クロスナイトVSデミスライム

「コポポポポ」

「ぐうううう!」


 クロスナイトは先刻と同様、《デミスライム》に苦戦を強いられた。


 全身を覆う粘液は打撃も斬撃も吸収し、炎も半端な火力では包み込んで鎮火させられてしまう。

 粘液に包まれた両腕の殴打は、まるで鉛を詰めた革袋のごとき衝撃だ。


 まずはこの粘液をどうにかしなくては――そう思案を巡らせるクロスナイトだが、物陰からこちらを窺う人影がふと目に留まった。

 それは、ルナや他の生存者と共に避難したはずのマウロだった!


「マウロ!? なんでこんなところに!」

「す、すいません! 私にできることがないのはわかっています。でも……!」


 マウロはその場を動こうとしない。彼の瞳は憂慮と不安に揺れていた。

 無理もない。愛する人が怪物に変えられてしまった上、それと戦っているのも同じ怪物だ。人々の味方と名乗ったところで信用できず、不安なのだろう。


 ――《勇騎士ユーナイト》の力を失い、《怪騎士カイナイト》の力も満足に扱えない。

 どっちつかずの中途半端。今の自分は、さぞかし頼りなく映っていよう。

 しかし、ないものを嘆いてへたり込んでいる場合ではない!


「任せろ! 戦う力がない、全ての民の代わりに戦うのが騎士の務め。そのために俺は、今の俺にできる全力で、やるべきことをやるだけだ!」


『【ファイアーバード】』『エンチャント!』


 今のクロスナイトにできることは限られている。

 魔法は使えず、遠距離攻撃の手段は皆無。炎を体内で圧縮しての噴射は、制御が困難で攻撃手段には不向き。そもそも村に放火しかねない。


 だからこそ――自ずと絞られる選択肢の中から、『解』を見つけ出せた。

 最低限の火力で燃えるナイトソードを手に、デミスライムへと斬りかかる!


「コポポポポ」

「ハアアアア!」

「ティナ!」


 マウロが悲痛な表情で叫ぶ。

 しかし……刃はデミスライムに当たらない。尾を引く炎で撫ぜるように、粘液をかすめただけだった。

 クロスナイトは二度三度と剣を振るうが、明らかに直撃を避けた太刀筋だ。


「斬って、いない? いや――」


 マウロの前でデミスライムを傷つけることを躊躇してか?

 そうではないと、目を凝らしたマウロは十字騎士の意図を理解する。


 刃は当たっていないのではない。デミスライムの全身を覆う粘液……その端っこをわずかに切り飛ばしている! そして粘液の欠片は、刃が帯びた炎で瞬く間に焼き尽くされ、灰と化していた!


 デミスライムの殴打を避けつつ、少量の粘液を切り飛ばし、炎で燃やす。

 地道とも言える一連の流れを、繰り返し繰り返し。

 すると見よ。次第に粘液が、デミスライムの全身を覆い切れなくなっている!


「粘液の端から切り離しつつ焼却して、!?」


 デミスライムの全身を覆う粘液は、一度に斬り裂くことも、焼き尽くすこともできない。ならば斬り裂ける、焼き尽くせるだけのサイズに分ければいい!


 量を欲張れば剣が粘液に絡め取られる。適量を見極めて切断し続けねばならない。

 太刀筋の鋭さもさることながら、地道な繰り返しに耐える辛抱強さと集中力!

 まさしく、父に叩き込まれた技術と忍耐が成せる業だ!


「コポポポポ」


 旗色が悪い。そう感じ取ったのはスライムの本能か、あるいは背後で操る蝙蝠か。

 デミスライムが全身の粘液を広げ、クロスナイトを捕らえにかかる!


「っ、危ない!」

「いや! むしろ好都合、だああああ!」


 広げた分だけ粘液の体積は薄くなり、切断と焼却も容易となった。

 覆い被さろうとする粘液の暗幕を、クロスナイトは炎の剣で斬り払っていく。

 斬って焼いて斬って焼いて斬って焼いて斬って焼いて、斬り焼き尽くす!


「ハアアアア!」

「コポポ……ッ」


 ついには、粘液のほぼ全てが焼却。デミスライムの頭部を僅かに覆うのみだ。

 今ならば本体に攻撃が、刃が届く!

 クロスナイトはマウロの方を見やり、叫んだ。


「マウロ! 俺を、信じてくれ!」

「――はい!」


 どの道、彼にはそう頷いて祈る他なかっただろう。

 だからこそ、その祈りを裏切ってはならない!


『レディ――アクション!』


 剣に装着された《エンチャンター》のフェイスパーツを操作し、顎を打ち鳴らす。

 腰のベルトから右腕に銀のラインが走り、迸る暗黒のエネルギーが手にした剣へと流れ込む。刀身が炎の翼と化した剣を手に、クロスナイトは走る。


 ――そのとき、クロスナイトは視た。

 デミスライムの首筋。その下で蠢く、邪悪な『熱源』を!


「【炎刃のストライクスラッシュ】……!」

「コ、ポ――」


 ザン!


 炎の太刀筋が一閃、デミスライムの首筋を薙いだ。

 膝から崩れ落ちるデミスライム。その首から《スライムキー》が排出され……バキンと音を立てて砕け散った。

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