第4話 悪い情報

 手術してから数日後。誠一郎が松葉杖をつきながら歩いていると、前から年配の患者さんが歩いてきた。取り敢えず会釈だけしておこうと思った誠一郎は挨拶する。するとその患者さんも挨拶してきた。


 「あら、こんなに若い子がこの病院に来るなんて珍しいわね。手術室に運ばれていくのを見たけれど、今こうして会えて良かった。」


 「は、はぁ…。この病院で亡くなる人が多いと聞きました。だから怖かったのです。手術が失敗して歩けなくなったらこの先どうしようかと。」


 そのおばあさんは坂本というらしい。聞くと末期がんを患っており、あと半年の命しかないという。坂本さんの話を聞いた誠一郎は暗い顔をしていた。


 「こら、男がそんな弱弱しい顔をみせるんじゃない!私だって最初は絶望しかなかった。孫の成長する姿を見る事が出来ずに死ぬ事が怖かった。でもね、屋上で歌っている女の子を見て考えが変わったの。死ぬまでの短い間明るく生きようって。だからお兄ちゃんも頑張ってリハビリして無事に退院しなよ!」


 坂本さんはそう言うと誠一郎の肩を叩き、横を通り過ぎていった。その瞬間彼の心は燃え上っていて、いつの間にか坂本さんの事を呼び止めていた。


 「あ、あの!何故あの子は入院しているのですか!あんなに健康的で明るい子なのに入院している理由が分かりません!」


 末期がんを患っている坂本さんに対し、失礼を承知に聞いてしまった。その言葉を聞いた坂本さんは歩みを止め、ある一言を発した。


 「彼女は1年以内に死ぬ事が確定している。」と。


 「えっ?」


 「彼女は常に明るく振舞っている。でも、病室ではいつも泣いている。隣の部屋だからすぐに分かった。そして担当の看護師さんと話しているのを聞いてしまったんだ。病名は分からないけれど、筋肉が徐々に弱っていく病気で長くて”1年”だと。」


 誠一郎は驚いていた。『同じ年代の人が死ぬだって?そんな事ありえない。』と心の中で思っていた。しかし坂本さんの話を聞いて現実だと知った誠一郎は足がすくむ。


 「私みたいな老いぼれは死に対する恐怖はそんなにない。お兄ちゃんよりずっと長く生きてきたから。でもあんなに若い子が余命1年なんて告げられたら辛いはず。きっと心の底では助けてほしいと願っている。だからお兄ちゃんが彼女の支えになってあげなさい。」


 「そ、そんな…。」


 誠一郎は小鈴の笑顔を思い出して、涙が溢れてしまった。これから半年かけて回復していく俺、逆に1年かけて病状が悪化していく小鈴。そんな事を考えたら胸が苦しくなった。


 「…教えて頂きありがとうございます。俺は病室に戻ります。では。」


 暗い顔をしながら病室に戻った誠一郎。そしてナースコールをする。


・・・


 「鎮痛剤持ってきました…。ってなんで泣いているの…?」


 鎮痛剤を持ちながら急いでやってきた櫻井さん。しかし、誠一郎は足の痛みも忘れて泣いていた。


 「俺知ってしまったんです。柊さんの余命が残りわずかな事に。」


 「…!どこで知ったの。」


 「彼女の隣の部屋にいる坂本さんから。同年代の、それも会ってまもない彼女がそんな苦しみを押し殺して明るく振舞っていたなんて。そんなの、俺だったら耐えられる訳がない。」


 その話を聞いていた櫻井さんはなにも言わず誠一郎の肩を掴み、宥めた。入院生活が始まってすぐの事。辛い経験をした誠一郎は何故自身が意気消沈しているのか分からなかった。自身の辛い出来事を小鈴は真摯に受け止めてくれたからなのか。気づいたら彼女を好きになっていたのかもしれない。流れ星のように一瞬にして恋に落ちると歌っていた小鈴。その歌詞が今まさに体現された瞬間であった。

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