第10話 友達
誠一郎が苦しんでいる事を聞いた両親は胸が苦しくなり、どうしたらいいのか分からなかった。親が言ってもその意見を承諾するはずがない。かと言ってコーチに話して説得させようと思っても意味がなかった。しかしなにか助言をくれる事を信じ、学校にいるコーチを訪ねた。
「大田さん。誠一郎は今、彼女が出来て喜びと同時に絶望を受けています。今この状態で私達が行ってもなにも変わらない。それは大田さんにとっても同じ事だと思います。どうするのが一番でしょうか。」
「…。本当は親御さんから口にするのが一番です。ですが、彼は貴方方を完全に受け入れきれていません。交渉は厳しいでしょう。」
「そうですか。」
両親は落ち込む。しかし次の瞬間コーチに挨拶をしてきた者がいた。そう、部活の仲間でもあり、誠一郎の親友でもある川野康太だ。
「コーチ、そちらの方は?」
「誠一郎のご両親だ。今誠一郎は落ち込んでいる。1か月前に彼女が出来て、嬉しい気持ちでいっぱいだったらしいが、彼女の寿命が残り僅かなのを知り、手術を受ける事も拒否するようになってしまった。だから…。っておい!川野!失礼だろ!!」
その瞬間康太は怒りに満ちた表情で誠一郎の父親の胸倉を掴んでいた。
「誠一郎は優しい。俺のボケにも笑ってくれた。なのにお前らは誠一郎の事を遠くから見ていただけで今更親として自覚を持つなんてありえないだろ!!誠一郎からいっぱい聞いたよ。お前らからの罵倒の数々を!ここまで追い込んだのはお前らだろ!!それに誠一郎の元に行かずにこんなところでコーチの助言を受けて、なめてるんじゃねえ!!…誠一郎が可哀想だよ、俺が説得してくる。」
そして康太はコーチに呼び止められても無視し、誠一郎の元へと向かっていった。
・・・
病室のドアをノックする音が聞こえる。しかし誠一郎はそんな事にも気づかず、ただ下を向いていた。するとドアが開き、康太が鬼の形相をしながら誠一郎の前へとやってきた。
「誠一郎!!お前は彼女の支えになるんじゃなかったのか!!いい加減目を覚まして、元気な姿を彼女に見せてこい!!」
「なんだ、康太か。俺はもういいんだ。こうやって病室から眺めていれば。」
すると康太が誠一郎の事を殴る。「痛てえな!!」と怒鳴った誠一郎だったが、康太は止まらない。
「お前!!その言葉本気で言っているのか?彼女は今もそこで泣いている!!元気になってほしいと望んでいる!!それなのにその事に応じないお前はとんだ腰抜け野郎だ!!さっさと手術受けてリハビリを受けて、帰ってこい!!」
「小鈴が、俺の病室に来ている?どういう事…?」
するとまた病室の扉が開き車いすに座っている小鈴が悲しそうな顔でこちらを見ていた。
「えっ、小鈴。どうして…。」
「どうしてじゃねえだろ!!お前のせいで彼女はこんな状態になってしまった!こんなに待たせておいて、手術はやりません?ふざけるなよ!!お前が体の回復を実感しないと彼女は辛いまま死んでいく!!それでもいいのか!!」
小鈴の病気は見ていない内にどんどん体を蝕んでいた。今は左足もうまくうごかせなくなっており、看護師さんの手助けの元屋上で歌っていたのだ。小鈴はこんな姿を誠一郎に見せたくなかった。しかし、意気消沈している誠一郎を救ってあげたかった。だから今回康太の説得の元、目の前に現れる事を承諾したのだ。
「とにかく今お前がするべきなのは、手術をして元気な姿を彼女に見てもらう事。もし手術しなかったらまた殴るぞ。」
そして康太と小鈴は病室をあとにした。
「小鈴…。俺が見てない内にあんなに細くなって…。」
誠一郎は後悔し、歯をくいしばった。
・・・
「田中君。今日こそ…。」
「手術、やります!俺は迷っていた。元気になる事で小鈴が苦しむんじゃないかって。でも昨日康太に殴られて改めて実感しました。こんなところで立ち止まっているわけにはいかないと。だから、手術を受けます!!」
驚いていた櫻井さんだったがその言葉に安心し、その日、手術は無事に成功した。
・・・
「まだ無理はしない事。支えがなくなって足が軽くなったと思うけど、まだ骨は不安定だから。また手術を受けたらリハビリをしよう。まずは康太君にお礼を言いなさい。その後、元気になった姿を柊さんに見せなさい。そうすれば二人の心は落ち着くはずだから。」
櫻井さんがそう言ったあと誠一郎は一目散に病院の公衆電話に向かい、康太の家に電話をかけた。
『あの時、救ってくれてありがとう。今度お礼がしたいな。』
『手術したのか!良かった、彼女も喜んでくれるはずだ。俺へのお礼は後でいいから早く彼女の元に行ってやれ。』
『分かった、ありがとう!』
その日の昼。誠一郎は松葉杖一本を支えにしながら屋上に向かい小鈴に会った。小鈴は誠一郎の姿を目に捉えた瞬間微笑み、看護師さんに車いすで押してもらいながら誠一郎の元へと寄ってきた。それと同時に誠一郎は小鈴の事を抱きしめる。
「遅くなった。ごめん。俺、また一歩進めたよ!」
「よかった、心配したよ。本当に手術しないのかと思ったじゃん。心配させないで。」
その時小鈴は体が震えていた。時は10月。いつの間にか涼しい風が吹いていて、秋空が広がっていた。
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