第4話 突然の放課後デート

 学校というものは、本当につまらないものである。だからこそ、一日はあっという間に終わってしまう。その日何をしたかなんて覚えちゃいない。

 ……そんな毎日の繰り返しである。         


 ――さて、今日もまた一日が終わった。

 普通に授業を受けて、普通に友達と話して、そしてこれから普通に家に帰る……本当に今日も、満たされない日だった。

 グラウンドの方へ意識を向けると、サッカー部の顧問の怒鳴り声や部活をしている生徒たちの地を蹴る音が聞こえてくる。

 そして、校舎の方からは吹奏楽部の演奏が聞こえ、美術室に目をやれば、そこでは数人の女子がおしゃべりしているのが見えた。

 こうして考えると、自分だけがこの学校という空間からハブられているという感覚がしてくる。

 変な考えだと思われるかもしれないが、実を言うと、俺はこの感覚が好きだ。青春のはぐれ者になることによる憂鬱が、心地よく感じてしまう。こういうのを疎外感の美しさとでも言うのだろうか。

 とは言え、このまま校門の前に突っ立ている訳にはいかない。見た人からすれば、ただの痛い奴がいるな、というオチになってしまう。もしかすると、もうすでにそう思われてるかもしれないがな。

 そろそろ帰るとするか……と、そう思ったとき――。

怜一れいいちくん!」とそう呼ぶ声が聞こえた。

 俺は振り返って「誰かと思ったら桃香とうかか。どうした?」

「怜一くんって今から帰り?よかったら、私と一緒に帰らない?」

 彼女は俺にそんな誘いをしてきた。

「それはいいけど、桃香は部活とか行かなくていいのか?」

「うん、今日は部活ないから」

「そうか、それなら一緒に帰ろうか」

 とくに断る理由などなく、なんなら入学してからまだ誰とも一緒に帰ったことがなかった俺にとって、桃香と帰れるというのは普通にありがたい話だったので素直に承諾することにした。

 こうして、俺は彼女と帰ることになった。


         *


 ――バスの中で、俺は桃香は雑談を交わしていた。

「そういえばさ、ここらへんで遊べるところってほとんどないよね」と桃香が言う。

「まあ、ド田舎だから仕方ないかもな」

「怜一くんって、どこか遊びに行ったりする?」いきなり桃香が聞いてきた。

「うーん、そうだな……ゲーセンとか、飯食いに行ったりとか、あとは……深夜に徘徊して公園巡りしたりとかかな」

 俺は少し躊躇いながら、そう答えた。だって、明らかに病んでる人が行くような場所のチョイスだからな。俺の場合、病んでるというよりも憂鬱と言った方がいいかもしれないが。

「へ、へぇー……変わってるね」桃香は少し困惑しながら言った。

「まあ、そうなるか。いやいいさ、少しは引かれると思ってたからな」

「……ちなみに、ゲームセンターやご飯食べに行くときって誰と行ってる?」

 桃香はどうにか話題を広げようとしてくれているようだった。ただ、深夜に公園巡りしてるという話には触れてこなかったな。まあそもそも、こんな話誰も言及する気にはならないんだろうと思うけどさ。

「いや一人だけど」と俺は桃香の問いに答えた。

「そ、そうなんだ」

 ああ、ヤバい……もしかすると、人生に絶望している孤独な人間とさえ思われているかもしれない。

 ひとまず、誤解を生まないよう弁解をするべきだな。

「いや、普通に友達はいるし、あまり人とどこか行くって性格でもないだけだぞ」

「それなら、たまになら友達とどこか行くこともある?」

「まあそうだな。だけど、最近はあまりないぞ。休日とかに誘ってみても、ほとんどみんな部活だからな。行くとしたら、放課後になるけど」

「なるほどね。……怜一くんってこれから暇?」桃香がそんなことを尋ねてくる。

「これからどころかいつでも暇だぞ」

 俺は自信満々にそう答えたのだが……あれ、よく考えてみると悲しくなってくるな。

「それならさ、これからどこか行かない?」

「えっ!?」桃香の提案に思わず驚いてしまう。

「そ、それって……つまり、放課後デートってこと?」

「もう、直球に言わないでよ、恥ずかしいじゃん!」桃香は顔を赤らめながらそう言う。

 俺はその顔を見て、思わず可愛いと思ってしまった。

「ご、ごめん」と俺は謝った。

「まったく……なんというか、怜一くんって結構正直だよね」

「まあ、確かにそれはあるかもな。ただ……俺だって嘘をつく時はつくぞ」

「え、そう?あまりそんな風には見えないけどな」

「そりゃあどうも……ところで、どこに行くつもりなんだ?言っておくが、俺今あんまり金ないぞ」

「うーん、そうだなー……それなら、喫茶店に行ってお茶でもする?」桃香はそう提案してきた。

「いいなそれ、そうするか。だけど、このあたりに喫茶店なんてあったっけ?」

「うーん……近くにはないから隣町にまで行くしかないね。怜一くんは大丈夫?」

「俺は大丈夫だぞ。それにしても……ここらへんって本当にド田舎だよな」

 俺は田舎の雰囲気自体は好きなのだが、やはり便利さを考えれば、この町はかなり不便だと言える。

「おっけ!それじゃ行ってみよっか」

 ――という訳で、桃香と隣町の喫茶店に行くことになった。そのため、いつもなら降りているバス停では降りなかった。ラッキーなことに、このバスは目的の隣町へと向かってくれる。

 俺たちは、バスの中で揺られ続けるのだった。


         *


 ――そして、俺たちは隣町へと着いていた。

 それにしても、バスで来てよかった。ここまで歩くと結構な時間がかかってしまうからな。まったく、近代文明に感謝だぜ。

「さて、着いたね。さっそく行こうよ!」

「そうだな、にしても……こっち来るの久しぶりだな」

「そうなんだ、私も久しぶりに来たよ。怜一くんはよくこっち来るの?」

「まあそうだな、何しろ俺たちの町はほとんど何もないからな」

「そっか、私はたまに来るくらいかな。ひょっとしたら、怜一くんの方がこの町に詳しいかもね」

 などと、そんな会話をしながら俺たちは喫茶店へと向かうのだった。


 ――しばらくして、俺たちは目的の場所へと着いた。

 俺は喫茶店に入ることなど滅多にないので、この場所にいることに少しの緊張を覚える。

 中から感じる雰囲気は、所謂いわゆるオシャレと呼べるものだった。

 そこからすぐに店員が来て、俺たちはテーブル席に向かい合って座ることになった。

 席に通された俺たちは、注文を考えながら雑談を始める。

「結構雰囲気の良いお店だね、ここ」と桃香は言った。

「そうだな……と言っても、全然こういうとこ来ないからあんまり慣れないけどな」

「そうなんだ。……さてと、注文どうしよっか?」

 それから、彼女はメニュー表を見つめながら考え始めた。

 ――しばらくして、桃香は何を頼むのか決めたらしく、メニュー表から顔を上げる。

「私はミルクティーにしようかな。怜一くんはどれにする?」桃香はそう聞いてきた。

 俺も注文は決まっていたので、彼女に向けて言葉を返す。

「俺はアイスコーヒーにするよ。桃香は他に頼む物ない?」

「そうだね、ないかな」

「俺もこれだけでいいな。それじゃ、注文するか」

 それから俺たちは店員を呼び、注文を伝えた。

 「注文は以上でよろしいですか」とか「注文を繰り返させていただきます」などの定番の流れが済むと、店員は店の

奥へと戻っていった。

 ――それから何分かすると、二つのカップを持った店員が俺たちのテーブルへ頼んだ品を届けに来る。

 テーブルにカップを置いた店員に俺たちが軽く会釈をすると、店員も丁寧に会釈を返し、再び店の奥へ戻った。

「よーし来たな!」

 喫茶店に来るという滅多にない経験で、俺はいつもより少しテンションが上がっていた。

「おいしそうだね!そういえば、怜一くんブラック飲めるの?」

「まあ、飲めはするが……今回はブラックで飲むって訳じゃないぞ」

 俺はそう言ってテーブルの隅にあるものを指さす。

「あー、ミルクとガムシロップね。このお店、テーブルにそれぞれ置いてあるタイプなんだ」

「そうみたいだな。あと今言ったこと、半分正解で半分ハズレだぞ。俺はミルクは使わないからな」

 そう言いながら、俺はガムシロップの入った箱からその一つを取り出し、蓋を開けて中身をコーヒーに注ぐ。それから、そんな作業を二回……三回……と繰り返していく。

 だが、五回目あたりで俺は桃香に止められた。

「えっと……怜一くん、流石に入れ過ぎじゃ……」

「いーのいーの、俺甘い方が好きだから」

「だとしても五個は入れ過ぎだよ!糖尿病になるよ?」

「別になろうが構わないんだがな。……とはいえ、そろそろやめておくか」

「そうした方がいいよ」彼女は心配そうに見つめてくる。

「やっぱりもう一個だけ!」

「えぇ……」もはや桃香はちょっと引いていた。

 まあ、常人からしたら少々多いと感じるのは仕方のないことなのだろう。

 彼女はミルクティーを一口味わうと会話を再開した。

「怜一くんはあれだ、所謂甘党なの?」

「まあそうだな、甘い物よく食べるし」

「さっきの見て、それはよく分かったよ」桃香は苦笑いしながらそう言う。

「そういえば、今日は何で誘ってくれたんだ?」

「怜一くんが、あまり高校生がするような楽しみ方を知らなそうだったから……かな」

「ああそういうことね、確かに俺の感性は少しイカれているところがあるからな。ただ……別に知らないって訳じゃないぞ、みんなが楽しいって思うことが、俺の場合はそうは思えないって感じだけだ」

「え、今日あまり楽しくなかった?」桃香はしょんぼりしたような顔で聞いてくる。

「いや、そんなことはないさ、楽しかったよ。それに……あくまで楽しいと感じる状況が人よりもズレてるってだけだ。そして、こうやって桃香と喫茶店でおしゃべりするってのは、俺が楽しいと感じる状況に当てはまる」

「それならよかった、……だけど、やっぱり変わってるね、怜一くんって」

「かもしれねぇな」

「そうだ、玲一くんってLINEやってる?良かったら交換しない?」桃香は思いついたようにそう言ってきた。

「いいよ、交換しようぜ」

 俺は交換に応じることにした。

「ありがと、時々連絡するね」

「ああ、いつでもいいぞ」

 高校に入ってから、初めて女子のLINEを手に入れた。

 嬉しくて舞い踊りたい気分だが、流石に狂人だと思われるかもしれないのでやめておこう。

「――さて、そろそろ帰るとするか」

「そうだね、あんまり帰りが遅くなっても良くないし」

 それから、俺たちは会計を済ませて店を出た。


 外を見ると、夕焼けと夜空が混ざった黄昏時たそがれどきと呼べるような空が見えた。

 ――その後、俺たちは軽口を交わしながら、来た時と同じようにして帰るのだった。

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