第3話 仮想と現実の狭間

 施設の奥に逃げ込んだ二人は、息を切らしながらその場に座り込んだ。薄暗い室内に響くのは、自分たちの荒い呼吸音だけだった。ハルカは額の汗をぬぐいながら、レイを睨む。


「一体なんなのよ、今の音!」


「たぶん… セントリーだ。」


「セントリー?」


 ハルカは眉をひそめた。この荒廃した街で、その名前を耳にしたことがあった。セントリー——それは、オーロラを管理するシステムの一部だと言われている。人間が不用意に接近するのを防ぐための機械兵器。だが、直接目にしたことは一度もなかった。


「この施設にも残ってたなんてな… 油断した。」


「油断じゃ済まないでしょ!」


 ハルカは声を荒げたが、レイは冷静な表情を崩さない。


「とにかく、ここにいては危険だ。奥に進むしかない。」


 彼の言葉に反論したい気持ちはあったが、ハルカはぐっと飲み込んだ。今さら引き返すのも無理だった。


 ---


 二人は施設の奥へと進んでいった。足元には壊れた機器や瓦礫が散乱し、所々でかすかな光が漏れている。ハルカは慎重に足を運びながら、ふと壁に埋め込まれたパネルに目を留めた。


「これ、まだ動くの?」


 彼女が指差すと、レイは近づいて端末を取り出した。そして、パネルに接続して何かを操作し始める。


「どうだろうな。古い設備だけど、データくらいは残ってるかもしれない。」


 数秒後、パネルがかすかに点滅し始めた。レイは画面を覗き込みながら、何かを読み取っている。


「何が分かったの?」


「ここは… どうやら、オーロラの試験用施設だったらしい。」


「試験用?」


 ハルカは首をかしげた。オーロラという完璧な仮想空間が、この現実世界とどう繋がっているのか、彼女にはまだ理解できていなかった。


「初期の段階では、現実と仮想の間にこういう中継地点が必要だったんだろうな。ここを通じて、現実から仮想へデータを送り込んでいた。」


「それが今も残ってるってこと?」


「その可能性が高い。」


 レイは操作を続けながら、少しだけ口元を緩めた。


「もしかすると… ここからオーロラに接続できるかもしれない。」


 その言葉に、ハルカの心はざわついた。オーロラ——その名前を聞くだけで胸が高鳴る。現実から逃れ、理想の世界に入れるかもしれないという希望が芽生える。


「でも、どうやって?」


「それを今探してるんだよ。」


 レイの指が端末の上を滑り続ける。数分後、彼はふいに手を止めた。


「見つけた。」


「何を?」


「アクセスコードだ。このコードを使えば、施設内の仮想リンクを起動できる。」


 ハルカは半信半疑のまま、レイの背後から画面を覗き込んだ。そこには複雑なコードが並んでおり、彼女には理解できない内容だった。


「でも、本当にそんな簡単にいくの?」


「簡単じゃないさ。」


 レイは苦笑しながら画面を閉じた。


「この施設が完全に機能してるわけじゃない。リンクを起動させるには、いくつかのシステムを手動で再起動させる必要がある。」


「それって… 危険なんじゃないの?」


「危険じゃなかったら、こんな廃墟で誰も苦労してないだろう。」


 その言葉にハルカはため息をついた。彼女の中で、現実とオーロラの狭間に立たされるような感覚が広がっていた。


 ---


 その後、二人は施設内を慎重に探索しながら、必要なシステムを探し出した。それぞれの部屋には古びた機器が並び、どれも埃と錆に覆われている。


「これが最初のステーションだ。」


 レイが指差したのは、大型のコンソールだった。彼は端末を取り出し、再び接続を試みる。


「どう、いけそう?」


「待て… 今、データを同期させてる。」


 しかし、その時だった。遠くから金属音が響き渡り、二人は顔を見合わせた。


「また来たの?」


「急げ!」


 レイは手を動かし続けながら、ハルカに言った。


「そこのスイッチを押してくれ!赤いランプが点いたらだ!」


 ハルカは指示された通り、コンソールの近くに立ち、赤いランプが点灯するのを待った。数秒が永遠に感じられる中、ついにランプが光る。


「今だ!」


 彼女がスイッチを押すと、コンソールが低い音を立てて稼働を始めた。同時に、施設内のライトが一瞬明るくなり、次いで静寂が訪れた。


「成功したの?」


「まだだ。次のステーションに行くぞ。」


 レイが立ち上がった瞬間、背後から重い足音が響き渡った。振り返ると、セントリーの機械的な姿が彼らを見下ろしていた。


「走れ!」


 レイが叫び、二人は再び廃墟の中を駆け出した。その背後で、セントリーが冷たい金属の音を立てながら迫ってくる。


 ---


 二人が次のステーションに到達した時、ハルカは肩で息をしていた。


「これで… 終わり?」


「いや、これが最後だ。」


 レイは素早く作業を始めた。ハルカも彼の指示に従い、必要な操作を手伝った。


 やがて、最後のスイッチが作動し、施設全体が振動を伴いながら起動した。


「やった…!」


 しかし、その瞬間、背後からセントリーの銃口が二人に向けられていた。


「伏せろ!」


 レイが叫び、ハルカは反射的に地面に伏せた。次の瞬間、耳をつんざくような音が鳴り響き、施設の壁が崩れ始めた。


「行くぞ、ハルカ!」


 レイが手を差し伸べ、ハルカを引き起こした。二人は崩れゆく施設を後にしながら、次なる展開への覚悟を決めるのだった。

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