消えゆく星の下で
かずぅ
第1話 星のない空
荒廃した街の片隅に、小さな廃屋があった。瓦礫に囲まれたその建物は、誰も寄りつかない場所で、唯一の住人であるハルカにとっては安全な隠れ家だった。窓から見える空は、今日もどんよりと曇っている。かつては青かったという空がどんなものだったのか、彼女には想像もつかない。
「今日も曇りか…」
ハルカは窓辺に立ち、外をぼんやりと眺めた。崩れかけたビル群の間を冷たい風が吹き抜ける。近未来とは名ばかりで、この世界にはもはや希望という言葉が似合わなかった。かつての人々は、仮想空間——通称「オーロラ」——に自分たちの生活を移行させていった。その結果、現実世界は忘れ去られ、残されたのは彼女のような「アナログ世代」だけだった。
「朝食を済ませなきゃ…」
彼女は自分を奮い立たせるようにつぶやき、簡素なキッチンへ向かった。ガスコンロは動かないため、固形燃料でお湯を沸かし、数日前に拾ってきた缶詰を開ける。味気ないスープをすすりながら、彼女の視線は部屋の隅にある古びたタブレットに向かう。それはハルカが唯一持っている外部との接点だった。
ハルカはタブレットを手に取り、電源を入れた。画面には「接続不可」の文字が表示される。彼女はため息をつき、また接続を試みたが結果は同じだった。
「今日もダメか…」
仮想空間「オーロラ」に接続するには特定のデバイスが必要であり、ハルカのような「身体強化」を受けていない人々にはその権利すら与えられていない。それでも、彼女はこうして毎日、接続の可能性を試していた。
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昼過ぎ、ハルカは廃墟の街を歩いていた。彼女の日課は、瓦礫の中から使える物資を探すことだ。防護服の代わりに分厚いジャケットを羽織り、手袋をはめて慎重に歩を進める。空気は重く、喉に痛みを感じさせるほど汚れていた。
「これ…まだ使えそうかな?」
彼女は割れたガラス瓶を見つけ、中の液体を確認する。消毒液のようだ。少し古びているが、用途次第では役立つだろう。慎重にそれをバッグにしまい、さらに探索を続けた。
そのとき、遠くから聞き慣れない音がした。金属が擦れるような不快な音に、ハルカは身を固めた。
「また、か…」
廃墟には危険がつきものだ。野生化した動物や、物資を奪おうとする人間。特に後者は容赦がなく、彼女のような若い女性をターゲットにすることも珍しくない。
ハルカは音の方向に目を凝らしながら、そっと瓦礫の影に身を隠した。音は次第に近づいてくる。彼女は息を潜め、バッグの中からさびついたナイフを取り出した。
「誰だ?」
意を決して声を上げた。しかし、答えはなかった。代わりに現れたのは一人の青年だった。ボサボサの髪に薄汚れた服装。それでも、その目だけは鋭く輝いていた。
「なんだ、人間か…」
青年は気を抜いたように肩をすくめた。
「何者?」
ハルカはナイフを構えたまま問いかけた。青年は両手を上げて降参のポーズを取る。
「落ち着け。敵じゃない。俺はレイ。ただの流れ者だよ。」
「ここに何の用?」
「物資を探してた。君と同じさ。」
ハルカは少しだけナイフを下ろしたが、まだ完全には気を許していない。
「そんなに警戒しなくてもいいだろ。俺だって君みたいに、この世界で生き延びてるだけだ。」
「証拠は?」
「証拠?」
レイは苦笑しながら、ポケットから小さな端末を取り出した。それは「オーロラ」にアクセスするためのデバイスだった。
「それ…」
ハルカの目が見開かれる。自分には決して手に入らないものだ。
「安心しろ。これは壊れてる。使い物にならない。」
そう言ってレイは端末を地面に放り投げた。その仕草に、彼が本当に危害を加えるつもりがないことを感じ取ったハルカは、ナイフをしまった。
「君、名前は?」
「ハルカ。」
「そうか。ハルカ、俺たちは同じだよ。どこにも属せない、アナログな人間だ。」
彼の言葉に、ハルカは何か共通するものを感じた。しかし同時に、この突然の出会いが何を意味するのかもわからず、不安を覚える。
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その夜、ハルカは廃屋に戻り、今日の出来事を振り返っていた。レイと名乗る青年の鋭い目が脳裏に焼きついている。彼は何者なのか?なぜ「オーロラ」の端末を持っているのに、使わないのか?
「また会うことがあるのかな…」
ぼんやりとつぶやくハルカの耳に、外の風の音が響く。星のない空の下で、彼女はただ、自分がどうなるのかもわからない未来に思いを馳せるしかなかった。
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