第6話 偽りの笑顔

 8月の半ば。誠一郎が昼休みに屋上に行くと、小鈴が椅子に座っていた。


 「あ、来た!」


 「よ、よう!」


 以前と変わらない表情を見せる小鈴。誠一郎と会えるのが楽しみだった小鈴は誠一郎に対しまた高校の話をしてほしいと言ってきた。


 「そうだな、体育祭の話とかどう?」


 「聞きたい!!めっちゃ聞きたい!!」


 わくわくしながら詰め寄る小鈴。誠一郎は顔を赤く染めながら話し始めた。


 ───体育祭───


 観衆の応援があちこちから聞こえてくる。その中で誠一郎はクラスの皆の事を応援していた。午前の部・個人種目では陸上部が強すぎてマラソンに勝てなかった。しかしクラス皆で励まし合い徐々に点を伸ばし、午後の部では隣のクラスとのトップ争い。そして綱引きで勝敗が分かれた。結果は誠一郎の所属するクラスの勝利。その時はとても嬉しく、盛り上がった。


 「懐かしいな。5月だというのにとても暑かった。でも青春の1ページが飾られた気分だったよ。」


 「うわぁいいな!私も知らない内に体育祭があったらしくて実際にそこにいって見たかった。」


 小鈴は天を見上げ、誠一郎の言葉の元想像していた。すると誠一郎が「夏祭り一緒に行かないか?」と言ってきた。


 「行きたいけど、病院から出られないんだよね。その日も診察が長引きそうで、とても行ける気がしない。」


 「そうか…。じゃあ俺がこっそり病院を抜け出して写真撮ってくるよ!その時には2回目の手術も終わっているだろうしさ!」


 少し残念そうな顔をしていた小鈴を励ます誠一郎。小鈴はその言葉に喜びの情を抱く。その様子を見た誠一郎はリハビリを頑張ろうと決意した。


 「じゃあ俺はこれから診察があるから、また会おう!」


 「うん、また明日!!」


 そして誠一郎は病室に戻っていき、一人になった事を確認した小鈴は口を開く。


 「もうその時にはうまく立てないかもしれない…。左手もほとんど動かせないし、この病気は若いほど進行がはやいって医師から聞いたし…。ってあれ、なんで私泣いているんだろう?冷静になれ、私!!」


 震えている右手を使って何度も涙を拭う小鈴。しかし涙は止まらなかった。


 「誠一郎君。君が羨ましいよ。会うたびにどんどん体が健康になっていく。なのに私はどんどん体が悪くなっていく。数か月前まで普通に動いていた左手もこのざま。どんどん私の体じゃなくなっていく。死ぬのが怖いよ。」


 小鈴は今年の3月に入院してから既に5か月が経過していた。病院のリハビリや治療を受けても変わらないどころか、どんどん悪くなっていく事を身をもって知っていた小鈴はその日、担当の看護師さんが来るまで屋上で一人泣いていた。


・・・


 私の名前は柊小鈴。とある難病を抱えてこの病院にやってきたんだ。その病気の名前は筋萎縮性側索硬化症(ALS)。脳からの信号が途中で打ち止められて思うように筋肉が動かせなくなる病気なんだって。自覚症状が出たのは今年の2月終わり。いつものように皿洗いをしていたら、左手の指がうまく動かなくて皿を割ってしまったの。力をいれようとしても指が震えるだけだった。異常だと思った私は両親とともに病院に行ってそこでALSと診断されて、寿命は長くて1年と言われた。もう絶望だった。死ぬのが怖いというより、大好きな歌を歌う事が出来なくなるっていう事に直面して。皆は元気に高校生活を謳歌しているというのに、私は病室で窓を眺めるだけ。正直生きる希望がなくなっていた。


 でもね。病院で亡くなる人が多いと聞いて、少しでも役に立ちたいと思ったんだ。担当の看護師さんに聞いたところ孤独に亡くなる方も多いって聞いて、私はとても胸が締め付けられた。私もその道を進んでしまうのかと思って怖かった。でも何もせずに死ぬなんて私自身が許せない!その心の変化がきっかけで自暴自棄になっていた私は、出来るだけ笑顔で歌声を届け、天に送りだそうと決意したんだ。この時間、この瞬間のために私は生まれてきたのだと思ったから。


 そして7月から入院してきた誠一郎君。彼は来た時とても悲しい顔をしていた。不慮の事故で留年する事になって、毒親に罵倒されて生きてきたと言っていた。だからこそ私の歌声が彼の耳に届いて良かった。今は8月の半ば。初めて会った時に比べて表情がどんどん明るくなって、高校での出来事を沢山聞かせてもらって私も嬉しかった。そんな真っすぐ前に進んでいる彼の事を私は好きになったのかもしれない。私を暗い底から救いだしてくれた命の恩人と言ってもいい。だから出来ればこれから先の未来、彼と一緒に歩みたい。神様、私を少しでも長く生かしてください。1秒でも長く歌い続けたいから。

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