あの日を境に⑤




「え、そうなの!? アタシと一緒じゃない!!」

「家族までも憶えていなかった。 でも美空は俺のことを憶えているんだよな?」

「そうよ、知っているんじゃなくて憶えてる。 ・・・あの不思議な空間にいたことだって」

「やっぱり美空も不思議な空間だったって認識しているんだ」

「あれ、何か馬鹿にしてる・・・?」

「いや、そういうわけじゃなくて楽しそうだったからさ」

「あぁね。 確かに好き放題コスメとか持ってこれたのは楽しいとは思ったけど、地震で吹っ飛んじゃったよ」


あの日の朝からの記憶もありどうしてこうなったのかまで一致していた。


「・・・ということはもしかして圭地も」

「圭地もアタシたちのことを憶えているかも!!」

「連絡先は残っていたからすぐに繋がるはずだ」


本当は通話したかったが忘れられている場合は不審に思って出ない可能性があるためメッセージで“会って話したい”と送信した。 するとすぐに既読承諾され待ち合わせ場所まで送られてきた。


「行こう」


天汰と美空は歩き出す。


「この雰囲気だと圭地も俺たちのことを憶えていそうだな。 憶えていなかったら怪しんだり理由を聞いてくるはずなのにそれがなかった」


―――俺と美空、圭地は他人だというのに同じ状況の中にいるというだけで物凄く心強い。

―――相手のことはほとんど分からないのに不思議な感覚だな。


そこで美空が静かなことが気になった。


「・・・美空? どうかしたのか?」

「え? あぁ・・・。 天汰はアタシを彼氏から助けてくれたんだ、って」

「え?」

「・・・あの時アタシは天汰を助けられなかったから」

「ッ・・・」


あの時というのは地割れに飲み込まれた時のことだろう。 確かに助けを求め拒絶されたと思ったが、圭地が言ったように手を差し伸べたからといって助けられたのかは話が別だ。

三人の中で体格がもっともいい天汰のことを引っ張り上げることなんてできるとは思えないし、もしかしたら本当に道連れにしていたかもしれない。 そう思えば恨むのは何となく違うと思えた。


「だからありがとうね」

「・・・いいって、礼なんて。 そこまで俺たちは思い入れのある関係でもなかっただろ」

「そう言われると何か寂しいけど」


他人だったはずなのにそう言われ感情が揺れ動くのはつり橋効果なのだろうか。 天汰はこのような状況で美空や圭地がいてくれて本心から有難いと感じていた。


「あ、いた!!」


待ち合わせ場所へ行くとそこでは既に圭地が待っていた。 声を上げると圭地はこちらを一瞥する。

他人行儀な感じもし記憶が残っていないのかと一瞬不安だったが圭地の性格からするとおかしくないと納得した。


「やっぱりアタシたちのことは認識しているみたいね」


圭地のもとへ着くと早々彼が言った。


「僕たちはこの世界で神になったのかもしれない」

「え、神・・・? 何を言っているんだ?」

「だって誰も僕たちを記憶できないんだ。 凡人では辿り着けない境地にいるっていうことじゃないのか?」

「いや、ごめん。 意味が分からないんだけど。 アニメの見過ぎじゃ・・・」

「まぁ、とにかく異常事態が起きているということだ」

「そうね。 何か納得はできないけど」


どうやら圭地も天汰たちと同じ状況のようで周りの記憶にないらしい。 ただどうも圭地の様子がおかしい気がした。


「何かあったのか・・・?」

「別に・・・」

「本当に? どう見ても何かあったとしか思えない顔をしているぞ?」

「・・・そういう天汰はどうなんだよ?」

「俺?」

「憶えていなかったんだろ? 家族も、他の誰も」

「あぁ、憶えていなかった。 両親には不審者だと思われて警察まで呼ばれちまったよ」

「ふぅん・・・」

「で、圭地は? 俺と同じ感じか?」

「・・・キモい、って言われた。 気持ち悪くておぞましい、って」

「そ、それはまた・・・」

「血の繋がりがないだけでそんな風に思われるなんて思ってもみなかった」


圭地をよく見れば目の端に涙を溜めている。


「俺は圭地とは血は繋がっていないけどそんな風に思ったことはないぞ? なぁ、美空」

「う、うん。 そりゃあちょっとは変わっているとは思ったけど、それも個性の一つでしょ?」


美空もこのようなサークルに自ら参加するくらいだから偏見はなさそうだと思って話を振ってみたが、どうやらそれでよかったらしい。


「・・・。 まぁ知らない人間が知らないうちに家へ入り込んでいたら僕だって怖いとは思うだろうけどさ」

「そうそう。 さっきも言ったけど俺は警察を呼ばれて捕まるところだったんだから! 美空も結構酷い目に遭いそうだったし」

「本当だよ! とにかく今はこの三人しか協力できないんだから頑張ろう?」

「分かった。 それでどうする?」


圭地の疑問に美空がパンと手を叩き天汰を見る。


「仲のいい友達ともう話せなくなるなんて嫌よ!! この現象どうにかならないの!?」

「どうにか、って言われても状況が飲み込めないんだからどうしようもできないだろ・・・」

「アタシのことを知らない人たちばかりとの人生なんて・・・。 そう言えば自分のことを憶えていないっていうだけで見た目は全く同じの彼氏があんなに気持ち悪く見えるなんて思わなかった。

 もし元に戻ったとしてアタシの心は変わるのかな・・・」


三人で途方に暮れていると一人の女性が前を横切った。


「あ、百合(ユリ)・・・」

「知り合いか?」


百合と呼ばれた女性は立ち止まりこちらを見て驚いた顔をしている。 美空が恐る恐る言った。


「うん、百合とは高校からの付き合い・・・。 ねぇ、百合はアタシのこと憶えてる? 先週も一緒に通話したよね?」

「・・・誰ですか?」


分かっていてもそう返されるのは辛い。 美空は表情を暗くしていた。


「アタシは美空だけど・・・」

「美空・・・? 私の知り合いに美空っていう人はいませんね」

「・・・そうだよね。 ごめん、人違いだったかも・・・」


百合は首を傾げながらこの場を立ち去った。 それを見ていた圭地が言う。


「そうだ、今の人に今日の日付を聞いてくれない? ないとは思うけど時系列がズレているのかを確認したい」

「わ、分かった。 百合!!」


美空は百合を追いかけ立ち塞がった。 百合は困惑している。


「え、っと、誰、ですか・・・? どうして私の名前・・・」

「え、だから美空って言ってんじゃん。 さっきの会話忘れちゃったの?」

「会話なんてしました?」

「え・・・」


何も言えなくなっている美空に圭地が尋ねかける。


「おーい、百合さん」

「・・・え、どうして私の名前を知っているんですか?」


圭地はその疑問に答えず尋ねる。


「百合さんに聞きたいんだけど今日の日付を教えてくれない?」

「○月〇日です」

「そ。 もう行っていいよ」


質問に答えてくれた相手にぶっきら棒に返すのを見て天汰は注意した。


「ちょ、答えてくれた相手にそんな言い方」

「いいから」


とりあえず百合からの答えはまさに自分たちが過ごしていた時間とピッタリだった。


「ここは未来でも過去でもないのか」


百合は一瞬不機嫌そうに顔を歪めたがそのままこの場を離れていった。


「どういうこと・・・? 今のアタシと百合の会話って変じゃなかった?」

「もしかしたら自分のことを認識させても一瞬でも目を離すと忘れ去られてしまうのかもしれない」



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