第11話 紅葉

 「誠一郎。涼しくなったね、この前まで暑かったのに。」


 「そうだね、10月ってこんなに涼しいんだ。気がつかなかったよ。」


 二人は病院の屋上で空を見ていた。イワシ雲が目の前に広がっていて秋の訪れを二人は感じていた。すると小鈴が口にする。


 「私ね。もう歌えないんだ。喉の調子が悪くなっちゃって、大声を出す事すらままならないんだ。」


 その発言は誠一郎に衝撃を与えた。しかしそれでも誠一郎は小鈴に寄り添った。この先、一生そばにいるよと告げると、小鈴は涙を流し喜んでくれた。


 「なんかほしい物ない?俺、買ってくるよ!」


 「じゃあホットココアお願いしたい!」

 

 「まかせて!」


 誠一郎の歩くスピードは前に比べどんどんはやくなっていた。その様子を見ていた小鈴は羨ましそうにしていた。


 「もう手足、ほとんど動かないんだよね。もう少ししたら、全身もうごかなくなっちゃう。」


───9月のある日───


 私は今日も患者さんのために歌う。だから屋上に歩いて行こうとしたんだ。すると突然目線が低くなった。


 「あれ、なんで私座っているの?おかしいな…。あれ、立てない。」


 私は気づかない間に座っていた。まるで力が抜けたかのように。…いや力が入らなくなったんだ。その瞬間怖くなった。そして叫んだんだ。うわぁぁぁ!!!って。もう絶望しかなかった。体が動かなくなる事がこんなに怖いなんて。


 それから1日後。担当の看護師さんが車いすを持ってきてこれからは座りながら屋上に行く事になった。


 「櫻井さんって誠一郎君の担当もしていたんだね。最近の調子はどう?」


 「田中君は柊さんの病名を知ってしまって落ち込んでいるよ。」


 「そう…。」


 正直今の状態で誠一郎君に会いたくなかった。こんな姿を見られたら、意気消沈してしまうんじゃないのかって。そしてこの時期に歌う事も出来なくなった。なぜか大きな声を出すと声がかすれてしまう。だから、誠一郎君と話す事が出来なくなる前に櫻井さんに頼んでこっそりカメラを取ってきてもらって歌声を録音してもらったんだ。私がいなくなってもいつでも思いだせるように。


 そして毎日歌声を録音し続け丁度一か月。誠一郎君の友達である康太君が私の元を訪ねてきた。誠一郎を救ってほしいって。だから私はあの時病室まで行ったんだ。でももう歌う体力はない。話すのがやっと。誠一郎君、私がいなくなっても悲しまないでね。そうじゃないと私は笑顔を保てない。


──────


 「ホットココア、買ってきたよ!!」


 「ありがとう!!」


 誠一郎から受け取ろうとした小鈴。しかし手は動かなかった。その瞬間色んな感情が頭の中を駆け巡る。初めて誠一郎に会った日の事。高校の話を沢山してくれた誠一郎の事。夏祭りの映像を見せてくれた事。それが走馬灯のように駆け巡り、気づいたら小鈴は泣いていた。


 「誠一郎。私、死ぬのが怖いよ。」


 小鈴は初めて誠一郎に本音をぶつけた。その瞬間誠一郎も目頭が熱くなる。しかしここで泣いてはいけないと思った誠一郎は頑張って涙をこらえ、微笑みながら声をかけた。


 「本音を言ってくれてありがとう、小鈴。大丈夫、俺がいつでも寄り添っているから。リハビリも頑張って一日でもはやく足を治す。クリスマスのイルミネーションを見に行こうよ。おんぶしてやるからさ!」


 「ありがとう…、ありがとう!!」


 小鈴が初めて誠一郎に見せた弱音は、この病気に必死に抗いたいという気持ちがこもっていた。この時病院の周りに生えている桜の葉っぱは赤く染まっていた。

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