あの日を境に⑫
あれから数日が経ちすっかり元の日々を取り戻していた。 家族が天汰を忘れていることなんてなかったし部屋も元通りだ。
ただ朝起きてリビングへ向かう時に“もし忘れていたらどうしよう”と何度も不安に駆られた。 ただそれは杞憂に終わり少しずつ頻度も下がっていった。
「いや、だからそれは規則違反なんですって」
「だから俺と圭地は今後一緒のグループで組まないでください、って頼んでいるんです!」
今天汰はサークルのリーダーと交渉している。 ただ基本的にはリーダーとの交渉は一切認められていなかった。
「まぁ、そこまで言うなら・・・。 珍しいですよ、そんなことを頼んでくるなんて。 前の旅行でそんなに仲が深まったんですか?」
「んー、まぁ・・・。 とりあえず聞き入れてくれてありがとうございます」
かなり渋ってはいたが何か事情があるとみてリーダーは納得してくれたらしい。 もっとも圭地と同じグループになりたくないと頼んだのは“あの時の暴走を見たから”という理由ではない。
―――本当に何だったんだろうな、あの現象。
―――俺と美空だけが全く同じ体験をしていたなんて不思議な話だ・・・。
―――仲が深まったのは圭地より美空の方だけど。
天汰は圭地のもとへ向かう。
「リーダーからは何だって?」
「いいってさ」
「それはよかった」
―――でも何故圭地だけあの時のことを憶えていないんだろう?
その理由は分からない圭地とは友達になることにした。 サークルのルール上旅行以外では親しくなることは禁止されているため先程リーダーに個別で頼み込んだのだ。
―――過去に自分をいじめてきた人への復讐からの暴走。
―――あれが本当に圭地自身の行動だったのかは分からない。
―――寧ろ今でもその過去は確かにあったのか聞けずにいる。
―――また暴走されたら困るからな。
―――でももし現実の世界でそれが本当に起こるのなら止めに入りたい。
圭地が悪人ではないことは分かっている。 あの時、確かに圭地はテロリストのような行動を起こしたが、それは圭地が望んだことではないと思っていた。
―――実際今でも圭地は少し変わったことをする時がある。
―――それを誰かが受け入れるのもきっと大事だよな。
おそらく圭地は地蔵を蹴っ飛ばしたことで怒りを買ってしまったのだろう。 それで我を失い、記憶も残っていないのだ。
「前の旅行は楽しかったなぁ。 美空が選んでくれた場所は結構楽しめた」
「そうだな。 俺も忘れられない思い出になったよ」
「そう言えばあの時天汰と美空は意味深なことを言っていたけど・・・」
「あ、あぁ、あれは単なる夢だったんだ!」
「夢? 美空と同じ夢でも見ていたと言うのか?」
「ま、まぁ・・・」
「でも二人共寝ていなかったような・・・」
圭地には何があったのか結局話していない。 何となく話してはいけないような気がした。 圭地の発言に言葉を詰まらせていると丁度目の前を美空が横切った。
「あ、天汰たちじゃん! ちょっとアタシ行ってくるね」
グループにそう言ってこちらへ来た。 前に所属していたグループとはタイプが違うようだ。
「本当に大人しくなったな」
美空はギャルを止めサークルも辞めた。 周りが自分を忘れた世界でギャルでいても何も楽しくなく、何のためにギャルをやっていたのか分からなくなったらしい。
「まぁギャルはお金もかかるからね。 でもちゃんとギャル友とはまだ繋がってるよ。 天汰はまだサークルに残っているんだって?」
「あぁ」
頷くと“怖いもの知らず”といったような顔をされた。 美空は関係が浅い人と旅行へ行くのがトラウマになったという。 それに美空はあの日のことが記憶に刻まれた結果、彼氏に冷め別れることになったらしい。
―――美空はあの日の出来事で大きく変わって失うものが多くなった。
―――それがいい方向へ進むといいんだけど。
そこで圭地がフラッと立ち上がりこの場から離れていく。
「圭地? どこへ行くんだ?」
「ちょっとトイレに」
「せめて一言言ってからにしろって。 いってらっしゃい」
圭地を見送る。
「圭地は相変わらずね。 ・・・ねぇ、あの時のアタシたちは本当に共通の夢でも見ていたのかな」
「髪の毛が元通りだったということはそういうことなんじゃないか?」
「確かに、それを確かめるつもりで切ったけど・・・。 あの恐怖がただの幻覚や夢だったっていうのは信じられないかな」
「もし圭地に追い付かれていたと考えたらゾッとするよな。 そもそも本当に圭地だったのかも怪しいけど」
トイレへ向かう圭地の背中は小さく見えあの時の圭地と同一人物とは思えない程だ。
「今の感じを見ていると暴走するとは思えないよね」
「まぁな。 あれから特に異変はないし」
「気にしない方がいいかもね。 それよりどうしてあんなことが起きたんだろう?」
「美空も見ただろ? お地蔵様が俺たちに助けを求めたのを踏みにじっちゃったからあんなことになったのかもしれない」
「あぁ、そっか。 圭地だけが記憶がないのもそれが理由なのかな」
「どうかな。 だけどあの時のことを憶えていなくて本当によかったと思うよ」
「今はね。 あの時はあの世界で天汰と圭地はアタシのことを憶えてくれていたことだけが支えだったもん」
「俺もだよ。 それに今回で学んだ。 どんなに関係が浅くてもその人のことを大切にしないと駄目だ、って」
「それアタシに言ってる?」
「自分に言ってる。 だってそこからいい出会いになるかもしれないんだから」
「そうだね。 そう言えば、その髪型いいと思うよ。 ワイルドな感じがしてカッコ良いかも」
「あぁ、ありがとう」
「もしかしてアタシが言ったから?」
「だったらどうする?」
「素直に似合ってる」
「正面から言われると照れるな」
現実へ戻って天汰は髪型を変えた。 確かに美空の言葉がきっかけだったが心持ちを変化させようとしたからという理由もある。 ただやってみて予想外に自分に似合っていると感じたのも事実だ。
「人を大切にして深く関わりたいならサークルから抜けた方がいいんじゃないの?」
「いや、浅い関係だからこそ学べることもあるんだよ」
話していると圭地が戻ってきた。
「あのさ。 またこの三人で旅行へ行かない? これはプライベートの誘いなんだけど前があまりにも楽しかったからさ」
またもや突拍子もない発言。 だがそれに天汰と美空は顔を見合わせて笑った。
「いいねぇ! 天汰と圭地なら知らない人じゃないしアタシは構わないよ」
「俺も。 だけどあんな天変地異はもう懲り懲りだけどな」
「天変地異? あんなのどかなドライブ旅行だったのに?」
「ははは、まぁ気にするなって」
―――どうしてこんなサークルを作ったのか疑問だったけど分かったような気がした。
―――知らない人と関わりを持つ意味が。
―――深い関係を持つ人なんて数人いてあとは広く浅い関係を持った方が楽だと思っていた。
―――だけど初対面の人とも真正面から真剣に向き合って、深い関係を持つ人が他に増えるのも人生楽しいのかもしれないな。
-END-
あの日を境に ゆーり。 @koigokoro
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