マナの謎。チートの謎。怪騎士の謎

 ――《デミスライム》によるゾンビパニック事件から一週間。

 キットとルナは、ようやく村から旅立つ用意が完了した。


 戦いによるダメージの回復だけが理由ではない。というのも……『死亡者』の埋葬と、死因の究明に時間を要したため。

 そう。キットたちの奮闘も虚しく、三名の死者が出てしまったのだ。


 しかし……奇怪なことに、犠牲になったのはゾンビ化した村人ではない。

 どういうわけか、その逆。最後までゾンビ化を免れた老人三人――五人残っていたうちの二人は、女性と子供を庇って感染した――が死亡してしまったのだ。


 デミスライムを倒した時点で、村人の大半はゾンビ化が解けた。体質的な相性かなにかのためか、若干名解けていない者もいたが、彼らも血清で綺麗に治った。……血清の意味があってよかった、と思うのは不謹慎だろう。


 これでもう大丈夫……そう安心した翌日。ゾンビ化を免れたはずの老人三人が突然苦しみだし、治療する間もなく急死してしまった。


 なぜ? マウロの調査をルナも手伝い、原因をおおよそ掴んだようだ。

 早朝、馬車の用意を済ませながら。キットとルナは、マウロとティナからその報告を受けていた。


「マナの『濃度』が異常? それが二人の死因だったと?」

「はい。それこそ王立研究所レベルの設備でもないと、正確な数値はわかりませんが……おそらく《魔境》と呼ばれる外界でも、これほどの濃度はありえない。そう断言できるほど、体内のマナ濃度が異常に高くなっていました」


 マウロも、こんな症例は初めて診たのだろう。表情には困惑の色が強い。


「マナは万物にやどる神秘の力。それを多く宿すほど生命は強靱になるものですが――あれだけ高濃度のマナは、逆に猛毒となって体を害するはず」


 現に死体を解剖した結果、内臓や骨全体に腫瘍らしき異常が見つかったという。

 それこそ、今まで生きていられたのが不思議なほどの。


「その異常、ゾンビスライムが原因ではなさそうだな。あのスライムは特殊で、邪気どころかマナも宿していない。そもそも、死んだ二人は感染しなかったんだ」

「それなんですが……おそらく原因は、《完治の英雄》が施した【ヒール】です」


 ヒントはあった。同時に他の老人たちも、多少の体調不良を訴えていたのだ。

 彼らに共通する点は、《完治》の【ヒール】をほぼ毎日受けていたこと。


 しかし《完治》はもういない。《ヴァンプナイト》に殺害されたのを、ルナたちが目撃している。彼が死亡し、【ヒール】を受けられなくなったこと。状況から見て、それが老人たちの体調不良の原因だろう。


「ですが彼の【ヒール】を受けた結果、体内のマナ濃度が異常に高くなったなら、受けた時点で体に異常が出るのではなくって?」

「おそらく異常濃度のマナによる悪影響も、【ヒール】で即座に治癒されていたんでしょう。【ヒール】の効果が丸一日は続き、それが切れるとまた悪影響が出る。そしてまた【ヒール】をかけては治す一方で、異常濃度のマナが体内に蓄積するの繰り返しに……」

「だから爺さんたち、毎日あいつの【ヒール】を受けてたんだ……」


 つまり老人たちは知らない間に、《完治》の【ヒール】を受け続けなければ生きられない体にされていたことになる。

 まるで麻薬漬けにして依存させるような、悪辣な手口だ。


 尤も――まともな医学の知識があったかも怪しい《完治》自身、意図していなかった事態かもしれないが。


「だがそれなら、他の老人たちが体調不良で済んだのはなぜだ?」

「それが不思議なことなんですが……ゾンビ化していた老人たちだけは、マナ濃度が正常な値まで下がっているようなんです」


 もうわけがわからない、とマウロとティナは揃って肩を落とす。

 一方でキットとルナは、内心腑に落ちたところがあった。


 ――《百剣》と《完治》に共通する、怪騎士カイナイトたちが《ちーと》と呼んでいた力。

 あの尋常ならざる力の秘密は、おそらくマナの異常濃度にある。


 そして怪騎士が操る暗黒のエネルギーが、《ちーと》を無力化できる理由。

 それも異常濃度のマナに対し、なにかしら働きかける力があるためだろう。


 だから《完治》の【ヒール】を受けた老人たちは、体内のマナが異常をきたし。

 一方でゾンビ化した者は、暗黒のエネルギーの影響でそれが沈静化された。


「しかしそうなると……彼らは、ゾンビ化させられたおかげで助かったことに?」

「結果的には、そうなりますね。素直に喜べる話ではありませんが」

「それに、私が村の皆を危ない目に遭わせた事実には変わりありませんから」

「ティナ――」


 マウロが、彼女を案じるように見つめる。

 しかしティナの眼差しは、強い決意を秘めていた。


「私も、村の皆も、自業自得なんです。力に目が眩んで、惑わされて、振り回された結果がこれで。むしろ本当なら、もっと酷いことになっていたはずで。……お二人の助けがなかったら、どうなっていたか。改めて、御礼を言わせてください」


 ありがとうございます。と、ティナは深々と頭を下げる。

 マウロも一緒に深く低頭した。


「本当に、ありがとうございます。感謝の言葉しか返せず、申し訳ないですが」

「いや、十分だ。それに――実は俺自身、愚かな間違いを犯してな。その罰と同時に見聞を広めるため、旅をしているんだ。彼女は、あくまで付き添いだが」

「婚約者ですもの。病めるときも、過ちを償うときも、共に寄り添い支え合うのは当然の務めですわ。だから……あなた方もどうか一人で背負わず、二人で頑張ってくださいまし」

「っ、はい! 二人できっと、村を立て直して見せます!」


 互いの手をしっかりと握り、マウロとティナは宣言する。

 この二人なら、きっと大丈夫。キットとルナにはそう思えた。


「それでは名残惜しいが、俺たちは出発するよ」

「はい! ――あの連中を追うんですね?」

「ああ。世界征服なんて言い出す荒唐無稽な連中だが、それだけに実際に相対した者にしか、あいつらの恐ろしさはわからない。立ち向かえるのは俺たちだけ……というのは傲慢だが、王都にこの危機を知らせなくては」


 ゴブリンナイトの言葉からして、《フィアーズ》は王都への道中で待ち構えていることだろう。しかし、あまり敵の言葉を鵜呑みにするわけにもいくまい。

 既に一週間の遅れだ。先を急がなくては。


「どうか、ご武運を!」

「ああ!」

「本当にありがとうございました! お元気で!」

「お二人も、どうか仲睦まじく健やかに!」


 二人に見送られ、キットとルナを乗せた馬車が出発する。

 簡素な荷車を引く馬車の影が、あっという間に見えなくなるまで、マウロとティナは手を振り続けた。



☆☆☆



「ねえ、マウロ? あの人たちのことで、一つだけ気がかりがあるんだけど」

「? なにが気になるんだい?」

「なんだか訊く機会を逃してそのまま見送っちゃったけど――あの、鉄の馬? あんな奇怪な馬車で、町の検問通れるのかな?」

「あー…………都会では、案外アレが一般的とか?」


 如何せん、田舎の貧村育ちの二人には判断しようがなく。

 とりあえず、彼らの旅の無事を祈る他なかった。

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