彼奴らを止められるのは
――そして時間は、《賢明の英雄》が牢を爆破した現在に戻る。
「大丈夫ですか? キット様」
「ああ。助かったよ、ルナ」
都市の外周区に位置する路地裏で、ルナはキットを介抱していた。
街中で上級魔法をばら撒くなど、どこの馬鹿がやらかしたか知れないが……結果的に、その爆発に紛れて離脱することができた。
アラクネナイトはデミオークを連れて退散。彼女が離れたためか、金属糸の拘束が解けたので、ルナもキットを連れて逃げおおせたのだ。
「失礼しますわ。治癒のポーションもありませんが、なんとか応急処置を……っ」
自分たちの馬車は街の外に隠してあり――あの鉄の馬を連れては入場できないと、直前になって気づいた――、最低限の荷物しか手元にはない。
せめて包帯を巻くくらいは。そう思ってキットの上着を脱がし、ルナは息を呑んだ。
キットが上半身に負った深い傷。それが少しずつ、しかし目に見えて塞がっていくではないか。人間の自然治癒としてはありえない速度。これも、《フィアーズ》に施された人体改造の影響なのだろう。
改めて、キットの肉体が普通ではなくなったことを思い知る。
「胸の、一番大きな傷だけでいい。他は、放っといても塞がりそうだ……ふふっ」
「キット様? どうかお気を確かにっ」
よもや、心労のあまり気が触れ始めているのではないか。
無理もない。アラクネナイトに敗れ、同志であるはずの騎士たちに追われ、自身の異形を突きつけられた。
肉体のダメージのみならず、精神的にもショックなことが続いているはず……そう心配するルナだったが、キットは意外にも平静を保っていた。
「いやなに。なんというか、安心してな。――この都市にはあれだけ仕事熱心な、街を守ろうと必死になれる騎士がいる。それはとても心強いことだ」
自分の状態よりも、そこを気にするのか。
思わず呆れそうになるが、キットの気持ちもルナはいくらか理解できた。
……《ゾンビスライム》の実験場にされた村での体験。そのショックが尾を引いているのだろう。だから、この都市を守る騎士たちの心強さに安堵したのだ。
「思えば、ここにはホーダン隊長がいるんだ。部下が優秀なのも納得だな」
「ここの騎士隊長は、キット様のお知り合いでいらっしゃるの?」
「ああ。小さい頃、父上の視察についていったときに出会った騎士でな。街と民を守る務めに誇りを持った、使命感に燃える熱血漢だった。猪突猛進なところが災いして出世できないのが玉に瑕だが、騎士として父上の次に尊敬する人だよ」
良き思い出があるのだろう。疲労の色濃いキットの表情が綻んだ。
しかし、また深い憂いがその眉間にしわを刻む。
「だが――彼らでも《怪騎士》の脅威に対処するのは難しい。魔力を使わないという怪騎士の特徴が、これほど厄介だとは思わなかった」
「そうですわね。王都のセキュリティも、魔力を基準に脅威を察知。判別しています。しかし魔力を用いない《怪騎士》であれば、それらをすり抜けてあらゆる施設へ潜入。そして内部からの破壊活動が可能です」
こうして変幻/変身を解いてしまえば、雑踏に紛れるだけで追跡も困難になる。
皮肉なことだが、自分たちが騎士たちを撒けたのもそのおかげだ。
「それに『世界征服を企む悪の組織』なんて、あまりに荒唐無稽すぎる。ロクに痕跡も残らないんじゃ、騎士団に訴えてもまずまともに取り合ってもらえない」
「悪ふざけと一蹴されるのが目に見えていますわね。……実際、悪ふざけとしか思えない集団ですけれど」
その荒唐無稽さすら武器にして、《フィアーズ》は影に潜んで暗躍している。
真実を知る者にしか、彼奴らに立ち向かうことはできないだろう。
「ただでさえ今この街は、連日襲いかかるスタンピードで限界なんだ。悪の組織の陰謀なんて、そんな突飛な話に騎士たちは動けないだろう」
キットは視線を路地の先へ向ける。
開けた場所になっているそこは、地獄絵図になっていた。
「う、あ……」
「また急患が十人追加だ! スペースを空けてくれ!」
「こいつはもう駄目だ! どかして他の患者を運んで来い!!」
「治癒のポーションが足りないわ! 街から調達してきて!」
「無理だ! 商人の連中め、『うちは慈善事業じゃない』ってこの非常時に足下を見やがる! こっちに金なんてないのがわかってるくせに!」
「ちくしょう。ちくしょう。『中』の連中め。俺たち『外』の人間は、使い捨ての肉壁扱いかよ……!」
そこら中から響くうめき声。飛び交う絶叫、怒号、悲鳴。
粗末な敷布に大勢の怪我人が並べられ、心許ない設備と薬品で治療が試みられていた。既に手遅れの重傷者も多く、死臭がここまで漂うかのようだ。
彼らは、防壁の外から運び込まれた《貧民》たちだ。
……ロクレスト王国に限らず、古来より人類は周りを囲う《魔境》を開拓し、そこから得られる神秘の資源によって発展。数と力を増してさらに魔境を開拓――というサイクルで繁栄してきた。
しかし年々強大化する魔物と邪気の脅威に、開拓は難航。人口の増加に開拓が追いつかなくなった。結果、働き口も住処も得られない貧民が溢れかえった。
この都市スダードにも、市民として認められず、防壁の外で生活する貧民が大勢いた。それでも市場を開き、逞しく生活していたようだが……本来滅多にないはずのスタンピードが連日で起こり、彼らは最前線でその被害を受けていた。
《賢明の英雄》の活躍で、都市の内部は未だ被害がゼロだという。それでも都市の外で暮らす貧民には、既に少なくない犠牲が出ていた。
「ママ! 死んじゃやだ! ママー!」
「――――っ」
もう息のない母親に泣きつく幼い子供を見て、キットは拳を固く握りしめる。
「こんなこと、許されるはずがない。たとえどんな理由があったって、命がこんな簡単に失われていいはずが……!」
「キット様……」
自分自身に言い聞かせるような、キットの声。
全身を震わす怒りの理由を、ルナは知っていた。
――《ゾンビスライム》の実験場にされた村で、犠牲者を弔ったとき。
その手伝いで老人の亡骸を抱き上げたときの感覚が、忘れられないのだと。
「俺たちで、《フィアーズ》の陰謀を阻止しなくては。こうしている間にも彼奴らは、この街のどこかで計画を進めているはず」
「人工的に発生させたスタンピードで都市を滅ぼす計画、でしたわね。問題は、なぜ街の中に侵入してきたのか、ですわ。ただ都市を滅ぼすだけなら、姿を隠したままスタンピードを起こし続けるだけでいいはずなのに」
「そうだな。そこにきっと、連中の尻尾を掴む糸口がある。……まあ、隠れもせずに堂々と行動していたのは、通常運転なんだろうが」
「通常運転なんでしょうねえ……」
つくづくふざけた組織だが、やっていることはまるで笑えない。
なんのために、なにが楽しくて、こんなことをするのか。
わかっているのは、彼奴らを止められるのは自分たちだけということ。
気持ちが逸る様子のキットに、可能な限りの応急処置を済ませてルナは肩を貸す。
アテはないが、調査は足で稼ぐものだと実父も言っていた。
「――申し訳ありません。わたくしが、もっと力になれていれば」
「なにを言う。こうして一緒に戦ってくれるだけで、俺がどんなに救われていることか。本当、俺には勿体ないくらいの、心強いパートナーだよ、君は」
キットは気丈に笑って見せるが、ルナは不甲斐ない気持ちで一杯だった。
戦力として、だけの話ではない。《製錬術士》として《怪騎士》の力を解き明かそうとしたが、まるで上手くいっていなかった。
――全てが変わったあの日以来、ルナは《キッカイキー》や《カイキドライバー》の調査と研究を続けてきた。分解するわけにもいかなかったので、クロスナイトが破壊した《スライムキー》の残骸を回収できたのは大きな収穫だった。
しかし機構も原理も、『未知の技術である』以上のことはわからないまま。
ただ一つだけ、判明したことがあった。
ドライバーのバックル、キーを差し込むのとは逆の左側部分。そこに、なにか部品を装着するスペースが確認できたのだ。
つまり《怪騎士》にはなにか、キーとは別に強化の余地があるということ。
このままではいけない。クロスナイトにもなにか、戦力の強化が必要だ――
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