別格に危険

『ハイ、カーット』


 限界突破のエネルギー出力がカットされ、反動で疲労感と脱力感が襲う。

 しかし、膝をついている場合ではない。


「ティナ! ティナ!」

「う、うう……マウ、ロ?」


 デミスライムの姿から元に戻ったティナを、マウロが抱き起こす。

 首筋に軽い火傷が残ってしまっているが、命に別状はなさそうだ。


 クロスナイトは、ティナに植え付けられた《キッカイキー》の位置を『熱』で感知。

 ティナに対するダメージを最小限に抑えて、キーを直接破壊したのだ。


 ――かつてライドレーク公爵は、視察先で起こった土砂崩れの救助活動に参加。生き埋めになった子供を救った。炎の魔力を極めたライドレーク公爵は、大量の土砂の下からも生物の『熱』を感知することができたのだ。


 父に遠く及ばないはずの自分に同じ芸当ができたのは、おそらく《ブレイズドラゴン》の力によるもの。

 倒すためでなく、救うために力を引き出せた。それが少し誇らしい。


「ありがとうございます! 本当に、本当にありがとうっ」

「ごめん、なさい。私……」

「いや――キーを切り離すことができたのは、彼女自身がキーの力に抗っていたおかげだ。彼女がキーの力に完全に呑まれていたら、おそらくキーは彼女の体に溶け込んで、切り離すなんてとてもできなかっただろう」


 思えば、《アラクネナイト》といい《ヴァンプナイト》といい、《怪騎士カイナイト》はベースとなった魔物の力を、より強大にして発揮できた。


 だからデミスライムも本来なら、通常のスライム以上の増殖能力を持っていても不思議ではない。そうならなかったのは、ティナがキーの魔性に抵抗し、人間性を手放さなかった証拠に思える。


「助けられたのはこちらの方かもな。――助かってくれて、ありがとう」

「なんで……そっちがお礼を言うんですか。おかしな、騎士さま」


 苦笑するティナにマウロも破顔し、クロスナイトも仮面の下で微笑む。


 周囲を見回せば、徘徊していたゾンビ村人が倒れ、肌も逆立った髪も元通りになっていく。どうやらヴァンプナイトの説明に偽りはなく、デミスライムが消えたことで村人のゾンビ化は解けたようだ。血清の意味は? などと考えてはいけない。


 余計なことを考える余裕すらできた、そのときだ。


「――いやあ、やってくれたじゃないか」


 パチパチと拍手を鳴らしながら、こちらに近づく者がいた。

 黒い革鎧に深緑の甲冑。そして二本角を生やした鬼面の兜。

その異形に、クロスナイトは即座に身構え直す。


「《ゴブリンナイト》!」

「あのベルト、こいつは蝙蝠の怪物の仲間ですかっ?」

「ああ。それも、三人いる大幹部とやらのリーダー格だ……!」


 なぜ今ここで、なにをしに現われたのか。一同に緊張が走る。


「いやあ、本当によくやってくれたもんだよ。デミスライムは倒され、ゾンビパニックによる村の全滅は阻止され、怪物にした少女もきっちり救出された。これは完敗といったところかな? ヴフ、ヴァハハハハ!」


 ゴブリンナイトは鬼面を手で押さえ、空を仰ぎながら哄笑する。

 計画を潰され、怒りが振り切れた結果の笑いか。そう思ったのだが……。


「――いいじゃん! スゲーじゃん! 素晴らしいヒーローっぷりだったぞ!」

「…………はあ?」


 サムズアップまで添えた、悪意ゼロの大絶賛。皮肉も嫌味も一切読み取れない、無邪気なまでの反応。クロスナイトは脳が処理できず、惚けた声を漏らしていた。

 対してゴブリンナイトも、我に返ったように咳払いする。


「コホン。いや、失礼。ついつい悪役でなくオタクムーブが出てしまった。――しかし、頑張った割りに報われない勝利だとは思わないか? 守るべき人間には怪物と恐れられ、同胞と呼ぶべき《怪騎士》と殺し合い、勝ったところで英雄としての称賛も名誉も望めない。こんな虚しい抵抗を、これから先も続けていくつもりなのか?」


 若干芝居がかった声音だが、その指摘は正しい。

 事情を知らない者からすれば……いや、たとえ事情を知ろうとも、クロスナイトの戦いはバケモノ同士の仲間割れにしか見えないだろう。


 進む先は華々しい騎士道でなく、きっと血みどろの茨道だ。


「今からでも遅くはない。《フィアーズ・ノックダウン》に還って来い、《ドラゴンナイト》。その身に宿る魔性に全てを委ねれば、つまらない未練も消えてなくなる。組織に従うなら、秘めたドラゴンの力も自由にできるようになるぞ?」


 あるいはいっそ、この悪魔の誘いに乗った方が楽で幸福なのかもしれない。

 それでもクロスナイトは毅然と、差し出される悪魔の手を払いのけた。


「そんな不自由な自由、願い下げだ! 確かに、こんな体になってまで騎士を名乗るのは、俺の未練なんだろう。だが……どれだけ虚しい感傷に見えようとも、これこそが俺に残された人間性の証明。そしてこの未練が、俺の強さになるんだ!」

「――!」


 落雷でも受けたように、ゴブリンナイトが硬直する。

 かと思えばブルブルと身震いした後、感極まった調子で叫ぶ。


「~~~~~~~~っ! いい啖呵だな! だな! そうだ、それでいいんだ! その輝きが、俺の魂を刺激してくれる! もっとだ! もっと輝け! そして――お前は、最高の英雄ヒーローになるんだ」


 ゾワッと、心臓に指を這わされるような悪寒がクロスナイトを襲った。

 子供のように無邪気な振る舞いを見せたかと思えば、鬼面が牙を歪めて浮かぶ笑みは、まさに悪魔の形相。


 こいつは、一体、なんなのだ?


「う、おおおお!」


 気づけばクロスナイトは、ゴブリンナイトへ斬りかかっていた。

 それは怒りでも正義感でもなく、恐怖心からの反射的な攻撃だった。


 ――ザシュ!


「……いいねえ。お前の感情は全く理解できないが……その気持ちが発する熱と猛りと輝きは、剣を通してハッキリ伝わってくる。眩しいくらいに、な」


 ゴブリンナイトは避ける素振りも見せず、剣が肩口に斬り込んでいた。

 攻撃は通る。《百剣》のように、なにか理不尽な壁に阻まれる感覚もない。


 しかし、得体の知れない不気味な手応えをクロスナイトは感じていた。

 まるで暗黒の底なし沼に、腕を突っ込んでしまったかのような。


「だが、まだだ。まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ――

「う、アアアア……ッ!?」


 またも恐怖に駆られるまま、クロスナイトが再度斬りかかった。

 しかしゴブリンナイトは屈んで懐に潜り込み、クロスナイトの体を担ぎ上げる。


「【ゴブリンッ、竜巻シュート】ォォォォ!」

「うおおおお!?」


 そしてクロスナイトの体を頭上でぶん回しながら、自身も回転。

 竜巻を起こすように……否、実際に小竜巻を発生させて、投げ飛ばす!

 巻き上げられるクロスナイトを、ゴブリンナイトは跳躍して追い越した。


「からの、【ゴブリン、風車三連キック】――!」

「ガハッ――!?」


 そして一撃。その反動で切り返して二撃。身に纏う風でさらに回転して三撃!

 三連続の回し蹴りを喰らい、クロスナイトは地面に叩き落とされた。

 そこへ、村人のゾンビ化が解けたのを受けて戻ってきたのだろう、ルナたちが駆けつける。


「キット様! 大丈夫ですの!?」

「こいつ、強い……! 当たり前だが、《グレムリン》にこんな芸当はできない。魔物の能力に、ヤツ自身の高い実力がかけ合わさることで、これだけの戦闘力を発揮しているんだ……!」


 先程の攻撃は、《エンチャンター》で出力を限界突破させていない。

 その分、【ストライクエンド】に比べてパワーこそないが、それだけに力でなく技量の高さが身にしみてわかった。


 異形の力。確かな技量。そして――底知れぬ邪悪さ。

 クロスナイトは直感する。この悪魔を野放しにしてはいけない。

 大幹部の中でも、こいつは別格に危険だ!


「お前の力も強さも輝きも、俺が知る最高の《英雄》にはまだまだ遠く及ばない」


『【ストームグリフォン】』『エンチャント!』

『レディ――アクション!』


「っ、下がれ!」

「【旋風の、ストライクエンド】――!」

「ぐ、ああああああああ!」


 それは蹴りに合わせて黒風を放つ、言わば範囲攻撃型の必殺キックだった。

 クロスナイトが咄嗟に我が身を盾にしたが、余波でその場の全員が吹き飛ばされる。


『ハイ、カーット』


「王都での決戦までに、まだイベントを二つ用意してある。それを乗り越えて、もっと強くなっておくことだ。ヴァハハハハ――!」


 高笑いを残して、ゴブリンナイトは去っていく。

 変幻も解けて倒れ伏すキットがそれを追うには、余力も闘志も尽きていた。


 しかし遠からず、あの悪魔と戦わなければならない。

 込み上げる不安と恐怖に抗うように、キットは固く拳を握りしめた。

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