あの日を境に⑧
圭地の言葉に天汰と美空は固まった。
―――警察に捕まらないっていうのはそういうことか。
―――だけど皆が俺たちのことを憶えていなくても俺と美空は圭地のことを憶えているんだぞ。
そう考えていると圭地はハッとした表情をした。 どうやら圭地もそれに気付いたようだ。
「・・・まぁ、今更遅いか」
そう言って表情を落とした。
「なぁ。 もし全てが元通りになったら秘密にしておいてくれないか?」
「・・・何をだ?」
「僕が今荒らしていること」
「・・・」
「テロ行為そのものが目的ではないんだ。 ただ復讐のチャンスだと思ったら自然と凶器を手にしていた」
「・・・まぁ、気持ちは分からなくはないよ」
「アイツのせいで僕の人生は無茶苦茶になった。 今も時々薬をもらうために通院しているくらいだから」
「・・・」
追っていた男は見えなくなり少しは落ち着きを取り戻したと思っていた。 だが圭地の目はまだ光が宿っていない。
―――圭地はまだ正気に戻っていないのか・・・。
普段の圭地を知らないため分からないがここまで取り乱しはしないだろう。 一緒にいた時間はそう長くはないが、ここまでやるようには到底思えなかった。
もちろん天汰は圭地がいじめられていたことを初めて知ったわけで、そこにどのような恨みが募っていたのかは想像することしかできない。
「・・・たとえさっきの人が圭地のことを憶えていなかったとして、圭地はそれでいいの?」
「・・・は?」
嫌な予感がし美空を見る。
「さっきの人は圭地のことを全く知らないんだよ? どうして襲われているのか理由も知らなければ、今どうして怪我をしているのかも分かっていない。
言ってしまえばこの世に生まれたばかりの赤ちゃんが何も知らないまま殺されちゃうみたいな感じ。 普通はおかしいとは思わない?」
「・・・でも元の世界ではアイツは僕に酷い目に遭わせてきたんだ」
おそらく美空は彼氏に対して感じた気持ちからそう言っているのだと思った。 ただ今は言葉を選ぶべきだ。 天汰は美空へ向かって首を横に振る。
―――“普通”っていう単語は圭地にとって禁句だろ!
圭地の様子は既におかしいためこれ以上何かを言って否定すれば逆上しそうだった。 しかしそのような天汰の思いは空振りで彼女が止まるはずがなかった。
「圭地はさっきの人にいじめられていたんだよね? 圭地が今やっていることはその人と一緒だよ?」
「・・・」
「もし復讐で彼を殺してしまったとする。 自分をいじめていた人間を殺すことってそれは正義なの?」
「五月蠅い! 知ったような口を利くな!!」
「だって、圭地が本当に復讐したいのは圭地をいじめたことを憶えているあの人でしょ? 過去を後悔し反省し、その上で謝罪をしてもらうのが本当の望みなんじゃ」
―――美空にしては凄い正論・・・。
―――ギャルなのは見た目だけで中身は結構しっかりしてんだな。
―――でもこの状況なら圭地を諭すことが第一だ。
―――圭地を否定せずに落ち着かせることが・・・。
だがもう遅かった。 美空は圭地を完全に否定してしまっているのだ。 それを静かに聞いていた圭地は鉈をゆっくりと振り上げた。
「・・・誰も僕の気持ちなんて分かりやしないんだよ! 普通じゃなくて悪かったな!!」
天汰も美空の言いたいことはよく分かった。 ただ本当に復讐したい相手に何かできるのなら既にしているはずだ。
それに気持ちは分かるが復讐は個人でやってしまえば犯罪で過激であれば逆に刑務所へ入ることになるかもしれない。 それが分かっているからこそ今が最大のチャンスだと圭地は言ったのだろう。
振り回したところを美空を押し出し何とか回避した。 すると圭地は手当たり次第に物を壊したり人を切り付け始めた。 どうやら頭に血が上り錯乱している様子だ。
「圭地、止めろ!!」
周囲の人は悲鳴を上げながら去っていく。
「僕が本気だとようやく分かったか? ・・・今度はお前たちの番だ!!」
そう言って天汰たちへ向かって突進してきた。 それをかわし二人は逃げる。
「圭地をどうにかしてよ!!」
「美空がああいう風にさせたんだろ!! 圭地にとっては今が普通でそれをとやかく言う権利は俺たちにないんだ!!」
「そんなこと言われても・・・ッ」
後ろを見るもまだ追いかけてきている。 自分を受け入れてくれず心が暴れてしまったのだろう。
「圭地! さっき俺たちを傷付けたくないって言ったじゃないか!!」
「もう何もかもが手遅れなんだよ! それにどうせ二人を傷付けたってまた今朝に戻るだけだ」
「マジかよ・・・」
圭地は明らかに我を失っていた。 口の端からは泡を吹きまともに話し合いができそうには思えなかった。
「もうどうしてこんなことになっちゃったの・・・。 あ、そうだ!!」
「何だ?」
「旅行で行ったあの場所! そこへ行けば何か起きるんじゃない?」
「旅行で行った場所ってあの人が誰もいない都市のことか?」
「その前! トンネルよ!!」
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