あの日を境に⑦




「うわぁッ!?」


地割れに飲み込まれる恐怖や壁に激突する痛みは本物で、失われた意識が覚醒すると天汰の全身は汗でびっしょりと濡れていた。 既に痛みはなく当然怪我もない。

慌てて辺りを確認すれば見覚えのある光景。


「生きている、のか・・・?」


埃っぽい倉庫のような部屋。 窓にはカーテンがかかり光が隙間から漏れている。


「って、また俺の部屋のようで俺の部屋じゃない!?」


ここはつい先程もいた自分の家と同じだった。 部屋の構図は全く一緒なのに置いてあるものには見覚えがない。 ただ元いた場所とは全く違うが先程見た部屋とは完全に一致していた。


「今朝をまた繰り返しているのか・・・?」

「上から何の音?」


下から母の声が聞こえ階段を上る音が聞こえてきた。 慌てて口を塞ぎクローゼットの中に隠れる。


「おかしいわねぇ、何か音がしたと思ったんだけど」


そう言いながらカーテンを開けて確認し、母は不審に思いながらも下へと降りていった。


―――・・・今のは息子がこの部屋にいるっていう反応じゃないよな。

―――部屋だけじゃなく家族の状況までも一緒か。


下へ降りてまた疑われるのも面倒なため二階から外へと出た。


―――もしかしたらさっきよりも状況がよくなっている可能性もあるから念のため・・・。


先程と同様にスマートフォンで一星に連絡した。


『・・・もしもし?』

「あ、一星か!?」

『え、どうして俺の名前・・・。 貴方は誰ですか?』


反応は全く同じだった。 数えたわけではないが発信から着信までの時間も完全に一致しているような気がする。


「・・・悪い、人違いだった」


自ら通話を切って溜め息をつく。


「やっぱり駄目か・・・」


そうなれば脳裏に浮かぶのは同じ現象を経験したあの二人のこと。 まずは美空に連絡しようとすると丁度同じタイミングで美空から通話が来た。


『もしもし、天汰!?』

「おう、美空か?」

『よかった、アタシのことを憶えていて・・・!』

「ということは美空もまた同じ現象なんだな?」

『そう、家族もまたアタシのことを憶えていなかったの。 今から合流できない?』

「合流した方が安全だろうな」


近くの待ち合わせ場所を決め美空とは簡単に合流できた。


「・・・今回は彼氏さんいないんだな」

「もう結果が同じだと分かったからね。 連絡すらもしていないよ。 そもそもどこが好きで付き合っていたのか分からなくなっちゃった」

「・・・そうか。 俺もずっと顔を合わせてきたはずの親が今は怖く思えるよ。 でも美空には先に連絡しておきたくて」

「先に連絡しようとしてくれたの? どうして?」

「・・・お礼が言いたかったからかな」

「お礼、って?」

「さっきは手を差し伸べてくれてありがとう」

「・・・!」


美空は目を見開き少し顔を赤く染めていた。


「・・・そ、それで圭地は?」

「ここへ来る途中に連絡してみたけど全然出ないんだよ」


そう言うと美空も通話をかけてみるが一向に出る気配がない。


「・・・探しに行くか」


何故か嫌な予感がしながらも二人は先程圭地と待ち合わせした場所へ向かってみた。 しかしそこに圭地の姿はない。


「一体どこへ行ったんだろう・・・。 こういう大変な時にこそ力を合わせないといけないのに」


しばらくここで圭地が来ることを待っていると周囲が突如ざわめき出した。 そして悲鳴のようなものも聞こえ始める。


「な、何が起きているんだ・・・?」

「ちょっと怖いかも」


避難しようかと思ったその時、圭地の声らしきものが聞こえた。 らしきものと思ったのはそれが圭地らしからぬ大声だったためだ。


「待てっつってんだよ!!」


明らかに怒声のような声でその声の方角からは人が蜘蛛の子を散らしたように逃げている。


「今のって圭地!?」

「あんなに感情的になっているのは初めてだよ!」


美空とはよく言い争っていたがそれでも圭地は落ち着いていた。 荒い声に荒い言葉遣い。 只事ではないと圭地を探した。


「見つけた!!」


圭地は鉈のようなものを持っていて一人の男性を襲っていた。 男性は血まみれで助けを求め必死に逃げている。


「前回美空と会った時もあんな感じだったな・・・」

「全然違うし! 一緒にしないで!」

「ごめんごめん。 とりあえず止めないと」


二人は恐怖と疑念を持ちながらも圭地の前に立ちはだかった。 圭地は二人の存在に足を止める。 鉈は血塗られ返り血だろうか服にも血が飛び散っていた。


「邪魔だ」

「どうしてそんな危険なことをするんだ?」

「今は時間がないんだ。 このチャンスを逃したくない。 アイツの息の根を止めてやるんだ」


そう言って押し退けようとするが天汰は負けじと足を踏ん張った。


「どいてくれないなら天汰もやるぞ! アイツを殺しても警察に捕まらない最大のチャンスなんだ!!」


圭地は普段全く違う目つきをしながら鉈を振り上げ脅してみせる。 だが天汰は怯まなかった。 ただ圭地の言葉が頭の中で反復していた。


「・・・どいてくれよ。 二人だけは傷付けたくない」


逃げていた男性は遠くへと逃げたのか見失った。 圭地が天汰を攻撃しなかったということは誰彼構わず襲っていたというわけではないようだ。 鉈を下ろした圭地に言った。


「追っていた人とは面識があるのか?」

「あぁ。 アイツは当然僕のことを憶えていないようだったけど」

「圭地とはどんな関係だ?」


話を聞くとあの男性は高校時代に圭地をいじめていた人のようだった。 原因は圭地が周りから浮いているため面白半分でやっていたという。


―――・・・だからあの時“協調性”という言葉に対してあんなに反応していたのか。

―――気にする程酷くもないと思うけど。


美空もそれを察したようで気まずそうに口を噤んでいた。


「全ての人間が僕たちのことを忘れる。 ならアイツを殺しても問題ないだろ? もっとも今僕の姿を見ていないアイツは殺されかけた理由すら分かっていないだろうけど」



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