第2話 美しい歌声
一夜明け。誠一郎は6時には起き、担当の看護師、櫻井さんと話しをしていた。
「初めまして。櫻井といいます。これからよろしくね。そして今日中に手術をします。安静にしていてくださいね。」
「あ、はい…。」
一夜明けてもこの怪我は治っていない。腫れているのか痛みも増している気がする。少し鬱になりかけていた誠一郎は素っ気ない返事をした。その様子を見た櫻井さんは「車いすに乗りながら外の空気を吸わない?」と言ってきた。
「えっ?」
「無理はしなくていいよ。ただ、怪我をしたことで落ち込んでいると思うから調子のいい時に屋上でゆっくり会話をしよう。」
「…余計なお世話です。」
暗い顔をしている誠一郎の姿を見た櫻井さんは悪い事を言ってしまったなと思い、静かに部屋を出て行った。誠一郎は結局朝食もほとんど手をつけず、ただ時が過ぎていくのを窓辺からぼんやりと眺めていた。
「はぁ、これからの人生どうしよう。足は完全に治らないって言われてしまったし、手術もリハビリもしたくない。それに留年確定してしまったし。」
誠一郎はその事についてひたすら考え込む。先が見通せない誠一郎は壊れた右足を見ながら後悔する。あの時足を開いていなければ、こんな事にはならなかった。あの瞬間さえなければ…。しかし過去は変えられない。今ある現実を見るしかないのだ。
「そういえば昨日からトイレ行ってないな。松葉杖で…。痛いけど我慢する。これからお世話になる病院内を、少し探索してみよう。」
トイレに向かおうとする誠一郎。すると窓の外から歌声が聞こえてきた。
───青春の1ページに魂を注いだ、あれは夕焼けの事。とある二人が道端で出会い、恋に落ちた。それはまるで流れ星のようにはやく。理由なんて必要ない。好きになるとはそういうものでしょう。愛しあえば花が輝くのだから───
「…少しポエムっぽいけど美しい歌声だ。何故か心に染み入る。」
その時誠一郎はトイレではなく屋上の方に勝手に歩んでいた。その美しい歌声が病院内を包み込んでいる間、彼の重い足が軽く感じていた。
・・・
「ここかな?屋上に誰かいるのかも。」
屋上の扉をゆっくりと開ける。するとそこにいたのは短めな茶色髪の女の子だった。太陽の光によって明るく照らされている彼女を見た瞬間、心がドキッとした。小柄だがとても元気そうに、熱意のこもった歌を届けている一人の少女。その歌声はとても美しく、聴いていてとても心地よかった。するとその女の子は誠一郎の存在に気づく。
「あれ、新入りの患者さんですか?」
彼女は微笑みながら声をかけてきた。
「あ…はい、昨日から。何故こんな暑い場所で歌っているのですか?」
「それは…。ここにいる患者さんを勇気づけるため!家ではなくこの病院で亡くなってしまう方が多い。だからこそここで歌っているんです。私、その、中学の時合唱部に所属していたから歌を歌うのが好きで。貴方も私の歌を聴いてここに来たのでしょう?良かったら話しをしませんか?」
微笑みながら、話しかけてくるその女の子は、患者であるものの健康そのもののように見えた。どこも調子が悪くないような気がする。しかしその微笑みの裏でなにか悲しそうな感情がこもっていた事に誠一郎は気がつかなかった。
・・・
「そうか、同じ学年なんだね。」
「…うん。この怪我は昨日不注意で負ってしまったもので、これのせいで人生ががらっと変わってしまったんだ。…あ、そういえば名前を聞いてなかった。君の名前は?」
「私の名前は柊小鈴。君と同じ高校1年生。1回も学校に行けていないけどね。」
小鈴は青空を見ながら言った。彼女は高校がどんな場所なのか知らなかった。その言葉を聞いた誠一郎は悲しそうな顔をしている小鈴に胸が締めつけられ、それと同時に高校について話そうと決意した。
「小鈴さん。」
「”さん”はなくていいよ。どうかした?」
「その、高校はとても楽しい場所だよ。もしよかったら俺が学校での出来事を話してあげる。だからその、これから毎日ここで会わない?」
誠一郎がそう発言した瞬間、小鈴は一瞬心に穴が空いた。そして静寂が訪れる。誠一郎は苦しめる発言をしてしまったのかと思い、少し気まずさを感じていた。すると小鈴は微笑みながら「是非教えてほしい。」と言ってきた。
「分かった。じゃあ入学式の時から話すね。」
「うん!」
小鈴の反応を確認した誠一郎は語りはじめた。入学式で隣の椅子に座っていたクラスメイトが名前を呼ばれる際、緊張のあまり変な返事をして皆が笑っていた事。部活オリエンテーションでサッカー部に入る事を決意した事。高校初の中間試験では部活にのめり込みすぎて平均60点台だった事。初の練習試合でボコボコにされて悔しかったけど、次に活かそうと決意し努力を重ねた事。どの話も小鈴にとっては新鮮な事であり、わくわくしながら誠一郎の話を熱心に聞いていた。
・・・
「こんな感じだね。たった3か月の期間だったけど、とても楽しかったんだ。でも…、でも…。」
誠一郎は楽しい話をした事で逆に辛くなり、体の震えが止まらなくなる。すると小鈴が誠一郎の手をとった。
「誠一郎。今話した楽しい出来事は絶対に忘れない事。その記憶が残っていれば人間は強くあり続けるから。そして、泣きたい時は泣けばいい。私がそばにいるから、辛い事は口にして、沢山泣いて、その後笑顔でいようよ。」
小鈴は微笑みながら誠一郎の気持ちを真摯に受け止める。誠一郎はその瞬間涙が止まらなくなり、小鈴の横で声を殺しながら泣いた。
「ありがとう…。ありがとう…!」
「いいの。もっと私に話して、苦しみが和らぐのなら嬉しいな。」
これが誠一郎と小鈴の出会いだった。
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