あの日を境に⑪




幸いなのか信号が切り替わるまでにタイヤに穴が空けられることはなかった。 急いで発車して距離を取る。 圭地は慌てた様子もなくオープンカーに乗り込み排気音をけたたましく鳴らした。


「何あの車、めっちゃ速い!」


天汰も必死でアクセルを踏み込むがどうやら速度に差がある様子で折角取った距離が詰められる。 それを見て美空は急いだ様子でコンビニ袋を漁っている。


「あった!!」


徐々に圭地との距離が近付いていく。 それに焦りを覚えていると美空がコンビニで買っていた胡椒や唐辛子の瓶を開け圭地の車へ向かって投げ付けた。


「くッ・・・! げほ、げほッ!! 目が・・・ッ!」


オープンカーだったことと圭地がクロスボウを打つためにフロントガラスを割っていたことでモロに車に粉が被っていた。

圭地はとても目を開けていられず前が見えなくなった拍子にハンドルを切りガードレールに思い切り車体を擦り付け停まった。


「急いで!!」

「でもまだ赤でッ」

「そんなこと言っている場合!?」


誰もいないなら出発していたがまだ横断者がいる。 もちろん美空もそこへ突っ込めと言っているわけでない。


「細い道でいいから!!」


美空は左方向を指差した。


「悠長に考えている時間はないよな」


人の往来を避け左方向へアクセルを踏んだ。 人は慌てた様子で逃げてくれた。 もしかしたら通報されるかもしれないが、しばらくすれば何を通報するのかも忘れる人たちだ。


「圭地が動き出したよ!!」


美空が後ろを見ながら報告してくれる。


「駄目、人が近くにいてもお構いなしだわ」

「今人を轢いてもどうせまた巻き戻されるとでも思ってんだろうな」


人に構わずぶつかっているのなら丁寧に走っている天汰たちはすぐ追い付かれてしまう。 見つける度に角を曲がってボウガンを撃ち込まれないようにしていた。


「どうせ巻き戻されるならもう今更足掻いても意味ないんじゃ・・・」


美空が諦め交じりに言う。


「そんなこと言うなよ! たとえ巻き戻されたとしても今受ける痛みは本物だぞ!?」

「そうだけどッ・・・」

「俺は奈落へ落ちたからその時の恐怖だけは心に染み付いている。 痛みも感じてあの恐怖は本物だ!!」

「・・・!」

「そしてそれは俺たちだけじゃない。 人の悲鳴を聞いただろ!? それにもう一度巻き戻されるなんて保証はどこにもないんだ!!」

「確かに巻き戻ることを前提にしちゃ駄目だよね・・・」


天汰と圭地のカーチェイス。 熾烈なカーチェイスを行いながらやっとのことで目的のトンネルへと辿り着いた。

圭地と距離が離れたことを確認しスピードを緩めると道路の真ん中辺りに丸い何かを発見した。


「アレってもしかして・・・」

「最初に何か踏んだ感触があったよね」


転がっていたのはお地蔵様の頭だった。 それはまるで閻魔大王のような表情をしていた。


「怒りの顔!? でも、さっきは・・・」


天汰は行きがけにお地蔵様が道路脇に並んでいたことを思い出す。 そこでは確かに喜びと怒りと悲しみの顔があったはずなのだ。


「美空! 近くにお地蔵様が並んでいるはずなんだ。 それを探して・・・」

「それってアレのこと?」


美空の指し示す方向には確かに3体のお地蔵様と首のないお地蔵様が並んでいた。 天汰は車を止めるとシートベルトを急いで外し飛び降りた。


「ちょッ、天汰!?」

「運転席へ移って圭地が来たら教えてくれ。 最悪俺を置いていってくれてもいい!」

「あ、アタシは免許持ってないよ?」

「足元の右側のペダルを踏めば発車する! ハンドルはゲームとかでやったことはないか!?」

「ゲームって・・・!」


とにかく時間が惜しかった。 地蔵の頭は重く道路の反対側へ持っていくのはなかなかに骨が折れる。


「酷い扱いをしてしまって本当に申し訳ありませんでした。 もしお怒りに触れたのであれば何卒お許しください」


そのようなことを呟きながら必死にお地蔵様の頭を4体目の地蔵へ戻した。 すると地蔵の顔が怒りの表情から変わっていたのだ。


―――・・・許してもらえたのか・・・?


ただそこで元の世界へ戻れるようなことはなかった。


「早く、天汰! 圭地がもう来ちゃう!!」


必死に走って後部座席へ飛び乗った。 同時に美空が車を発車させる。


「じ、事故ったらごめん・・・。 きゃ、キャァァァァ!!」


アクセルを思い切り踏み込んだのかすさまじい勢いで加速した。


「やるじゃん、美空。 あとは頑張ってトンネルを抜けてくれ!」

「頑張れって、そんなこと言われても!!」


圭地は次第に距離を詰めボウガンを撃ってきた。 ただ美空の運転が図らずとも蛇行し狙いが定まっていない。


―――対向車が来たら即死だな・・・。


幸い対向車どころか他の車一台すらおらずトンネルに美空の悲鳴が響くばかりだった。


「このままトンネルを越えればきっと何かが起こ・・・! わぁぁぁッ!?」


トンネルをしばらく走っていると突然トンネルが崩れ天汰たちは下敷きとなってしまった。 だが身体には衝撃がなく寧ろ心地のいい揺れ。

恐る恐る目を開けると圭地が走らせている車の助手席に天汰は座っていた。


「!?」


思わず身を引いてしまう。


「ん? どうかしたのか?」


圭地はこちらを見て問う。 圭地の身の回りを見渡すが凶器など持っていなかった。


「は、どういう・・・」

「一体どうなってんの・・・?」


その声に後ろを見ると美空がハンドルを握ったようなポーズのまま血相を変えた表情で乗っていた。 目の端には大粒の涙まで浮かんでいる。


「あれ、アタシの髪・・・」


美空は自分の髪を触る。 切ったはずがロングのままになっていた。 天汰の前髪も切る前の状態に戻っている。


「美空は全て憶えてんのか・・・?」


その問いに美空は静かに頷いた。


「何を? 一体何を憶えているって言うんだ?」


圭地はよく分からないといった状態で天汰と美空のことを鏡越しで交互に見ていた。


「圭地は何も憶えていないのか?」

「だから何のこと?」

「「・・・」」


天汰と美空は黙り込む。 天汰と美空は同じ経験をして圭地は何一つ憶えていないらしい。


「あ、コンビニだ」


そう言って圭地は左のウィンカーを出した。


「コンビニへ行くのはもういいって!!」


美空が制すると圭地は驚いてウィンカーを消す。 圭地の自由な性格は今でもあの世界でも変わらないようだ。 天汰と美空が顔を見合わせていると圭地が言った。


「もう見えてくるよ」


そこは先程のあの世界でもあったトンネルだった。 道路脇を確認すると4体のお地蔵様がいて、どれも柔らかな微笑みを浮かべていた。

無事にトンネルを潜り終えるとそこは東京のような都会の場所ではなく美空が『行きたい』と言っていた目的地。 雄大な大自然が広がっていた。



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