第5話「交差する記憶」

壊れた警備ロボが放つ焦げくさい匂いを背に、理久(りく)たちは再び暗い通路を進み始めた。アルマの身体を支える理久の腕には、彼女の小さな体重が確かに感じられ、ほのかな温もりすら伝わってくる。アコアであるはずなのに、人間の子どもを抱いているような奇妙な感覚が胸を騒がせた。


 「この先を真っすぐ行けば、もう少し広いフロアに出るはずだ」


 勝峰(かつみね)岳志が、かすかな記憶を頼りに言う。彼はこの研究施設の全貌を知っているわけではないが、かつて書類整理の仕事で地下区画の図面をちらりと見たことがあるという。

 周囲のスタッフ十数名は疲労と恐怖で声も少なくなり、ただ勝峰と理久、そして桜来(さくらい)凛花(りんか)の指示に従うように歩を進める。


 暗いコンクリート壁が続く通路は、まるで巨大な生き物の体内のように不気味に静まり返っていた。すでに火災や爆発の音は聞こえてこないが、その代わりに何ともいえない圧迫感が漂う。床に散乱するドローンの破片や警備ロボの残骸が示すとおり、ここもまた安全とはほど遠い場所なのだろう。


 理久は息を潜めつつ、アルマの表情を覗き込む。先ほどの強制ハッキングによる負荷が大きかったのか、彼女はうっすらと目を閉じ、呼吸のリズムが不規則になっているようだ。アコアだからこその“息づかい”にどこまで意味があるのかは分からないが、少なくとも彼女の精神が大きく疲弊しているのは間違いない。


 (どうにかして、アルマを休ませたい。けど、このまま立ち止まったら……)


 後ろを振り返ると、湿った空気の中に残骸が横たわり、先ほどアルマが辛うじて制圧したロボットのパーツがかすかにきしむ音を立てていた。勝峰もスタッフたちも、いつ再び警備ロボが襲ってくるか分からない恐怖を抱えながら歩いている。ここで足を止める余裕はなさそうだ。


 凛花はタブレット端末を握りしめ、地図の断片をにらみつけている。先ほどの旧式の制御卓から拾えた情報は少なかったが、かすかに「サーバールームらしき場所が地下のどこかにある」というヒントを得ている。そこへアルマを繋いで大元のシステムを制御すれば、暴走したセキュリティを止められる可能性が高い。


 「アルマがいないと、私たちがこの施設をどうこうするのは無理。……ごめんね、アルマ。こんな無茶ばっかり頼んで」


 凛花が歩きながら小さく声をかけると、アルマはかすかに瞼を開き、凛花を一瞥する。その表情にはまだ葛藤の色がにじんでいた。前のマスターを失って数時間も経たないというのに、こうして新たな人間たちに頼られ、利用されている現状をどう思っているのか。その胸中は簡単には推し量れない。


 やがて通路の先に見えたのは、鉄製のシャッターが降りかかった大きめの開口部。鍵や電子パネルらしきものは見当たらず、まるで物資搬入口のような雰囲気を漂わせている。勝峰が慎重に手をかけると、やはり重いが、テコの原理でゆっくり持ち上がった。


 「ここは確か、地下の搬入口だったはずだ。かつては実験用の機材や薬品を搬入するための通路……だが、何年も使われていないのかもしれないな」


 シャッターの向こうには広さ十数メートル四方ほどの空間があり、コンクリートの床には埃の層が積もっている。大型のラックやコンテナが置き去りにされていて、物々しい雰囲気だ。天井にはクレーンのレールのようなものも走っているが、電源が切れているせいか動く気配はない。


 スタッフたちが思い思いに懐中電灯で床や壁を照らすと、部屋の隅にドアがあるのが見つかった。そこには「区画E-2→サーバールーム」と小さく表記されたプレートが貼られているのがわかる。


 「やっと出たか、サーバールーム!」


 凛花が歓喜の声をあげ、勝峰も「よし、これで確実に近づいたな」と目を輝かせる。研究スタッフたちの間にも安堵の色が広がった。もしそこに通じているなら、状況を打開できる可能性がぐんと高まる。


 とはいえ、アルマ抜きでは鍵を開けられないかもしれない。警備ロボの制御ですらあれほど苦労したのだ。理久はアルマをちらりと見る。彼女はふらつきながらも小さくうなずいた。


 「……ボク、頑張ります……」


 その言葉には決意と戸惑い、両方の感情が入り交じっているようだった。理久が「でも無理はするなよ」と声をかけると、アルマはほんの少しだけ口角を上げる。笑おうとしたのかもしれないが、やはり悲しげな表情が残る。


 部屋の隅にあるドアは金属製で、まるで防火扉のように分厚い。電子式のカードリーダーが埋め込まれているが、電源が落ちているのかランプはついていない。凛花がケーブルやらツールを取り出して、ドアの脇のパネルを開き始める。


 「内部の配線にアクセスできれば、アルマでロックを解除できるかもしれない。例によってメイン電源が死んでるだろうから、非常電源や残留電流をどうにか使うしかないけど……」


 彼女はまるで外科医のように慣れた手つきでパネルの配線を引き出し、ところどころテスターを当てて電圧を測る。勝峰やスタッフは周囲の警戒にあたり、理久はアルマを抱えたまま廊下のほうを気にしている。もう壊れた警備ロボなど出てこないことを願いたいが、何が起きるか分からないのが現状だ。


 「……しっ、みんな静かに」


 ふいに凛花が声を低める。どうやら細い電圧ラインを見つけたらしい。小さな火花を散らしながら、彼女はそこに変換ケーブルを当てがい、アルマの手首から伸びるコネクタと繋ごうとしている。

 アルマの手首には、普段は見えない小さな通信ポートがあり、必要に応じて有線アクセスができる構造らしい。さきほど旧式端末をハッキングしたときと同じ方法だ。


 「アルマ、私がドアのロックまでの配線を繋いでおくから、あとはあなたのハッキングでどうにかならない?」


 「……やってみます」


 アルマが弱々しくも集中力を取り戻したように瞳を閉じる。少しずつ電流音が耳に響き、廊下にはビリビリとした静電気めいた空気が漂う。


 理久はその横顔を見守りながら、ふと胸の奥に重苦しい思いが湧く。彼女の繊細な顔立ちや小柄な体、それに今にも壊れてしまいそうな心の痛みを想像すると、まるで昔の自分を見ているような気さえするのだ。瓦礫の下で助けを待ちわびたあの日、自分は救われずに泣き叫んだ。しかしアルマは“アコアである自分”が傷つきながら、人間を助けるために奮闘している。


 (こんな存在が、本当に機械だっていうのか……?)


 アルマの眼差しにかすかに宿る人間らしさ。それが理久のトラウマを溶かすのか、あるいは逆に今後もっと大きな衝突を生むのかは分からない。ただ、ひとまず今は彼女を信じる以外に道はない。


 「……開いたか?」


 勝峰が身を乗り出すと、ドアがわずかに軋み音を立てる。金属が重々しく振動し、内部のロック機構が解除されていく手応えが伝わってくる。しかし、動作は途中で止まってしまった。凛花が「まだ電圧足りないの?」と焦りの声をあげる。


 アルマは必死に耐えるようにこわばった表情を見せるが、ここでもやはり電源不足や回線の損傷がネックになっているようだ。かろうじて何かをつかんだかに思えたが、ドアは数センチ開いたところでピタリと停止。


 「くそ、また中途半端に……。でも隙間はできてるな。こじ開けられないか?」


 勝峰が力任せにドアへ肩をぶつけるが、金属の板はびくともしない。スタッフたちが何人かで取りかかっても、何せ頑丈な防火・防爆扉だ。容易には動かない。


 「ドアを無理にこじ開けるのは危険かも……。なにか他に方策があれば……」


 凛花が歯噛みするように眉間に皺を寄せる。皆が暗い溜息をついたちょうどそのとき、アルマが小声で呟いた。


 「……待って。ボク、さっきのロックだけじゃなくて、奥のサーバーにも……少しだけアクセス……」


 ピタリと静寂が訪れる。サーバー? まさかドアの先にあるメインシステムの一部に、アルマのハッキングが届いたというのか。


 「そっちから開ける方法があるってことか?」


 理久が期待を込めて尋ねると、アルマはまばたきをしながら短く答える。


 「たぶん、奥にもうひとつ……別の扉がある。でもその先は……封印……“改竄禁止”と出てます……」


 「改竄禁止……? 特別な研究プロジェクトか、軍事機密の類かしら」


 凛花が固唾をのんで続ける。研究施設とはいえ、まさかここまで強力な制限がかけられているとは想定外だ。普通のアコアなら自動的に弾かれてしまうだろうし、セキュリティレベルも極端に高いはず。


 アルマは顔をしかめ、汗のような液体をこめかみに滲ませている。どれほどの負荷がかかっているのか、想像するだけで恐ろしい。見れば、通信ポートへ繋いでいるケーブルが微かに焦げているようにも見えた。


 「アルマ、無理はするなって……!」


 理久が言いかけたとき、アルマは震える唇を動かして言葉を吐き出す。


 「いや……ボク……やります。……ここで止めたら……何も変わらない。それに……。前のマスターは、きっとこの先で……ボクに……」


 そこまで言うと、彼女は声を詰まらせた。おそらく前のマスターが何をしていたか、自分がどんな役割を担っていたのか、明確には覚えていないのだろう。それでも“あの人”の足跡をたどりたいという思いが、アルマを突き動かしているようだ。


 しんと張り詰めた空気の中、勝峰が周囲を見渡す。「やらせてみるか。こうなりゃ、一刻も早く事態を打開したい。俺たちも手伝おう」


 研究スタッフたちも「もう後がない」との表情でうなずき、凛花は複雑そうに黙ったままケーブルの調整を始める。理久はアルマの肩を支えつつ、いつでも止められるように心を構える。


 「アルマ、もしダメそうなら、すぐにやめていいんだぞ」


 「……はい……」


 アルマの声が震える。あまりにも危うい均衡のもとに彼女の行動が成り立っているのが、誰の目にも明らかだった。


 再びアクセスが始まる。ドアの隙間を照らすライトの中で、アルマの指先がかすかに動き、微かな静電気が散る。凛花のタブレット端末にも乱数のような文字列が大量に走り、制御を取り合う激しいデータのせめぎ合いが想像できる。


 「ちょっとだけ……繋がりそう……!」


 凛花が声を上げた刹那、廊下の奥からドンッ、と何かが衝突するような音が鳴り響いた。何人かのスタッフが悲鳴を押し殺すように身を縮める。再び警備ロボか、あるいは別の何かがこちらへ向かっているのかもしれない。


 「まずい、急げ……!」


 勝峰が焦りをにじませる。すると、ちょうどそのタイミングでドアの隙間がギギッと音を立てて、数センチだけさらに開いた。理久が身体をねじ込めば通れそうなほどの隙間だが、奥は真っ暗な通路になっていて先が見えない。


 「よし……少しずつ開いてる! みんな、順番に入るんだ!」


 勝峰の指示に従い、先に研究スタッフ数名が身体を横にしながら隙間をくぐる。シャツや荷物が引っかかって悲鳴が上がるが、どうにか中へ入り込んだ。そこから内側からドアをこじ開けられそうなら、なんとかなるかもしれない。


 「理久、お前がアルマを抱えて先に行け。凛花と俺は後から入る」


 勝峰が急かすように言う。理久はうなずき、アルマをそっと抱え直して隙間へ体を滑り込ませた。室内は微かな非常灯がともっているようで、ほの暗いがまったくの闇ではない。しかし、通路は分厚い金属壁に挟まれていて、生温い風が吹き抜けていた。


 「うわ……こりゃまた不気味な雰囲気だな」


 先に入ったスタッフの一人が呟く。何か薬品らしき臭いが微かに漂い、奥のほうには作業台のようなものが見える。いったい何の研究をしていた部屋なのか、まだ見当がつかない。


 慌ただしく全員が潜り込むと、ドアは完全に閉じきらずに止まった状態になった。どうやら内部のロックが緩んだだけで、物理的に壊れたわけではないらしい。勝峰と凛花が最後に入ると、外から低い轟音が聞こえ、何かが壁にぶつかったように床が振動する。


 「とにかくドアを押さえて……!」


 勝峰が叫び、全員が内側からドアに体重をかける。するとバンッという衝撃が外側から加わり、ものすごい圧力がドアを震わせた。まるで何か巨大な機械がぶつかってきたかのようだ。スタッフの何人かが悲鳴を上げ、尻餅をつく。


 「くっ……何なんだ、これ……!」


 理久も必死に踏ん張るが、アルマを抱えているため両手が使えない。勝峰と凛花、ほかのスタッフたちが総掛かりでドアを押し返し、ようやく衝撃が治まっていくのを感じた。やがて、外の音が遠ざかり、静寂が戻る。


 「助かったのか……? 相手が去ったのか……」


 息を切らせながら勝峰が呟き、皆ほっと肩を落とす。代わりに、室内の不気味な空気がじわじわと肺を満たしていく。狭い研究室のような場所には、使われていない機材や書類が乱雑に積まれ、床にはコード類が絡み合っている。


 アルマは相変わらず疲弊しきった様子で、理久の腕にしがみついていた。凛花が慌てて彼女を覗き込み、手首のコネクタを外してやる。小さな焦げ跡が残っていて、尋常ではない負荷がかかったことを物語る。


 「アルマ、よく頑張った……もう少し休んでいい。あとは私たちがなんとかするから」


 凛花がそう言うと、アルマはふっと瞳を閉じ、力なくうなずく。まるで限界まで走り抜いたアスリートのように、全身から生気が失われていくように見えた。


 「この部屋を少し調べてみよう。サーバールームはもっと奥かもしれないが、ここで通路が終わってたらどうしようもないぞ」


 勝峰がやや強引に切り出し、スタッフたちも散開する。狭いながら複数の扉があり、それぞれに見慣れない警告表示が貼られている。『高圧電流』『試験区画』『改竄禁止』──まるで軍用施設のように物騒なフレーズが並ぶ。


 「軍事研究だったんだろうか……ここの運営企業は民間のはずだけど、国から受注したプロジェクトがあったのかもしれない」


 凛花が戸惑いの声を漏らし、手近なファイルを開く。すると英数字の羅列や、各種コードのような図がびっしり詰まっていて、素人には解読できない内容だ。


 「アルマの造られた経緯も、この辺と関わっているんじゃないのか。普通のハイエンドアコアじゃ到底できないようなハッキング……軍事レベルの技術が組み込まれているとしか思えない」


 理久はアルマの顔を見下ろしながら、複雑な思いに駆られる。前のマスターがこの施設に関わり、アルマを兵器ないし特別なツールとして利用していたのだとしたら、いったいどんな目的だったのか。彼女の誕生にまつわる真実はどこにあるのか──。


 「……やっぱり、サーバールームを探そう。そこに何か答えがあるはずだ」


 凛花が決意を込めた声で言い、勝峰がうなずく。研究スタッフたちも必死にあたりを調べ、やがて奥の壁沿いにある扉がわずかに開いているのを発見する。そこには「試験区画」と書かれており、薄い光が漏れていた。


 「おい、こっちに通路が続いてるぞ! 電源が生きてるのか、ランプが点灯してる!」


 スタッフの一人が声を上げ、全員がそちらへ注目する。理久もアルマをかばいつつ近づくと、扉の向こうに数段のステップがあり、その先にガラス張りのモニター室のようなものがちらりと見える。どうやらここがサーバールームへ続く本命ルートかもしれない。


 「行こう。外にはあの暴走ロボか何かがいる以上、戻る道はもうない……」


 勝峰が覚悟を決めるようにつぶやき、凛花も頷く。理久はアルマを抱き直し、心臓の鼓動を鎮めようと息を吐いた。恐怖はあるが、それ以上に「真実」を知りたい思いも芽生えていた。アルマが背負っている軍事レベルの秘密。その“目的”が悪意あるものなら、アルマ自身がその烙印を背負わされていることになる。


 (そんなの、あまりにも理不尽だ……)


 自分が幼少期に感じた“理不尽”と重なり、理久は歯噛みした。もしアルマが傷つく原因がこの研究にあるのなら、それを放置するわけにはいかない。無力な自分が何をできるかは分からないが、せめて逃げ出すだけでなく、向き合うことを選びたい。


 こうして彼らは、新たな扉を開ける。薄暗い光が差し込む空間の奥には、いくつもの計器やコンソールが並んでいた。警告音は鳴っていないが、時折機械が回転するような微かな振動が床を伝う。どうやらサーバーか冷却装置が動いているらしい。


 「ほら、やっぱりサーバールームだ。まったく……この状況でまだ生きてるなんて、化け物じみた設備だな」


 勝峰が皮肉っぽく言い、凛花は「ここが最後のチャンスね」と小さく呟く。研究スタッフたちも震える手でコンソールを触り、一縷(いちる)の希望を探そうとしている。

 ただ、床にはおびただしい数のケーブルや配管が這い、機材の配置も雑然としていて、どれがどの端末を制御しているのかすぐには分からない。


 「アルマを繋いだら、また危険を伴うかもしれない。それでもやるしかないが……」


 理久がアルマの額に手を触れ、彼女の体温を感じる。ロボットにはありえないと思っていた“体温”が確かにあるように思えた。だけど実際には内部冷却を行うための熱かもしれない。しかし、それでも何かが人間と同じように脈打っているように感じられて仕方がない。


 (これ以上、無茶をさせていいのか……?)


 逡巡する理久を尻目に、凛花は再びケーブルを手に取り、アルマに優しく声をかけた。


 「アルマ、本当に無理なら断って。私たちはどうにか別の方法を考える。でも……あなたなしじゃ、ここで全滅するかもしれない。ごめんね、こんなひどいことを言う私は……」


 しばらく沈黙が続いたあと、アルマは微かに唇を動かす。もはや体力が限界で声も出にくいのだろうが、それでも「ボク、やる」と短く告げた。震える手を伸ばしてケーブルを握り、か細い指先で通信ポートに差し込む。


 「……ボクは、あの人を失った。ボクにとって“世界”だった人を、守れなかった。だから……」


 そこまで言いかけたとき、彼女の瞳に一筋の涙が浮かんだ。前のマスターを思い出しているのか、あるいは人間を救えなかった自分を責めているのか――理久には分からない。ただ、その深い悲しみがこちらの心にまで突き刺さるようで、思わず息が詰まる。


 「行こうぜ、アルマ……。もう大丈夫だ。俺たちがついてる……」


 理久がそう呟くと、アルマはかすかな微笑みを見せ、再び瞼を閉じた。そして、サーバールーム内にそびえ立つメインラックの一角へ接続を開始する。低いブーンというファンの回転音が高まり、天井のほうでケーブルが振動する音がした。


 (俺たちがついてる、か……)


 自分で言いながら、理久の胸は痛む。アルマを“所有”する形になっているとはいえ、どこまで彼女を支えられるのか。結局のところ、自分はアコアに助けられなければ何もできない無力な人間かもしれない。それでも、過去のトラウマに縛られたままアコアを拒絶していただけの自分よりは、いまのほうがずっとマシだとも思えた。


 「さあ、ここが勝負だ……!」


 凛花が端末の画面を睨み、勝峰はスタッフとともに周囲の機材の状態をチェックする。みんなが固唾を飲んで成り行きを見守る。アルマは呼吸を整えるようにわずかに肩を上下させ、再度ハッキングの深みへと身を投じていく。


 もしこれで施設のメイン制御を奪い返せれば、地上への扉が開き、火災やロボット暴走も止められるかもしれない。だが逆に失敗すれば、アルマは完全に消耗し、彼女だけでなく全員が命を失う危険もある――。


 誰もが口をつぐんだまま、ただ願うように静観する。地下深くに息づく機械の鼓動と、薄暗いランプが照らす人間たちの不安げな顔。それはまさに、“人とアコア”の運命がいま交差しようとしている瞬間だった。

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