第3話 元気旺盛な妹

 窓から朝日が差し込み、小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 やれやれ、もう朝か……さて、起きるとするか。

 ちなみに、昨日寝落ちしてからそのまま朝まで寝続けた、という訳ではない。普通に夜頃には起きて、夕飯も食べたし、風呂だって入った。次の日――つまり今日も学校があるので、生活習慣を狂わせる訳にはいかない。

 ――それから、俺が体を起こそうとすると……。

「起きろー!お兄ちゃん!」

「ぐへぇっ!!」

 いきなり敷布団を持ち上げられ、俺は床へと転げ落ち、地面に叩きつけられた。

「なんだなんだ!?」訳が分からず俺は叫んだ。

 気が動転したまま飛び起きると、そこには妹の麻衣まいが立っていた。

「おっはよー!お兄ちゃん!」

 元気にそう言う妹に俺は文句を言った。

「何するんだ!痛いぞ……」

「お兄ちゃんが起きてこないからだよ」

「だからって、もっと他に起こし方とかあるだろ!?」

 俺が訴えても妹には「ないよ」とバッサリと一刀両断されてしまった。

「ねぇのかよ!?」

 はぁ、まったく……この妹、ムカつく態度と暴力的な起こし方を除けば、かなり可愛い方だとは思うんだがな。いや、一応言っておくぞ……俺はシスコンじゃないからな……多分。

 

         *


 朝食を取り終えた俺たちは、学校へと向かっていた。

 俺と妹は、朝は途中までだが、二人で登校している。もしかすると、一般的な兄妹よりかは仲が良いのかもしれない。

 麻衣の歳は俺の一つ下で、現在は中学三年生だ。

 ちなみにラノベとかでよくある血の繋がっていない妹とかではなく、しっかりと血のつながった妹である。

「ねぇ、お兄ちゃん」と、麻衣が話しかけてくる。

 きっとまたいつものように雑談が始まるのだろうと思った。

「どうした?」

「高校ってどんな感じなの?」

「どうだろうな……少なくとも俺の通っている高校は中学とほぼ同じだと思っていいぞ。そこまで大きな変化がある訳じゃないさ。あとは、これは当たり前なんだと思うけど、勉強が少し難しくなったかもな。まあ、これはどこの高校でも同じなんだろうが」

「ふーん、何か楽しいことはないの?」

「うーん、学校行事が本格的になることかな。けど、俺からしたら変わる楽しさは誤差の範囲だと思うが」

「……お兄ちゃんって、もしかしなくとも青春楽しめてないよね?」

 妹は俺を憐れむような目で見ながら尋ねてきた。

「やめろやめろ、傷つくこと言うな」

「だって事実じゃん」

「失礼だな、俺はバラ色の高校生活を送っているぞ!彼女だって百人はいるんだぜ!」

「百人もいたらダメでしょ……」と麻衣に呆れ顔で言われる。

「確かに……浮気者じゃん俺!」と俺は冗談っぽく言った。

「大丈夫、お兄ちゃんは浮気どころか彼女の一人もできないよ」

「なんでだよ!?」

「頭がおかしいから」

「おかしいかもしれんが、それで彼女ができないってことはないだろ」

「頭おかしいのは認めるんだ……」

 妹がああダメだこのお兄ちゃんとでも言いたそうな顔を向けてくる。

「まあな。性格上どうしようもないとは思ってるし」

「だけど、本当にお兄ちゃんって変わってるよね」

「それ学校の友達にも言われたぞ」

「え、友達いたの?」

「はっ倒すぞお前!」

 こいつ俺のことなんだと思ってんだよ?

「冗談だって、ムキになんないでよ」

「それにしても……ラノベとかで主人公が最初ぼっちって設定よくあるじゃん」と俺は話題を変えた。

「どうしたの急に」

 そういう麻衣を無視して俺は話を続ける。

「あれってさ、あんま現実的じゃないよな」

「まあ……気持ちは分かるけど、創作物なんだし仕方ないんじゃない」

「いやまあ、そうなんだろうけど……なんというか、現実的なラブコメを呼んでみたいんだよな」

「……なんかつまんない話になりそう。というか、それってお話として成立するの?」

「そう言われると、かなり難しいかもな。現実だと周りが都合よく動いてくれる訳じゃないし、自分から何かしないと何も始まらないからな。少なくとも、主人公の積極さとか行動力とかを異常なほどに上げて物語が成立するかどうかぐらい……だろうな」

「まあ、確かに……そんな感じになるよね」

 ――と、そんな感じで雑談をしながら歩いていると、俺たちは分かれ道のところまで差し掛かっていた。

「それじゃ行ってくるね、お兄ちゃん」

「おうじゃあな、気を付けてけよ」と俺も麻衣を見送る。

 そう言うと、俺たちは分かれて別々の道へと足を進めた。


         *


 ――その後、俺はバス停へと向かい、そこでバスが来るのを待った。

 数分経つと、バスがタイヤの音を唸らせながらやって来るのが見え、そしてそれは俺の目の前に扉が来るようにして停車した。

 これってよく考えてみるとすごいテクニックだよな。

 それから俺はバスに乗り込んだのだが、そこに乗っていた少女を見て言葉を失った。

「え、怜一れいいちくん!?」といきなり俺の名前を呼ぶ声がする。

「……桃香とうか!?」

 俺は驚きのあまり、口から間の抜けた声を零してしまう。

 昨日の事もありすごく気まずいのだが、何か話さねばと思い俺は口を開いた。

「えっと……桃香は毎日このバスで登校してるの?」

 焦っていたのか、答えが分かりきっている質問をしてしまった。だって俺は入学から一週間、毎日このバスを使っている……しかし、バスの中で桃香の姿を見かけたことは一度もない。となるとおそらく、バスの路線自体は同じなのだろう……時間帯が違うだけで。

「う、うん。けど……今日は少し遅れちゃったからいつもより一本遅いのだよ」

 やっぱり、思った通りだった。

 いや、それよりも桃香がしどろもどろした話し方をしているってのが気になる。原因は言うまでもなく、昨日の事だろう。とりあえず、ここでは適当な雑談でもして話しやすい雰囲気を作るべきだなと俺はそう思った。

「桃香はもう学校には慣れた?」

「う、うん。一応ね」

「そっか。それにしても、桃香って結構人気者だよな」

「え、そう?」

「そうだよ。みんな話してて楽しそうだし、俺だって桃香と話してると楽しいからな」

「へ……あ、ありがとう。でも、いきなりそんなこと言われたら照れちゃうよ」

 そう言う桃香の顔は少し赤くなっていた。

「ハハハ……悪い悪い」

「でも人気者っていうなら、怜一くんもある意味ではそうだよ」

「そうなのか?……というか、ある意味って?」

「怜一くんって、時々変なこと言うじゃん。だから一部では、変人で有名だよ」

「ある意味って、変人ってことかよ!悪目立ちじゃねぇか!」

「でも、怜一くんの話すことって、すごく面白いよ」

「えっ、マジか!俺なんか面白いこと言ってたか?」

「友達に奢ってと縋り付いたり、将来ヒモになりたいとか言ってたりすること」

「ロクでもねぇクソ男じゃねぇか!」

 ……ちなみにこれは事実だ。

 俺は基本友達と雑談するときは、何も考えずに話したりするので、周りから変な目で見られるのは仕方ないのかもしれないが。そもそも俺だってやりたくてそんなことをやっている訳ではない。どうしても多少なり面白い振る舞いをしていた方が、人付き合いってのは上手くいってしまうことを知ってるからなのだ。

 ……本音を言うと、俺だってもう少し他人に優しく話したいと思っている。

「まあ……何というか、そういう態度の方が男子相手だとウケがいいからな。桃香だって、真面目過ぎる人より、ふざけておちゃらけてる人の方が話しやすいだろ」

「まあ、確かに。私も面白い人の方が話しやすいと思うな。とはいえ、度を

越している人はさすがに苦手だけど……」

「ああ、それは分かるな。……ちょっと待って、俺って大丈夫だよな?」

「怜一くんは大丈夫だよ、丁度良く面白い人って感じだから」

「よし、それならよかったぜ!」

 ――そんな感じで雑談をしている内に、バスは学校の近くのバス停へと着くのだった。

「それじゃ、ここからは友達と行くから。また教室でね」

 バスを降りた後、桃香にそう言われた。

「ああ、じゃあな」

「うん、またね」

 そう言って桃香は手を振って去って行った。

 さて……俺も行くとしますか。

 また今日も、何気ない一日が始まる。

 それから俺は、校舎へと入っていくのだった。




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