最高の英雄譚のために、最大の恐怖と衝撃を
「いやあ、負けた負けた!」
「ちっとも悔しそうじゃないわね……」
「申し訳ありません! 罰はいかようにも――」
「いらんいらん。《ゾンビスライム》の実験自体は成功したわけだしな」
鉄の怪鳥、《ケツァルコアトル》の操縦席にて。
《悪鬼元帥》マクスウェル。《悪党団長》ファウスト。《悪夢参謀》メフィスト。
悪の組織《フィアーズ・ノックダウン》の三大幹部は、暢気に駄弁っていた。
とてもではないが、正義の味方に負けて敗走中とは思えない。
「でも、肝心の《スライムキー》は破壊されたんじゃ?」
「問題ないさ。なにせ《スライム》だぞ? ――この通り、キーを量産するのは簡単だ。ゾンビスライムへの改造も、安価な材料と設備でできることだし」
手品めいて何本もの《スライムキー》を取り出し、マクスウェルは笑う。
「それじゃあ『負けた』なんて言っても、こっちはなにも損していないわけ? とんだ茶番じゃない。そもそも、わざわざあいつらと戦う意味はあったの?」
「意味というか、クロスナイトと戦うのが本題みたいなものだからなあ。ゾンビパニックは戦いの口実、舞台装置みたいなものさ。実験の成否も重要じゃない。クロスナイトの活躍が見られて楽しかったら、俺としては大成功だよ」
「ですが、私が失態を晒したことに変わりはありません! どうか組織として示しをつけるためにも、私に厳罰を……っ!」
先程からマクスウェルの足下に跪いたまま、メフィストは顔を上げようとしない。
それは一見して高い忠誠心の表れで、事実彼女はマクスウェルに心酔している。
ただ――
「わかったわかった。拠点でたっぷり『お仕置き』してやるから」
「は、はい! ……ふひっ」
「自分がお仕置きされたいだけじゃないのよ。どこが罰なんだか」
「ヒーローを叩きのめすならともかく、女を叩いて悦ぶ嗜好はないんだがな……」
この通り、彼女の個人的な被虐趣味によるところが大きい。
ファウストは呆れながら手遊びにあやとりをしており、マクスウェルも少しげんなりした様子で、なにやら木彫りの像を作っていた。
ちなみに《ケツァルコアトル》は自動操縦につき、全員好きに過ごしている。
「あ、そうだ。こいつをやるよ」
ふと思い出したように、マクスウェルはファウストになにかを投げて寄越す。
ファウストが受け取ったそれは、一本の《キッカイキー》だった。
先端の宝石に浮かぶマークは《スライム》のものだが、宝石の色が違う。通常の《スライムキー》が緑色なのに対し、これは鈍い銀色なのだ。
「これは?」
「キーのためにスライムを捕獲して回ったとき、運良く捕まえたレアモノだ。《アラクネナイト》へ付与するのにうってつけの能力だろう。……今回は休みだった分、次の作戦では《クロスナイト》にリベンジといこうじゃないか」
「――へえ? あんたのお気に入り、壊しちゃっても知らないわよ?」
ファウストは獰猛に笑う。そこへ水を差すように、メフィストがボソリと呟いた。
「ふん。また無様に敗れないといいですが?」
「はあ? 必殺技もなしに血清を奪われた間抜けが、どの口で」
バチバチ! と剣呑な眼差しが火花を散らす仮面の美女二人。
マクスウェルは宥めるどころか、余興とばかりにケラケラと笑うばかりだ。
「結構結構、幹部同士の仲間割れもまた、悪の組織の様式美。どんどんやれーっ」
「……あんたねえ。ことあるごとに様式美だの美学だの言ってるけど、ちょっと悪ふざけが過ぎるんじゃないの? 敵に作戦も解決方法もバラすし、その気になれば始末できるのに見逃すし。本気で世界をぶっ壊すつもりある?」
「ヴァハハ! そりゃあ、本気で悪ふざけしているからなあ。おもしろおかしくやるのが大前提だが、もちろん本気さ」
そう言いながら、マクスウェルは完成した像を満足げに見つめる。
彼が彫刻したのは、《クロスナイト》の像だった。
「たとえばだ。絶対に壊れず、輝きが曇ることもない、至高の宝石があるとするだろう? そして、ソレと思しき物が目の前にある。――じゃあ、ソレが本物かどうかを確かめるにはどうすればいい?」
慈しむように撫でているにも関わらず、木彫りの騎士が徐々にひび割れていく。
壊れゆく様さえ愛おしいとばかりに、奈落のような眼で悪魔は笑った。
「答えは簡単。入念に、徹底的に、叩いて叩いて叩き尽くしてやるのさ。全身全霊の本気でぶち壊そうとして、それでも壊せないなら……その輝きは、きっと正真正銘の本物だろう?」
嫌な音を立てて、木彫りの騎士は粉々に砕け散る。
そのとき――なぜか悪魔の瞳が、泣き出しそうに揺らいで見えた。
残念そうな。落胆したような。悔しそうな。
自分で壊しておきながら、全くおかしな話だが。
それも一瞬のことで、悪魔はどこか遠くを見つめながら笑う。
「星は、昏い暗黒の中でこそ眩く輝く。英雄が輝くため、英雄譚が劇的に盛り上がるため、立ちはだかる『悪』は強大であればあるほどいい。だから一切の遠慮も容赦もなく、力を振るうがいい」
壇上の語り部めいて、マクスウェルは高らかに謳う。
悪の台頭なくして、英雄の物語は始まらない。
だから我々の手で、物語の幕を開けるのだと。
「そう――最高の英雄譚のために、最大の恐怖と衝撃を、この世界に!」
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