第6話:遼遠の再開
「今日も走るのね。」
「もちろん!次こそライロックに勝つため!」
前回トンカとライロックは持久勝負をした。カマラの家と近くにある丘を往復するルートになった。トンカはスタートを待たずして走りだし、丘を降りてもうすぐでカマラの家につくというところで体力が尽き、ライロックの勝利となった。その後ライロックは、「まだ走れる」と言ってその後もしばらく一人で走っていた。トンカはそのことを根に持っていたのか次の日から毎日走り出すようになった。
今、トンカの走っている姿を見ると以前よりも明らかに速くなっている。丘に昇るのも余裕とまではいかないが前よりも楽しく走っているように見える。
「ただいま。」
「おかえり。昨日よりも速くなってなかった?この調子ならライロックにも勝てそうね。」
カマラに褒められ自信がついたトンカは、持久勝負に勝って泣いてトンカに謝っているライロックを想像し一人で笑っていた。その時、部屋の中央にある木製の机の上のカマラのパソコンがメッセージの受信を伝える通知を鳴らした。カマラがメッセージの内容を確認すると、「あ、コンパス。」と小さな声で言っているのが聞こえた。
「トンカ、一旦家に帰ってもいいわよ。」
「なんで?」
「そろそろ西の大森林に行く日になってきたわ。だからその準備のためにね。」
「わかったよ。今日中にはいけるかな?」
「ここからのバスがあと2本あるわ。早い方は1時間後だからそれに乗れば夕方にはミアにつくと思うわ。このあたりは鉄道が敷かれてないから少し不便だね。」
「ありがとう。バス停まで遠いしもう行くね。短い間ありがとう。」
「こちらこそ。気をつけてね。」
僕はカマラの家の一番近くにあるバス停に向かった。近いと言ってもその距離は歩いて30分ぐらいかかる。カマラになんでここに住んでいるのかを聞きたかったけど人によっては傷ついてしまうかもしれないからやめておいて。バス停にある時刻表によると次のバスが到着するのは20分後らしい。このバスに一旦乗ってムーン地区の東側にあるバスターミナルに向かう。その後はミア行きのバスに乗る。時間はかかるけど鉄道があまり敷かれていないムーン地区の最もメジャーな交通手段だ。
バスの中ではずっと西の大森林について考えていた。軍施設の向こうはどうなっているのか、大森林にはどんな生き物が暮らしているのか、帰って来れない噂は本当なのか。疑問はたくさんあって、その問を考えていると1つだけわかったことがあった気がする。それは少し複雑だから一言で言うのは難しいけど、ものすごく簡単に言えば、西の大森林にはバスや鉄道はないってこと。
目の前には黒いスーツや制服を着たひとばかりで、見えるのはみんな同じく丸まった背中と同じような髪型。空間も認識できないほどに混み合ったバスから開放されトンカは背中を伸ばし多きな深呼吸をした。それでも目に見えるのは大嫌いなコンクリートの地面。カラマの家が恋しくなる。
自分の部屋がある建物の前につき、戸締まり確認も兼ねて部屋を見上げてみると明かりがついていた。
泥棒かな。でもいつ戻って来るかわからなないのにあんなに派手絵に電気をつけるのは少しおかしいよね。それじゃコンパスかな。コンパスだったらハッキングでもしてオートロックを解除しそうだし。
すこし身構えながらもコンパスなら大丈夫、泥棒でもこどもだからひどいことをしないだろうと思い部屋のドアを開けた。
部屋から漏れ出す光は不自然に影をつけていた。人がいるのは明らか。影がどんどん大きくなり部屋の光も見えない程に近づいてくる。逃げようと一歩下がると背中を抑えられグイッと前に引っ張られた。袋にでもつっこまれると思っているとトンカを包んだのは案外柔らかい肉だった。
「トンカ!おかえり!!」
「え、ママ!!!!!」
さらに引っ張られママの顔が自分の横をニュッと通り過ぎ、手は拘束するように僕を縛った。抱きしめられると目の前は見えなくなるけどしっかりママの暖かさと感情を感じられた。
「ちょ、なんも見えない、苦しい!」
「あ、ごめんなさい。久しぶりすぎてつい。」
「パパは?」
「こっちだよ。ほら、ママと同じく抱きしめてあげるから。」
「いや、それはいいかな。」
「なんで!?」
僕はパパの腕に生えてあるジャングル並の毛が顔に当たるのが嫌でもう随分だきしめてもらってない。
パパは相変わらず大きな体・腕をもっている。そして野原にいる小動物よりも安心できるような笑顔をしている。これだけはいくら経っても変わらないパパを見分けるチャームポイント。
ママはまた髪を染めたのか色が金色から茶色になっている。いつでも優しく、細い腕からはたまに僕に向かって衝撃波を浴びせるが包みこまれればすぐに目を閉じてしまう摩訶不思議な腕だ。
「はい、夜ご飯作ったからみんな座って!」
後、絶品な料理も作れてしまう。
僕は走って机に向かい、パパはハグをしてくれない息子に傷つけられたのか下を向いてる。
「はい!」
ママが持ってきたのは大皿にたくさん盛られた揚げ物。ちなみにおかずの半分はパパが食べてしまう。
「ごめんなさい。久しぶりなのにこんなのしか作れなくて…。」
「美味しそう!いただきます!」
「「いただきます。」」
僕はお皿のてっぺんにある揚げ物をすぐに取った。これだけは誰にも譲れない。パパは一気に7この揚げ物を取りきれいながらもガツガツ口の中に入れていった。ママは1つずつ取りながらゆっくり丁寧に食べていく。
「そういえば、なんで帰ってきたの?」
「もちろん、トンカが心配になったからよ。後、研究も一段落ついたからね。」
「そうなんだ。新しい研究を始めるの?」
「もう当分大きな研究はやらないわね。そう。だからちょっと前から言おうと思ってたんだけど。もう一緒に家に入れそうよ。」
「え!?本当に!?」
ママとパパといっしょに暮らせる。あまり一緒の時間を過ごせていないトンカにとっては史上最大の喜びとなった。しかしトンカはコンパス、ライロックとの約束を思い出した。しかしそのことは言えなかった。子供の口からは安易に言い出せない。
「でも、聞いたわよ。コンパスのご両親から。西の大森林に行くんでしょ?」
大人はなんでも簡単に言ってしまう。何故かは分からないけど自分に責任がある分気が楽なのかもしれない。
「う、うん。」
とても苦しいこの雰囲気。なぜなら家族が幸せに暮らせる道を僕自身が絶ってしまったのだから。
「あ、でも。あのことは、ほら、おままごとみたいなものだし…。」
「いや、トンカ、正直に言っていいぞ。行きたいんだろう西の大森林に。」
ここでパパが子供の補助をする役割を担う。
僕は思いっきり首を縦に動かした。だけれどそれは周りから見たら小さい振りかもしれない。
「俺は何も言わない。だけどトンカを想っていないわけじゃない。子供は子供扱いせずに好きなように自分がしたいことをさせる、俺の教育方針に則ったからだ。」
「うん。」
少しだけ相槌を打つ。
僕は安楽椅子に座っている気分になった。とても心地よくもう立ちたくなくなる椅子。それは不本意であっても時間は本意に変えてしまう。
「パパがいうように私たちには私たちなりの教育方針があるわ。だけど必ずそれに従わなければならないわけじゃない。その時は私たちがあなたを、トンカを守るときよ。だから私たちはトンカを止めるべきだわ。でも、人の感情は誰にも止められないじゃない。私もそうだったように。」
「それじゃあ。」
「今回だけよ。条件は必ず無事に帰ってくること!わかった?」
「うん!」
僕は今まで知らないうちに安楽椅子に腰掛けていたのかもしれない。それは人の助けがなければ立ち上がれないほどの快楽。一度人が介入すればそれは変わる。快楽ではなくなるけどそれは負ではない。正でもないかもしれない。だって、何を始めるにしても基盤は存在しないのだから。
「それじゃあ、行ってきます!」
「いってらっしゃい!必ず帰ってきてね!じゃないと夕飯抜きよ。」
僕は最悪の罰を提示させられた。
「……。」
無言で手を振り、振り返す。
「……。」
喋ってはいけない。口を開いてはいけない。
「……。」
もう感じないだろうと思ったもの。
「……。」
目が焼ける。顔が温かくなる。
「……。」
終わりかもしれないけど。
「……。」
僕は震える手で出発の挨拶をした。
−−−
「時間ぴったりだよ、トンカ。正直来るとは思っていなかった。」
約束の丘に闇に似合う黒い服を着たコンパスが立っていた。そして周りにはいつもと変わらないライロックとカマラ。
「僕は帰れるよ。」
僕は初めて人を睨んだ。コンパスはいつもの笑みを浮かべている。
「そんなにピリつかないでほしいわ。これからが大事なところなのに。」
カマラは面白そうに見ている。
「ここまで来たらやるしかない。」
ライロックは西の大森林しか見ていない。
ここから僕らの冒険が始まる。これは僕が望んだんだから。それはコンパスたちも同じ。考えは一緒。覚悟も一緒。
西の大森林の前には壁がある。それはとても高いとは言えないけど、僕にとっては崖と一緒だった。睨み返してはくれない無機物。感情は持っていないけれど、仕事は忠実にこなしてきた実績を持っている。
僕はいつも使っているメモ帳を取り出した。
『西の大森林:1日目』
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