清明

玄鳥至

 玄鳥至つばめきたる。花盛りは落ち着き、花びらが雨で流されてしまう。しかし、それで地面や川が彩られている様子もまた、春の風物詩と言えるだろう。春の雨はこざっぱりとして心地が良い。

 田畑の準備も進められ、土を掘り返すトラクターの後を、烏や鷺がついて行く姿を見るようになった。烏の方は、何かを加えているところをよく見かける。夢に浮かれるような頃合いは終わり、人も鳥獣もせかせか動き回っている。


「全く変わっていませんが、何だか目新しく思えますね」


 田畑に近い道の駅へ向かう途中、連れが懐かしそうに、けれど子どものように目を輝かせながら言った。青みがかった黒髪と、紺色の春物コートを揺らしている彼は、田舎の風景に全く馴染んでいない。春なのに秋の色合いを纏い、片眼鏡モノクルをかけている私が言えたことではないが。


「少しずつ改良されていくからねぇ。この辺りはまだ出来立てだから、見違えるほどの改装となると、あと十年くらいは必要になると思うよ」

「十年ですか。この体を得た今となっては、ニシキさんたち里の皆さんのように、十年などあっという間なのかもしれませんね」

「そうだねぇ。まあ、君も成り立てだし、光陰矢の如しの境地とまでは行かないんじゃないかな」


 コートの下は白いシャツと臙脂色のネクタイ、コートと同じ紺色のスラックスという出で立ちの彼は、燕をそのまま真似しているように見えるだろう。重度の燕好きと思われるかもしれない。しかし、これは元より彼が持っている色なのだ。彼はかつて、燕だったのだから。

 名を倉目くらめと定めた彼は、何度も渡りをこなしてきた歴戦の燕である。寿命が近づいてくるにあたって、折節の里にも入れるようになり、ついに体から魂が抜け出た時は妖怪へと転じた。折節の里で郵便局を営む鳥たちの姿を見て、できるならと自分も体を得たのだという。

 妖怪として第二の生を得た後も、倉目君は各地を旅して回り、里には定住しなかった。時おり帰ってくる方の関係者で、私はちょうど帰るところに居合わせたところから仲良くなった。今となってはこうして、車を使わず行ける道の駅巡りを楽しむ仲になっている。

 さて、本日やって来た道の駅だが、倉目が鳥時代にお世話になった場所らしい。何度か巣を作らせてもらい、無事に雛を育て切れていたようだ。最近の燕にとっては、田畑や森林が近く虫も豊富な道の駅が良物件なのだという。人間側も燕をしっかり守ろうと活動しているから、セキュリティも万全というわけだ。


「この体を得てから、道の駅の中へお邪魔したことは何度もありますが、一つ一つ違っていて本当に面白いですね。旅を快適なものにしようとする人間の努力には、感服するばかりです」

「燕みたいな体のつくりはしていないからねぇ。高速道路の道の駅でも、必要最低限の機能は揃っているのだから。ま、ここはそれより機能を充実させているけれど」


 新しさが抜けない道の駅の建物は、田舎では異色の洗練されたデザインを纏って鎮座している。休みになれば、春の行楽でたくさんの車が駐車場を埋め尽くすだろう。今は平日だから空いているし、レンガを敷き詰めた洋風な通路を歩く人も少ないが、美しい花や噴水に彩られていて美しい。


「ああ、あそこだ。あそこに巣をかけていたんですよ、私」


 静かだが確かな喜色が滲んだ声を上げて、倉目君は建物の軒先を指した。人の出入り口へまっすぐ進むと気付きにくいが、日が当たって良さげな位置だ。今のところ、巣をかけている燕はいないらしい。倉目君がかけていた巣も、倉目君や他の燕が来なくなったから、撤去されてしまったのだろうか。


「今も、ここが良い場所だと分かっている燕はいるようですね」

「おお、ほんとだ。ひゅんひゅん飛んでる」


 倉目君に続いて見上げれば、はっきりし始めた空に、黒い影が素早く横切っていく。一向に低く飛びそうな気配も無いから、きっと明日も晴れるだろう。

 他の燕の巣を冷やかしに行くなんて悪行はせず、当初の目的通り、道の駅を楽しむ方へ舵を切った。地元農家から直接仕入れている野菜や果物が売られていたり、地域ならではの食材を使ったメニューを提供するフードコートがあったり。もちろん、お土産の類も充実している。多くは食品だが、民芸品も。


「ニシキさんはやっぱり、民芸品をご覧になりますか」

「見るけど、食べ物だって見るよ。良いお茶菓子やご飯のお供、パンのお供はいくらあってもいいんだから。私が食べきれなくても、友人たちにお裾分けできるからね」

「あ、なるほど。お裾分けという行為があるのですね」

「あれ。君、お裾分け知らなかったの? 私まだあげたことなかったっけ」

「ニシキさんはこうして、一緒に道の駅巡りをしてくれますからねぇ」


 つぶらな瞳を細めて笑う倉目君だが、お裾分けを知らないというのは少し引っかかってしまう。せっかく人型の身体を得たのだ、交友関係を広げるのもまた一興、誰かと共有する楽しさをより深く知ってもらいたい。


「よし。それじゃあお裾分けの第一歩として、お互いのお土産選びをしてみようか。それをフードコートで開封して、お互いに分け合う。どうかな、やってみないかい」

「面白そうですね。では早速、お土産売り場に行きましょうか」


 心なしか、また目を輝かせてくれたらしい倉目君と、お土産売り場までは一緒に行く。その後は二手に分かれて、何を選ぶのか分からないようにした。その方が面白い。

 さて、倉目君へのお土産もそうだが、梓くんを始めとした友人たちにも喜ばれそうなお菓子を買わなければ。まあ、大人数を想定すると、大抵クッキーとか小分けにできるお菓子になってしまうのだけれどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る