君に贈る歌

青鳥翔(あおとりかける)

第1話 不注意

 「オーライ!オーライ!!」


 「誠一郎、後は頼んだ!!」


 「任せろ!!」


 主人公・田中誠一郎の元にボールがやってきた。勝利を目指して、最後の巻き返しを狙う。その瞬間、ゴールが目の前に迫っていた。しかし、勝ちにこだわるあまり足を大きく広げすぎた誠一郎は、予期せぬアクシデントに見舞われる。ボールを踏んだ事でバランスが崩れ右足に鈍い音が響き、痛みに顔を歪めながら倒れ込んだ。

 

 「痛い!!」


 「田中!大丈夫か!!」


 誠一郎はグラウンドの真ん中でもがき苦しむ。部員たちはすぐに誠一郎の元へとやってきて、戦慄した。誠一郎の右足が曲がってはいけない方向に折れていたのだ。それも何箇所も枝分かれをし、骨が皮膚を突き破っている。只事ではないと感じたコーチはすぐに救急車を呼び、誠一郎はコーチと共に総合病院へと向かった。


───病院にて───


 「痛い、痛い…。」

 

 診察室。レントゲン検査をした後、医師は誠一郎に足の状態を伝える。


 「田中誠一郎さん。あなたは複雑骨折を起こしています。手術が成功しても怪我以前のようにサッカーを続ける事は不可能でしょう。」


 「そ、そんな…。」


 誠一郎は痛みに苦しみながら絶望した。もう完治する事のない怪我。大会に備えていた時に起こった事故。それはもう、死ぬ事よりも辛かった。するとコーチが医師に詰め寄る。


 「田中はレギュラーメンバーなんです!どうにか出してやりたいんです!なんとか出来ませんか!!」


 コーチは誠一郎を大会に出してあげたかった。まだ高1である誠一郎に絶望を与えたくなかった。しかし無情にもその言葉は打ち砕かれる。


 「大田さん。とても苦しい発言となりますが、田中さんの足はもうサッカーを続けられる状態ではありません。最低でも半年は入院をせざるを得ないでしょう。」


 その言葉を聞いた誠一郎は悔し涙を流す。その様子を見たコーチはすぐに誠一郎に寄り添い、何度も謝った。


 「今日中に手術をしましょう。皮膚も裂けていていて危険だ。外傷からの感染もあり得る。ですので…」


 医師は誠一郎に早急に手術を受けるよう言葉をかける。しかしその瞬間誠一郎は怒りをぶつけていた。


 「あんたに俺の辛さが分からないだろう!!」


 「おい、田中!その言い方はちょっと…。」


 「コーチもコーチだ!これから先サッカーが出来なくなる?こんなの受け入れられる訳ないじゃないですか!!…そうだ、すぐにグラウンドに戻ろう。」


 現実逃避をした誠一郎は立ち上がろうとする。しかし立てないばかりか傷口がさらに開いてしまった。


 「ギブス、早くギブスを!!」


 医師は焦りながら看護師を呼び、その日は暴れる誠一郎を止める事で精一杯となり、手術は翌日に延期されることになった。


・・・


 「田中。ご両親がもうすぐ着く。今は休息しよう。だから…」


 コーチは顔を暗くしている誠一郎に声をかけようとした。しかし次の瞬間、誠一郎は病院内全てに聞こえるほどの怒号を浴びせた。


 「黙っててくださいよ!!こんな人生ってないじゃないですか。誤ってボールを踏んづけて転んだと同時に複雑骨折になって、この先の人生も暗く染まったというのに、コーチはいつも後ろで笛を鳴らしていただけ。自身の体はなんとも起きていない。なんなんですか、休息って。大会近いのにそんな事言うんですか!!…もう黙ってろ。両親にも会いたくない。」


 誠一郎は自暴自棄になってしまった。この先、将来の夢が潰えた誠一郎はただ嘆き、悲観する。


 「…分かった。田中の両親には俺から言っておく。今は休んでいなさい。」


 コーチはその場を離れ、誠一郎はギブスに巻かれた右足を見る事しか出来なかった。


・・・


 誠一郎の両親はコーチに出会い、現状把握した。


 「大田さん。貴方は悪くないです。これは誰も予想していなかった事故。最近誠一郎が声をかけてこなくなってしまったのも私達の責任です。ですので貴方が入院費を払うという件も受けません。大田さんは他の部員さんの面倒を見てあげてください。お願いします。」


 誠一郎の両親はコーチに頭を下げた。その背中はとても弱弱しく、震えていた。


 「…分かりました。ですが、これから先田中君の状態をこまめに教えて下さい。彼はとても優しい。部員からも慕われている。だから精神が安定している時に会いたいのです。お願いします。」


 コーチもまた頭を下げた。誠一郎の両親はコーチの言葉を承諾し、後は任せて下さいと言った後、誠一郎の元へと着く。


 「…いまさら何しにきた。」


 「ごめんなさい誠一郎。私達が誠一郎に厳しくしすぎた結果だ。本当にごめんなさい。」


 「中学時代一流高校に入れって散々怒鳴り散らかしていたのに、今は謝っている?なめているのか、お前ら。実の息子を追い込んで結局第一志望の高校に落ちた時も励ましもなしに蔑み、使えないって言ってきたくせに。サッカーなんてするなって何度も言って、物をぶつけてきたのに。もう二度と俺の前に現れるな!!!」


 「…!」


 その言葉を聞いた両親は申し訳なさそうな顔をしながら誠一郎の元から離れ、入院手続きをした後無言で病院を後にした。


 「どいつもこいつも俺の事を分かってくれない。唯一の救いだったサッカーも運命が呪った。」


 入院初日。誠一郎はベッドの中でずっと泣いていた。

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