勇者カズヒコと邪竜の魔王

 都市スダードは円形の防壁に囲まれており、当然ながら中心に行くほど安全だ。

 中心に行くほど住民の位も上がり、『外周区』『一般区』『中央区』に分かれている。

 その外周区と一般区の間……一応は一般区に含まれる寂れた家に、悪の組織《フィアーズ・ノックダウン》の大幹部たちはいた。


「――このままじゃいけないわ。ええ、このままじゃいけない」


 シンディは、大層不満そうな顔でそうぼやく。

 スラッとした足を組み、行儀悪くテーブルに乗せる。

 隣の席では、対面する二人が無駄に暑苦しく騒いでいた。


「俺のターン! ドロー!」

「ヴァハハハハ! 諦めろ! 貴様のパーティーも最後の一騎、《低賃金勇者カズヒコ》を残すのみ! そんな雑魚に、我が《邪竜の魔王リューオ》を倒すことなどできるものか! 世界は、魔王の力の前に平伏すのだああああ!」


 我ら大幹部のリーダーにして、組織の首魁。

《大首領》ことギルダークが、何故か子供とカードゲームに興じていた。

 たかがゲームだろうに、まるで世界の命運でもかかっているようなノリだ。


 やたらハイテンションに高笑いするギルダーク。相手の男の子も、やたらキリッとしたキメ顔で言う。


「――それはどうかな? 来たぜ、逆転の一手が! 俺は《一発屋ウィザードの大魔法》《身代わりクルセイダーの鉄壁》《お笑いプリーストの宴会芸》の三連コンボを発動するぜ!」

「な、なにぃぃぃぃ!?」

「《一発屋ウィザード》の敵味方を巻き込む大爆発魔法で、双方にライフ最大値分のダメージ! 《身代わりクルセイダー》は、確率でダメージを無効化できる! そして《お笑いプリースト》の効果による運気上昇で、元々運気だけは高い《勇者カズヒコ》の運気が最大値に! これで確定でダメージが無効化される!」

「ぐああああ!? ま、まだだ。邪竜の第二形態から人型の第一形態に戻して、魔王はライフを一残して復活する……!」

「《勇者カズヒコ》の攻撃! 運気最大値による確定クリティカル! 魔王の股間に、トドメの金的ストライクだああああ!」

「んぎょわああああ!? やーらーれーたー!」


 オーバーリアクションで絶叫し、椅子から転げ落ちるギルダーク。

 思い切り後頭部を床に打ちつけるとこだったが、シンディが金属糸を編んだ網を放って受け止めた。人体改造により、生身の姿でも手から金属糸を出せるのだ。


「おっしゃああああ! 僕の勝ちー!」

「ヴァハハハハ! いやあ、実に劇的な逆転勝利だったな! ニック少年! 」


 ガッツポーズを決めた十歳の男の子、ニックにギルダークは惜しみない拍手を送る。

 なんで負けた方もそんなに嬉しそうなのだ、とシンディは呆れる他なかった。


「それ、確か《ブレイブ&デーモン》ってカードゲームよね? 確か《バンガイ商会》とかいう、娯楽玩具を専門に台頭した商会で売り出してるって話の」

「ああ。《勇者》陣営と《魔王》陣営に分かれた駒でパーティーを編成し、駒同士でバトルさせるゲームだ。プレイヤーは駒を指揮し、武器や魔法といったサポートカードで援護。相手のパーティーを全滅させた方が勝者となる。駒やカードごとに設定された『コスト』の要素がミソでな。性能の強い駒やカードばかりじゃバトルに勝てないよう、絶妙なバランス調整が――」

「ハイハイ。ゲームの紹介は結構よ。あたし、そういう対戦式の遊戯って嫌いなのよ。……負けると相手を直接殴りたくなるから」

「いや、お姉ちゃん短気すぎでしょ。ゲームなんだから楽しまなくちゃ」

「負けたら楽しくないわよ。わざわざ遊びでストレス溜めたくないの」

「……だからぬいぐるみで癒やされてるの?」

「なに? 文句ある?」


 呆れ顔のニックに睨み返しながら、シンディはぬいぐるみを抱きしめる。

 これも自身の金属糸を編み、この場で自作した品だ。金属糸製だが太さや硬度を絶妙に調整してあり、金属とは思えない柔らかな感触を実現。それでも金属なので冷たいが、そこも含めてシンディは気に入っていた。


 ――昔、娯楽の類は母に全て禁じられていた。公爵家の娘として、未来の騎士として相応しい成果を出すまで、遊んでいる暇などないと。


 大嫌いな家族を殺して自由になった現在。唯一の手慰みだった糸くずいじりが高じて、シンディはぬいぐるみ作りを趣味にしているのだ。


「いいじゃない、ぬいぐるみ。あたしになんの口出しも手出しもしない。あたしがなにを言おうがしようが、されるがまま。なにより……いらなくなったら、いつでも簡単に捨てられるし、ね」


 なお、作ってはバラバラに解いて壊すまでが趣味である。

 また人間は嫌いなので、作るのは動物や虫、魔物のぬいぐるみばかりだ。


「いや暗っ!? どんだけ陰険で捻くれた趣味してんのさ!? ドン引きなんだけど! ギルの兄ちゃん、女の趣味が悪いんじゃねーの!?」

「そこがいいのさ。邪悪な魔王が侍らす女には相応しいだろ?」


 まあ、ニックのような反応こそ普通で真っ当だろう。

 微笑ましそうな、穏やかな眼差しをするギルダークがおかしいのだ。

 どうせ、「遊び甲斐のある玩具だな」くらいにしか思っていない悪魔のくせに。

 ……「そこがいいのだ」と思ってしまう自分も、相当に悪趣味だが。


「なに主に色目を使っているのですか。この女狐が」

「誰がよ。年中発情しているあんたじゃあるまいし。あと、狐じゃなくて蜘蛛でしょうが。蝙蝠女は耳が良くても目は節穴なのかしら?」


 わざわざの手を止めて突っかかってきたエリーゼに、シンディも喧嘩腰で応じる。両者の背後に、威嚇し合う蜘蛛と蝙蝠が見えたり見えなかったり。

 ギルダークはといえば、興味がない様子でニックと談笑を続ける。


「しかし、最後のコンボは最高だったな! 基本セットに付属する雑魚扱いの駒に、一枚一枚は使い勝手が悪くてハズレ扱いのカード。それを組み合わせることで、最高レアリティの魔王だって倒すことができる。実に劇的だろう?」

「……うん。それは、そうだけどさ」


 歯切れの悪い返事と共に、ニックが表情を曇らせる。

 ギルダーク視線で続きを促すと、ニックはふてくされたように言った。


「現実じゃあ結局、強い手札を持ってるヤツが勝ち組なんでしょ? 弱い手札でいくら頑張っても、強い手札のヤツがあっさり上を行くんだ。弱いヤツが努力や工夫で、強いヤツに勝つなんて、お話やゲームの中だけじゃんか」

「それは――」

「いやあ、すみません。息子の遊び相手をしてもらっちゃって」


 ギルダークの言葉を遮って現われたのは、頬の痩けた壮年の男性。


 彼はニックの父親で、研究者でもある。ギルダークは彼のある『研究』に出資しているらしく、今回はその件で訪問した。ニックの父は今まで別室で報告のための資料を整理しており、エリーゼもその手伝いをしていたわけだ。


「いえいえ。付き合ってもらっているのはこちらの方でして。実際、ニック少年は聡明で賢い子だ。魔法使いとしても、将来有望だと思いますよ。あなたの教育の賜物でもあるでしょうか」

「いやいや、私はなにも。私が不甲斐なくて、ニックには苦労をさせてばかりで……。賢い子に育ったのもそうです。一緒に遊ぶ友達ができず、いつも私の集めた本を読んで過ごしているからかも」

「それも、あなたの研究が実を結べば報われることでしょう。我々も引き続き、協力を惜しみませんよ」


 気持ち悪いくらいにこやかなギルダークの態度は、如何にもなにか企んでいる。

 そう。こうして彼らの家にやってきたのは、なにもカードゲームで遊ぶためではない。……いや、ギルダークにとってはそちらが本題の可能性も否めないが。


「本当、ギルダークくんにはいくら感謝してもしきれないよ。君がに紹介してくれたおかげで、研究を支援してもらえているんだから」

「援助が認められたのも、あなたの研究が素晴らしいからこそ。そう――『誰でも魔法が使えるようになる魔道具』。じつに劇的で素敵な発明じゃないですか」


 シンディには『裏があります』と宣言しているようにしか見えない、実に悪い顔で悪魔は笑う。ギルダークの目的は、ニックの父が研究中の魔道具なのだ。


 魔道具の名は――《魔術師の杖ソーサラーワンド》。

 曰く、魔法使いならざる者にも、魔法の行使を可能にするという代物だ。


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