先を急ぐのでな、この辺で失礼する」

「え……」

「ん?」


 なぜだか残念そうな顔をするイヴ。その視線はコヨリのふさふさの尻尾に向いていた。

 コヨリが尻尾を右に揺らすと右に、左に揺らすとイヴの視線も左に向かう。分かりやすいことこの上ない。


「……今は急いでいるのでな。また今度じゃ」

「そう……残念」


 イヴはそう言うと、眼下を見下ろす。大勢の住民が歓声を上げていた。その中にはイヴと同じ白銀の鎧に身を包んだ騎士が幾人か。王立魔法師隊の面々が衛兵を纏め上げ指示を飛ばしている。


「王都のみんなを守ってくれて、ありがとう」


 あくまで顔は無表情のまま、イヴは頭を下げる。それでもコヨリは、その目の奥に優しい光を感じた。


「ぜぇ……ぜぇ……隊長ー? 隊長ー!? もう、また一人でいなくなるんだから……探すこっちの身にもなってほしいよ……隊長ー!? どこですかぁ!?」


 大通りで一人の女性が大きな声を上げていた。

 イヴはそちらを一瞥する。


「……それじゃあ」


 短くそれだけ告げると、イヴはそのまま屋根から飛び降りて行った。


「あれが当代の大英雄――氷姫のイヴ、か。かなりの使い手だな。まさか白龍を……くっ……粉々に、するなんて」


 悔しそうに拳を握り込むミズキをルーナは冷ややかな目で見つめ、かと思えばすぐに目を逸らした。酒カスには何を言っても無駄である。


「なんだか不思議な雰囲気の方でしたね」

「まぁあやつは少々特別じゃからな。それよりも先を急ぐぞ。白龍を出して来た以上、もうミーナリアによる妨害はないはずじゃ。最短距離を駆け抜ける」

「「はっ」」


 おそらく、ネメシス=ブルームはもう目覚めているだろう。問題はテオが無事かどうかだが、コヨリの考えでは命まで取られることはないとみている。


 それはテオが、ネメシス=ブルームにとってのお気に入りだからだ。彼は自分と対等に戦える相手を求めている。最強になるために。

 主人公であるテオはまさしく、その相手だと言えよう。だから、おそらく大丈夫。


 コヨリは、拳を固く握り締めた。


(あくまで、おそらくじゃ。確証はない。もう、我にもどんなシナリオ運命が待ち受けているかは分からん)


 どうか無事であってくれ。

 コヨリはそう願いながら、アラド学院へと向かった。

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