第22話 本当に為すべきこと

 炎刀のザンキ。以前コヨリを攫おうとした人攫いだ。


「なぜお主がここに……」

「お嬢の方こそ、まだ王都にいるとは驚いたぜ。……まさかまたこうして現実で会えるなんてな。これも神の――いや、九尾様の思し召しか……」

「お、お嬢? 九尾様……?」


 コヨリはザンキの物言いに思わず眉をひそめた。

 ザンキはコヨリ達のことを、前はお嬢ちゃんと呼んでいた。お嬢だなんて、そんなヤクザ漫画みたいな呼び方はしてなかったはず。

 それにザンキの様子もどこかおかしい。コヨリに対する敵対心は一切感じられず、それ所か胸の前で右手を握り込んで祈りを捧げている。


 コヨリはそこで、はっとしてルーナを見た。

 以前ルーナは気絶したザンキに何かをしていた。そして言ったではないか。ちょっとした悪戯をしたと。


「毎晩コヨリ様の夢を見ることで炎刀のザンキも気付いたのでしょう。コヨリ様の素晴らしさに」


 ルーナは澄ました顔を少しも崩さずにそう言った。


(そ、それって……ただの洗脳ではないか……!)


 つまりザンキの夢にコヨリが出るように仕組んで主の素晴らしさを布教していた、ということだ。ネメシス=ブルームも真っ青の精神汚染である。

 百面相のように、コヨリは顔をぐぎぎと歪ませる。が、すぐに息をついて冷静さを取り戻した。


 言いたいことは色々とあったが、その全てをコヨリは飲み込む。

 今はそれ所ではない。一分一秒が惜しい状況だ。


「ザンキよ。その子をどうするつもりじゃ。まさか攫って行くなどと言わんよな?」


 ザンキは腐っても人攫い。攫うために助けたという可能性もゼロじゃない。

 コヨリはザンキに向けて拳を構える。ルーナは泣きじゃくる男の子の側につき、ミズキもまた守る様に立ち塞がった。


 剣吞な雰囲気が漂う中、ザンキはへらっと笑う。


「そんなことしねぇさ。俺は人を攫ったり、ましてや売っぱらったりなんかしねぇ」

「我のことは襲ったのにか?」

「そういうポーズが必要な時もあるんだよ。だが、誓って俺は人攫いをしたことはない。俺はただ……妹を見つけたいだけだ」


 コヨリに向けるその瞳に、嘘はなかった。


「妹……?」

「あぁ。人攫いに捕まってどこかに行っちまった。だから俺は、裏稼業を生業としてる組織に入り込んで探ってたんだ」

「なるほど、蛇の道は蛇……ということか」


 コヨリは拳を下す。

 ザンキの言葉に嘘はない。ルーナの精神汚染の影響がある中で嘘をつくことは出来ないからだ。


 ザンキは男の子の側に近寄るとその頭をぽんぽんと叩き、微笑んだ。


「俺はこの子を衛兵の元に連れて行く。後のことは任せた」

「後のこと……? お主、一体何を言っておるのじゃ」


 ザンキの言いたいことがなんなのか、コヨリには分からなかった。

 子供の手を引くザンキは、くつくつと笑う。


「何を言っておるのじゃはこっちの台詞だ。お嬢ほどの力があれば、もう問題は解決したも同然じゃねぇか。何せこの俺が手も足も出なかった最強の九尾族なんだからよ。だから言ったんだ。後のことは任せた、ってな」


 コヨリは何も言わない。言えなかった。

 ただ黙ってザンキを見つめる。


「そんじゃいくぞ坊主。安全な所まで俺が連れてってやる」

「う、うん。お姉ちゃん、ありがとう!」


 男の子はコヨリに手を振り、ザンキと共に衛兵の元に向かった。


「なんだったんだ? あの男は」

「炎刀のザンキ。以前不敬にもコヨリ様を捕まえようとした人攫いよ。確か元A級冒険者とかなんとか」

「ほう。中々の手練れじゃあないか。刀を使うようだし、一度手合わせ願いたいな」

「ふふ、いずれまた会えるわよ。たぶんね」


 ルーナとミズキの会話をぼんやりと聞きながら、コヨリは先程のザンキの言葉を思い返していた。


 ――後のことは任せた。

 それはコヨリの力を信頼しているからこそ出る言葉だ。一度戦った相手であるザンキは、コヨリの力を嫌という程に理解している。


 そうだ。コヨリならできるのだ。

 この現状を解決するだけの力が、あるのだ。


「くっくっくっ……ふはははは……」

「コヨリ様……?」


 自然と笑いがこみ上げてくる。


「ははははは! わーはっはっはっは!」


 どうしようもなくて、止められなかった。


(そうじゃ、我は何をうだうだと細かいことを考えてたんじゃ。そんなもの、


 今ここで魔力を消耗したら、テオを救えない?

 ルーナとミズキをここに残したら、テオを救えない?

 テオと王都の民を天秤にかけたら、テオの方が大事に決まっている?


 否。それは断じて、否。


 原作のコヨリが同じ場面に直面して、王都の民を見捨てるか?

 その答えは当然、ノーだ。


 コヨリは、心優しき少女だ。誰かが苦しんでいたり困っていたら見て見ぬフリなんてできない性分で、本当はどこにでもいる普通の女の子なのに弱みを見せないように気丈に振舞っていて――


 九尾族という圧倒的な力と向き合って、それを正しく使おうとする、責任感のある女の子なのだ。


「ルーナ、ミズキ。我は覚悟を決めたぞ」


 コヨリは、にっと口角を上げて笑う。


「テオか王都か、どっちかではない。どっちも救ってこその最強無敵美少女じゃ」


 コヨリの言葉に、ルーナもミズキも、笑みを浮かべて小さく頷いた。


「私達はコヨリ様の忠実な僕」

「どこまでもお供いたします」

「うむ。いざ参ろうぞ。王都の民を助けに!」


 コヨリは跳躍し辺りを見渡すと、一番見晴らしの良さそうな高い建物の屋上に降り立った。ルーナとミズキもまた、背後に控える。


 眼下に見える王都の光景。怒号と悲鳴が鳴り響き、恐怖と絶望に染まった惨状を前にして――


 それでもコヨリは、不敵に笑った。


「ふぅぅ……」


 現状の少ない魔力では、王都全域に蔓延る魔物を倒すのは困難だ。

 限界を、超えるしかない。


「はぁぁぁぁぁ!!!」


 コヨリは、魔力を極限まで練り上げる。その身に宿す魔力の全てを解放し、さらにさらに密度を上げて行く。


(もっと、もっとじゃ! 出し惜しみはせん! 全てを出し尽くすのじゃ!)


 小さな体から立ち昇る魔力は、これまでの比ではなかった。

 濃厚かつ濃密。側にいたルーナとミズキはそのあまりの密度と量に息苦しさすら感じた。


 コヨリの魔力が頭上の雲を散らし、星空が輝く。


「なんだあれは……」

「す、凄い魔力だ!」

「あ、あそこだ! 屋根の上に誰かいるぞ!」


 地上にいた衛兵や冒険者も、その異常なまでの魔力に思わず天を見上げる。


 その時、コヨリの尻尾が3つに別れた。


「あれは……九尾!?」

「まさか、九尾族は100年前の戦争で絶滅したはずじゃ……」


 九尾の尻尾は膨大な魔力を宿し、その大きさまでもが変化していく。一本一本がコヨリの身の丈を越える程の大きさとなり、その存在感を増していく。


 コヨリが、ぴっと指を空高く突き立てた。


「狐火」


 空に浮かぶは無数の火の玉。真っ赤に燃えるそれは、その数を増していき――



 やがて王都の空を、埋め尽くした。



 そしてコヨリは、指先をゆっくりと振り下ろす。

 狐火に、命令を下すように。


「王都に蔓延る魔物を、一匹残さず燃やし尽くせ。――大連華だいれんか


 途端、空を埋め尽くす程の狐火が王都の街中に向けて飛び去って行く。それはまるで、数多降り注ぐ流れ星のようだった。


『ゲギャギャギャ! ……ギャ?』


 獲物を探して徘徊していたゴブリンに狐火が襲いかかる。

 ゴブリンは激しく燃え上がり、一瞬の内に灰と化した。


 王都にいる魔物に、もう逃げ場などない。


 今まさに噛み殺そうと牙を立てていたコボルトを、こん棒を振り上げていたゴブリンを、正者を亡者に変えようとしていたグールを、スケルトンを、その全てを灰燼に帰していく。


 狐火は魔物だけでなく、空中に浮かんだ黒い穴にも飛んでいった。狐火が黒い穴を炎で飲み込む。黒い穴にはひびが入り、その形を歪ませる。

 直後、パリィンというガラスが割れたような音を立てて、黒い穴は砕け散った。


 空にまたたく、赤い彗星。最初その光景に恐怖を抱いていた王都の住人も、今はただその燦然さんぜんと輝く赤い光に目を奪われていた。

 コヨリの狐火は王都を脅かすその全てを燃やし尽くし――


 ものの十数秒で、さっきまで聞こえていた怒号も悲鳴も魔物の鳴き声も、一切聞こえなくなった。

 静寂に包まれた王都を、コヨリは見下ろす。


「魔物は、この我によって全て殲滅された! 皆の者、安心するがよい!」


 空が火で埋め尽くされるという非現実的な現象を前にして固まっていた王都の住人が、コヨリの声を聞いて次第にざわざわと騒ぎ出す。


「ほ、本当に……?」

「終わったのか……?」

「あの黒い穴もなくなってるぞ……もう魔物は出てこないのか?」

「やった、やったぞ……俺達、助かったんだ!」


 困惑は次第に歓喜へと変わっていく。


「ありがとうございます!」

「お嬢ちゃんのお陰だ!」

「ありがとー!」


 住人達の声に、コヨリは手を上げて応える。歓声がより強まった。


「お名前を! お名前を教えていただけませんか!?」


 そんな住人の声に、コヨリは「ふっ」と鼻を鳴らす。


「よかろう。心して聞くがよい。……我が名はコヨリ! 最強無敵美少女にして天衣無縫の九尾族の生き残り! 不老長寿の法を求め旅をする――ただの、のじゃロリ狐っ娘じゃ!」

「コヨリ様ー!」

「ありがとう、コヨリ様ー!」

「コヨリ様、ばんざーい!!」


 割れんばかりの歓声を前に、コヨリはマントを翻す。そのまま屋根の縁から一歩引いて、ルーナとミズキを見ると、


「コヨリ様……わ、私は今、ぐす……猛烈に感動しておりますぅぅ……」

「流石はコヨリ様。王都の民を救うだけでなく、その心までも掌握するとは……感服いたしました」


 ルーナはめちゃくちゃ号泣してるし、ミズキもまた一筋の涙を流していた。


「泣くのはまだ早いぞ、二人とも。ここからが本番じゃ。行くぞ、アラド学院へ」


 二人の配下はごしごしと涙を拭き取ると、「「はっ」」と声を合わせて力強く応えた。


 アラド学院に向けて跳躍しようとコヨリが足に力を込めた時――


「――ッ!? なんじゃ!?」


 空に、一際大きな黒い穴が突如として現れた。

 そこから姿を見せたのは、大きなドラゴン。白と銀の鱗を備え、S級冒険者でも討伐は困難とされる龍種の中でも最強の一角。


「……白龍!!」


 白きドラゴンが、コヨリ達の前に立ち塞がったのだった。

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