第2話 壊れやすい信頼

 翌朝、灰色の空が薄暗い光を投げかける中、ハルカは小さな廃屋の窓から外を見ていた。昨夜の出会いが彼女の頭から離れない。レイと名乗った青年。彼の目には、何か彼女の知らない深い感情が宿っていた。


「同じだなんて…簡単に言うけど…」


 ハルカは、自分の胸にこみ上げる複雑な感情を振り払うように、部屋を出る準備を始めた。今日は物資を探すだけでなく、もう少し街の奥へ行く予定だった。最近、近くの廃墟では目ぼしいものが見つからなくなってきたからだ。


 しかし、扉を開けると、目の前にレイが立っていた。


「おはよう、ハルカ。」


「なんでここに?」


 驚きと警戒心が交じる彼女の声に、レイは手を軽く上げて応えた。


「安心しろ。君の隠れ家を奪うつもりはない。ただ…少し話がしたくてね。」


 ハルカは目を細めながら彼を見つめた。誰かと話す機会がほとんどない彼女にとって、このような突然の接触は戸惑いを覚えるものだった。


「話ならここじゃなくてもいいでしょう。」


「まあ、そうだな。」


 レイは肩をすくめ、少し離れた瓦礫の山に腰を下ろした。彼の態度には敵意は感じられなかったが、それでもハルカは警戒を解くことができなかった。


「君はどうしてここにいるんだ?」


 レイの質問に、ハルカは一瞬答えるのをためらった。しかし、この荒廃した世界で、誰もが同じような境遇にあることを考えれば、隠す必要もないのかもしれないと思い直した。


「生まれた場所がここだから。他に行く場所なんてない。」


「なるほど。でも、それだけじゃないだろう?」


 彼の追及するような目に、ハルカは視線をそらした。彼女の中に隠れている痛みが、彼の言葉によって引き出されそうになる。


「じゃあ、あなたは?ここに何しに来たの?」


「俺も…似たようなものだよ。」


 レイは短く笑ったが、その笑いにはどこか苦味が混じっていた。


 ---


 それから二人はしばらく無言のままだった。冷たい風が通り抜ける中、ハルカは次第にレイに興味を持ち始めていた。彼の鋭い目の奥には何か隠されたものがある。それが何なのか、彼女は知りたかった。


「君さ、オーロラに入りたいと思わないのか?」


 突然の質問に、ハルカは戸惑った。オーロラ——その仮想空間は、彼女のような現実に取り残された人間には遠い存在だ。それでも、時折夢見ることはあった。


「思わないわけじゃない。でも、どうせ無理だし。」


「もし…方法があったら?」


 レイの言葉に、ハルカの心がざわめいた。方法がある?そんなことを信じていいのだろうか。


「どういうこと?」


「俺は、少しだけその世界に触れたことがあるんだ。」


 レイはポケットから小さな端末を取り出した。それは昨日見たものと同じだったが、今度は慎重に扱っているように見えた。


「これは壊れている。でも、中のデータにはまだアクセスできる部分がある。」


「だから何?」


 ハルカは彼の意図がつかめず、少し苛立った声を出した。レイは苦笑しながら端末を彼女に見せた。


「この中に、オーロラの入り口があるかもしれない。」


「入り口?」


「オーロラは完璧じゃない。現実世界と完全に切り離されているわけじゃないんだ。」


 その言葉に、ハルカの胸は高鳴った。もしそれが本当なら、彼女の孤独な現実に光が差し込むかもしれない。しかし、同時にそれがただの幻想で終わる可能性もある。


「それで?私に何をしてほしいの?」


「俺一人じゃ無理なんだ。君みたいに現実で生き抜いてきた人間の助けが必要だ。」


 レイの真剣な表情を見て、ハルカは迷った。信じていいのか、それとも拒絶するべきなのか。


 ---


 その日の午後、二人は街の中心部に向かうことになった。レイの端末に記録されたデータをもとに、オーロラへの接続が可能な施設を探すためだ。


「本当にこんなことに意味があるの?」


「意味があるかどうかなんて、やってみなきゃわからない。」


 レイの言葉に、ハルカは何も言い返せなかった。この世界で確かなものなど何一つないのだ。だからこそ、わずかな可能性に賭けるしかない。


 二人は廃墟の中を進み、かつての都市の中心部にたどり着いた。高層ビルの残骸が影を落とし、不気味な静けさが広がっている。


「ここだ。」


 レイが指差したのは、大きな施設の入口だった。扉は半ば崩れ落ち、内部は闇に包まれている。


「本当にここでいいの?」


「間違いない。データにそう書いてある。」


 ハルカは不安を感じながらも、レイの後に続いた。施設の中は薄暗く、足元には瓦礫や壊れた機器が散乱している。


「気をつけろ。」


 レイがそう言った直後、彼の足元の瓦礫が崩れ、大きな音が響いた。その音に驚いて鳥が飛び立つ音が聞こえる。


「静かに!」


 ハルカが慌てて声を潜めた。しかし、もう遅かった。遠くから何かの気配が近づいてくる。


「まずい。急げ!」


 レイが叫び、二人は施設の奥へと駆け込んだ。その背後には、得体の知れない音が追いかけてくる。


「こんなところで…!」


 ハルカは自分の選択を後悔し始めていた。レイを信じたことが正しかったのか、それともただの愚かさだったのか。


 しかし、その答えを見つけるには、まだ時間が必要だった。

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