第38話(最終話)「これからもよろしくだべ」

 仕事も終わり、家に帰って来た。

 玄関に入ると、

「おかえりー。さ、虎次郎ちゃんも」

「パパー」


「うん、ただいま」

 出迎えてくれたのは母さんと息子の虎次郎こじろう

 二歳で随分喋れるようになったな。


「ママはー?」

 虎次郎が聞いてきたが、

「まだ帰ってないの? さっきLIMEしたのに」

「あ、まさかふりんじゃ」

 母さんがあり得ない事言いやがった。

「殴るよ」


「えーん、パパがいじめるー」

 母さん、もう五十代後半なんだからさあ……。


「ただいま。あ、もう帰ってたのね」

 それは金髪碧眼美女副所長、いや。

 俺の奥さん、キクコだった。

「うん、おかえり」



 キクコが二十歳になった時に俺達は結婚した。

 十八でと思ったけど、高校三年生の歳でってどうなんだと皆にツッコまれてしまったんで。

 キクコはこっちに来たときに事務所に助手として入り、今は副所長になっている。


「おかえり、さ、ママよ」

「ママー」

 虎次郎がキクコに抱きついた。

 俺にはしないのに……ううう。


「お義母さん、面倒みてくれてありがとだべ」

 キクコは結婚してから外では標準語で、家でだけ元の訛った口調になった。


「いいのよ。もう一回子育てできて嬉しいもん」

 母さんが笑みを浮かべて言った。

「ほんと助かってるよ」


 母さんの事は三郎お爺さんが手を回してくれて、俺が留学した事になってた国に潜伏していた人身売買組織に攫われていて、運よく逃げた所に俺がいたって事にした。

 母さんが三郎お爺さんから言われた通りに証言をしたらアジトが見つかって奴らは一網打尽にされた。

 あと十七年間の記憶が曖昧なのは本当だが、そこでの監禁生活のせいだろうとなった。


 祖父ちゃんも祖母ちゃんも泣いて喜んで、伯父さんも号泣していた。

 母さんはただ謝って泣いていた。

 大阪のひいばあちゃんも「よかったね……次郎」って父さんに向かって手を合わせていた。


 その後皆で帰ってきたお祝いという事で温泉旅館にも行った。

 母さんが温泉好きだって聞いてたからだが、元は明子ひいばあちゃんが温泉好きだった影響もあってだった。

 母さんは温泉だけじゃなく、ひいばあちゃんとの思い出にも浸っていた。




「さ、ごはんできてるから皆で食べようね」

 母さんが俺達を促してきた。

「うん」

「うー、あたすあんまごはん作れてねえべ」

 キクコはそう言うが、

「働いてるんだから気にしないで、お休みの日にお願いね」


 母さんだって働いてるんだけどね。

 ネットで家事の合間に作った手芸品売って。

 なんかデザインよりも幸運が舞い込むと評判になってるみたいだが……やっぱ魔法力のせいかな?


「ねえ、私のはあるの?」

 母さんの後ろから声がした。

「勿論あるわよ。ミクちゃんも一緒にね」

 母さんが後ろを向いて言い、

「みく、みく」

 虎次郎がその声の主に近づいた。


「虎次郎ちゃん、ばあ~」

「キャキャキャ」


「……虎次郎にちゃんと言わなきゃいけないな、人形は普通動いたり喋ったりしないってね」

 虎次郎の前にいるのは、あのメイドフィギュア付喪神だった。


 彼女は母さんが戻って来た日に起きた。

 ヤバいと思ったらなぜかあっという間に母さんと仲良くなりやがった。

 聞いたら母さんを見た瞬間に分かったらしい。

 自分を作ったのは他ならぬ母さんだったのを。


 元は三郎お爺さんが作りかけで捨てられていた彼女を拾ってきたはいいが、自分では作れないので店にそのまま置いてあったとか。

 それをロケットペンダントを買いに行った時の母さんが見つけて、その場であっという間に作ったらしい。

 これなら誰かが買うでしょって。


 それでも誰も買わなかったというか、いつか俺か父さんが見つけるだろうと感じていたって三郎お爺さんが言ってた。

 彼女は母さんの魔法力と想いが入って魂を宿したからって。

 ただヤンデレになったのは想定外だったそうだ……。


 それと彼女は母さんに「未来みく」という新しい名前をつけてもらった。

 聞けば娘ができたらつけようと思っていた名前だって。

 彼女も大喜びだった。


「あたす、付喪神の小姑ができるとは思わなかったべさ」

「だろうな」


 未来は俺のことをお兄ちゃんとか言いやがるし……あんた父さんに惚れてたんだろがと言ったら「そうだったけど、若気の至りって事で許して」とか言いやがった。

 ……まあ、いいか。


――――――


 夕飯も終わり、自分の部屋でノートパソコンを開き、

「さて、そろそろかな」


「あ、こんばんは皆さん」

「やっほー」

 映ったのは友里さんとユウト君だった。


「こんばんは。そっちはどうですか?」


「ええ。ユウトのおかげで捗って」

「友里だってこっそり魔法であれこれしてんじゃん」


 ユウト君は俺達が結婚した後、こっちに移住して友里さんと交際しだした。


 三郎お爺さんのおかげでキクコもユウト君も戸籍を得ている。

 ユウト君は「諸星勇人もろぼしゆうと」。

 けど、


「はは、それでお二人はいつ結婚するんですか?」


「えーと、今年」

「ええ、父に『娘が三十路になる前にしてくれ!』って言われたんですよ」


「そうでしたか。おめでとうございます」

「ユウト兄、おめでとうだべさ」


「うん。これで婿入りだ」


 ユウト君は結婚したら楠木姓にするって。

 友里さんのご両親はいいって言ったそうだけど、そうさせてほしいって頼んだそうだ。


「あ、そうだ。この前ジョウ兄が奥さんと来たけど、そっちには来てねえか?」

 ユウト君が聞いてきたが、

「んにゃ、来てねえべ?」

 キクコは首を傾げた。

「そっか。どこ行ったんだろな」



 ジョウさんは結局ヘルプスさんと結婚した。

 ヘルプスさんは三種の神器の力で普段は人間として、有事の際に魔物に戻れるようにしてもらったそうだ。

 ジョウさんが魔物になるとも言ったそうだが、ヘルプスさんに泣いて止められたんで折れたとか。


「もしかするとどこかの工場を見学してるのかな?」

「かもね。あ、そうだ。もう一年ですね」

 友里さんがこっちを向いて言った。


「んだ。今度帰って法要に行くだ」


 キクコの師匠、ボルス様は去年亡くなった。

 最後に会った時、虎次郎を抱っこして目を潤ませてたな。


「しかしさあ、聞いたけど」

「あんなの公言できねえんで、陛下が慌てて辞世の句考えてたべ」


 俺は死に目に会えなかったが、聞いたら死の間際に、

「待ってろマヤー! そっち行ったら無理矢理嫁にしてやるからなあ!」

 と、これでもオブラートに包んだ事を言ったらしい。


 キクコや陛下を始めとしたお弟子さん達はどうしていいか分からずしばらく固まっていたそうだ……。




「あ、ゆーと、ゆり」

 虎次郎が画面の二人に手を振った。

 こら、ちゃんとさん付けしなさい。


「あらら、虎次郎くーん」

「あー、どっちにも似てて可愛いな。しかし虎次郎って名前、両方の祖父ちゃんからだよなあ」

 二人共意に介さず笑みを浮かべて手を振ってくれた。


「そうだよ。お義父さんのコゴロウと父の次郎でね」

 与吾郎おじいさんにも通じるし。


「じゃあおれ達も子供できたら」

「まあまあ、その時にね」




 その後もあれこれと話し、一時間程でお開きとなった。

「じゃあ、また時間ができたらそっちに」

「うん。そんじゃ」


「ユウト兄、もうすっかりこっちになじんでるべさ」

「だよな。やっぱ与吾郎おじいさんに一番似ているのは彼だよな」

 なんせあっという間に家電もパソコンもスマホも使えるようになったんだから。



 そして虎次郎を寝かしつけた後、キクコが話しかけてきた。


「……隼人さん」

「うん?」

「あたす、ここに来れてよかったべ」

「俺もキクコが来てくれてよかったよ」


 キクコが着てくれなかったら、俺は今こうしてここにいなかったかも。

 母さんとも会えず、下手したら世界が滅んでたかも……。


「ほんと、ありがとう」

「こちらこそだべ。そんでこれからもよろしくだべ」

「うん」


 

 終

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