第5話:体力勝負
西の大森林行きの1週間前、僕らは最後の確認のためにカマラの家に集まった。
西の大森林に入るためには3mの柵を越えなければならず、体力がない僕はカマラコーチのもと体力づくりをしていたため、最近はカマラの家にずっと泊まっている。
「誰が最初に来ると思う?」
「コンパスかライロックの2択ね。私はライロックだと思うわ。」
「僕はコンパスだと思う。コンパスいつも何してるのか分からないからもしかしたらこの近くにいるかもしれないし。」
「それは無いわ。コンパスとは5年の付き合いだけど約束は守られたことがないわ。集合時間にはいつも来ないし、私の秘密を教えてもすぐに行ってしまってからね。それでもコンパスは友達として好きよ、あんなに面白い人は見たことないわ。」
そう言いカラマは自分の右腕をつかんだ。少しの間一緒にいたから分かるけど、カラマは照れると右腕をつかむクセがある。
「そろそろ来たんじゃないかしら。」
窓から外をみると影が2つ見えた。カラマの家はムーン地区の果てにあり周りには何もない。だからほとんど人は来ないからあの影はライロックとコンパスのものだ。
時計を見ると約束の時間の5分前を指している。
「2人一緒に来るんだ。コンパスが時間通りなんてめずらしい。」
「そうね。コンパスが約束を守るなんて今回が初めてじゃないかしら。守ることにこしたことはないんだけどね。」
そう言いカマラは4人分の紅茶の支度をし始めた。今日の紅茶は、ミンル大陸唯一の産地で古くから大規模な栽培を行っている大陸東部に位置するチバ地区というところのものだ。
大陸東部は暖流と東寄りの風で1年中暖かく富裕層がよく別荘を置いている。大陸西部は西寄りの風が海水を含んで大陸に吹き付けるので雪が多く、現在発見されているものでは栽培に適さない。そのため年中暖かくある程度雨が降るチバ地区でしか栽培できない。
「これぐらいでいいかしらね。」
ポットからだしたティーバッグからは紅茶の蜜が滴っていた。
トントン。ドアが心地良い木の音を鳴らした。
「来たわね。トンカ開けてくれない?」
「うん!」
扉を開けると白衣をきてきちんとしたズボンをはきなんだか少し笑っているコンパスと、黒いシャツと白いズボンをはいていつものように特に表情がないライロックが立っていた。
「久しぶりトンカ、カマラ。元気だった?」
「うん、元気だよ!カマラの特訓もそこまでつらくないしね。」
「コンパス髪型を変えたわね。いつもより可愛いわ。」
「ありがとう。今日は大事な研究発表があってすこし気合入れてきちゃった。」
「そうだったのね。紅茶を入れておいたから座って、ライロックも。」
「ああ、ありがとう。」
皆は相変わらず元気そうでよかった。コンパスのあの表情から研究発表もいい結果だったんだろう。ライロックはいつも通りだけどね。
皆が席に座り近況報告や雑談を続けているとコンパスが口を開いた。
「じゃあ、そろそろ本題にいこう。トンカはどうなった?」
「いい感じだけど3mを乗り越えるのはやっぱりむすがしそうだわ。できる限りのことはするけどね。」
「僕はなんだってできるよ!」
「それは頼りになるね。これからもよろしくね、カラマ。」
「もちろんよ。」
「それで皆は結局行けそうなの?西の大森林。言っちゃアレだけど入ったら出れないかもしれないんだよ。」
すこし重い空気になった。実際皆が心配していたことはそれだ。本当に西の大森林に行くのか。これはただの机上の空論ではないのかと。
「私はもちろん行けるよ。だって研究のためなら死ねるからね。」
「俺も行ける。正直そろそろ1人立ちしようと思っていたところだ。これはいい機会だ。」
「僕ももちろん行けるよ。家に帰っても誰もいないし家族なんていないもんだからね。」
「……いや、トンカ。私やライロックは大丈夫だと思うんだ、もう大人って言われる年齢で自分で物事を判断しなければならないから。でもトンカはまだ子供だよ。家族もいるんだ、帰れないかもしれない。」
「僕はいいよ、帰らなくて良い。だってライロックや皆いるんだし。家族なんて知らない。」
「でも、トンカ…。」
トンカは下を向かない、ずっと前を向いている。コンパスと真剣に話したいのだ。対等な立場として、自分で決めたことなのだから。
「わかったよ、トンカ。君の意見を尊重するよ。でも親御さんにはこのことはちゃんと言ってね。君はまだ子供なんだ。」
コンパスは基本的に人を子供扱いしない。今回はトンカのことを想ってわざと子供とつけたした。おそらくコンパスはトンカを西の大森林につれて行きたくないないのだろう。
「いつも何も合わないんだから…。」
トンカはめずらしい下を向いてブツブツつぶやいていたがすぐ前を向いた。
「わかったよ。」
「よろしくね、トンカ。」
少し2人が喋りづらくなっていたのでそれを察したライロックが代わりに口を開いた。
「カマラはどうなんだ?」
「ん?私は行かないつもりよ。私がついていくのは柵の前だけ。そこを乗り越えられたらお別れよ。」
「無理して行かなくていいしそれでいいと思うよ。」
「ありがとう、理解してくれて。」
カマラは真剣な目でコンパスに言った。コンパスは無言で頷き返した。僕は今のカマラの発言からは何も読み取れなかった。なにかコンパスとカマラの間で秘密があるように見える。
ちょうどその時再び木が心地よい音を鳴らした。
「頼んだ物が来たみたいだわ。ごめんなさい。」
カマラは席から立ちドアを開け配達員から少し大きな段ボールを受け取り、僕たちの目の前にある机に置いた。
「これはなんだ?」
「これはメギを無効化するためのものよ。つまり、西の大森林に入るときに使うものね。」
「え!?私初めてみるかも。ちょっと見せて。」
コンパスはカマラが段ボールからだした機械を手でひょいひょい拾い目の前持っていった。
「あ、これ学術発表会で偉い先生がほしいって言ってたやつだ。これもメギに?」
「いやそれは私の研究に。少し高かったわね。使いたかったら貸してあげるからいつでも言ってほしいわ。メギに使うのはこっちね。」
カマラは段ボールの奥に手を突っ込み頭程の大きさの丸い機械を取り出した。
「これでメギを無効化させるの?初めて見るものだ。」
「メギは液体で常時動いている。その液体を構成する粒子がお互いに衝突を繰り返すことで音や熱とはまた違う波を発生させる。その波を利用して離れたところでもお互いに通信をとれる。突っ込みどころは多いけれど今の研究段階だとメギの波の発生理由はこうね。で、その波の発生を停止させるつまり、粒子の動きを停止させる事ができるのがこれね。」
な、なるほど…。わかったようなわからないような。ライロックもいつも通りな表情してるしわかっているのか?
「ちょ、ちょちょちょちょちょ、ちょっとだけ持って帰ってみてもいい?」
「そんなに興奮しないで。問題ないわ、2日だけよ。」
「ありがとう!!」
そう言いコンパスは白衣の内側から大きな袋を取り出して機械を雑に投げ入れ、走って帰っていった。
「あら、せっかく可愛い髪なのに崩れちゃってるわ。」
機械を雑に扱われたことに何も感じないのかとツッコミたいが意外とカマラは気にしない性格だ。
コンパスが猛ダッシュでカマラの家を出て姿が見えなくなる頃にライロックが喋り始めた。
「なあ、一緒に走らないか?」
「ぼ、僕?いきなりどうしたの?」
「どちらかというと競争だ。特訓でどのくらい体力がついたのかをみてみたい。」
「良いけど、ライロックってそんな筋肉バカだっけ?」
「外に小さな丘があるからそこに向かって走ると良いわ。」
「カマラも走るか?」
「いや、私は遠慮しとくわ。」
「ルールは最初に止まったほうが負けだ。ここからあそこの丘まで往復するぞ」
「負けないからなー。僕が勝ったらブラックコーヒー砂糖30個入れて飲ましてやる。」
突然の試合にちょっと困惑したけどライロックからこんなことに誘われるのは初めてで少しワクワクしてしまった。
ライロックが椅子から立ち上がり始めた頃には僕は既に椅子の横に立ちスタートの合図を待たずして家を飛び出した。
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