第5話 それでも前に進もう

 「櫻井さん。俺はこの先どうしたらいいですか?足が治って無事退院出来たとしても柊さんは助からない。もう分からないです。」


 「田中君。まずは自身が回復する事。田中君が元気にならないとだめ。そうじゃないと彼女は悲しむのだから。彼女は一人の患者さんが亡くなった時一人で泣いていた。この病院は命の灯が消える場所でもあるから、彼女はそれが辛かったと思う。けれど、歌を歌う事で自分らしさを見つけた。だから田中君も自分がどんな人物なのかもう一度考えてみなさい。そしてまた彼女に会いに行きなさい。」


 櫻井さんは助言をしてくれた。その言葉にハッとする誠一郎。自分がこれから先出来る事を一生懸命努力する事が大切なのだと知った。それを理解した誠一郎は「ありがとうございます。」と言った後、一人で過去を思い返す。


───中学3年生の冬───


 『お母さん、お父さん!模擬試験でさらに成績あがったよ!偏差値65の高校がA判定!!』


 誠一郎は模擬試験の結果を実の両親に渡す。しかし次の瞬間、結果の紙は目の前で破られた。


 『こんな成績じゃ私達の望んでいた高校に受からないじゃない!!東大だって受からない!!今すぐに勉強しなさい!!』


 『で、でも…』


 『親に逆らう気?お前は私達の事だけ聞いていればいい。さっさと机に戻って勉強しな!!』


 その瞬間誠一郎は親に敵意を見せてしまった。


 『…お前らがふざけるな。なんで頑張ったのに褒めてくれないんだよ!!』


 壁を殴り、拳が痛む。しかしそんな痛みも忘れて、家中のあらゆる物を壊しまくる誠一郎。これは初めて親に反抗した瞬間であった。


───第一志望の高校受験日───


 『結局あの後勉強を一切やっていない。終わったな俺。』


 一限目、数学のテストを受けながらほぼ諦めていた誠一郎。その高校は県一の偏差値を誇る高校だったが、結局落ちて終わった。そして家に戻ったと同時に父親に殴られる。


 『ふざけるな!!あの時勉強していれば絶対に受かっていた!それなのにお前は自らどぶに捨てた!第二希望の高校?そんな中途半端な高校に行ってどうする?それじゃあ一流大学に行けないぞ!!』


 『黙れ!!英才教育とかいっていつも勉強させられて、うんざりだった!!もうお前らなんか信じない!!!』


 それからは何も覚えていない。殴り合いの喧嘩になった事だけは覚えている。そして第二希望の高校に受かって、中学を卒業した。


───高校生活───


 両親に何度も罵倒され、暗い顔をしながら体育館の椅子に座る誠一郎。目の前が真っ暗だった。すると、隣から声をかけてきた者がいた。その者の名前は川野康太。そいつはとてもフレンドリーですぐに打ち解ける事が出来た人物の一人。というよりクラス全員が明るく、誠一郎はそれに救われていた。そして康太と共にサッカー部に入部した。親の暴言を押し切って。


 『誠一郎!!ナイス!!本当に中学の時サッカーやってなかったのか?』


 『やってないよ。勉強三昧だったし。でも今この瞬間が楽しい!サッカーってこんなに面白いんだ!!』


 『だろ!誠一郎は運動能力が高いから、すぐレギュラー入り出来るな!!』


 『それが出来たら苦労しないよ笑』


 何気ない会話をする。それは高校生活を大いに楽しんでいる少年だった。


・・・


 「康太…。元気にしているかな。そういや怪我した時一目散に駆け寄ってきたな。病院に来てほしいな。」


 誠一郎は病室で過去の事を振り返っていた。その時いやな気分ではなかった。高校生活が楽しかったから。出来ればコーチにも謝りたい。そんな感情が芽生え始めていた。そう考えていると櫻井さんが来て「面会人がいるよ。」と言ってきた。


 「わ、分かりました。通してください!」


 康太であるといいなと思いながらベッドの上で待つ誠一郎。すると、まさかのコーチが訪ねてきた。


 「こ、コーチ!!」


 「あれから調子はどうだ?俺はあの後田中の親御さんと話してきた。中学卒業の最後まで一度も励まさなかった事を後悔していると。」


 その瞬間誠一郎はまた暗い顔に戻った。


 「コーチ。俺の両親に肩入れするのはやめてください。今は会いたくない。手術後面会にも来なかったし。だけどコーチに対しては謝りたいです。あの時、酷い事を言ってしまってごめんなさい。」


 誠一郎は頭を下げる。するとコーチは誠一郎の頭を撫でながら、「気にしてないよ。」と言ってきた。


 「あ、あともう一人面会人がいるんだ。会うか?」


 「ぜ、是非!」


 すると病室の扉が開き、康太が入ってきた。


 「よう、誠一郎!怪我した時は心配したぞ。あと、その、留年確定なんだってな。」


 「あぁ、でも今は病院で自身に向き合う時間が出来て良かったと思っているよ。まだ会いたくない人もいるけど、前に進めると思う!」


 誠一郎は微笑み、康太はよかったといった表情を見せていた。


 「ところで誠一郎。この病院に来て気になる人とか出来たのか?」


 にやにやしながら聞いてくる康太。その瞬間誠一郎は顔を赤く染めた。


 「ほほう。本当にいるみたいだな。しっかりと想いを伝えろよ!応援しているからさ!!」


 そして康太は見舞いのお菓子を置き、コーチと共に病室を出て行った。


 「…想いを伝えろ、か。どうすればいいんだろう。でも、彼女の病気を知って後悔はしていない。明日、彼女の元に行こう。」


 櫻井さんの助言を思い出し自分らしさとはなんなのか、考えがまとまっていない状態だったが誠一郎は前を向く事に決めた。

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