第4話 継承

「――私は、だらけている」

「突然どうしたんですか? そんなこと、言われなくてもわかっています」


 時計職人の村を後にした二人は、馬車に揺られながら、どこまでも続く緑の草原を眺めていた。

 クラウがぽつりと呟いたのには、もちろん理由がある。

 それは――アーリィが、ようやく理解し始めた人の歴史のことだった。


「だらけている私だけどね。一つだけ、大事にしていることがあるんだ」

「睡眠、でしょうか」

「二つだけ、大事にしていることがあるんだ」

「食事、でしょうか」

「たくさん大事にしていることがあるんだっ!!」

「すみません。いじわるしました」


 本当に師匠と思っているのか怪しい態度だが、こうしたやり取りは今に始まったことではない。

 けれど――これから話す内容だけは、アーリィにとって初めて聞くものだった。


「私が大事にしているのは――継承だ」

「継承、ですか……」


 地位、権利、仕事、技術。

 前の者から、次の者へと受け渡されていくもの。

 その意味くらいは、アーリィにも理解できた。


「ああ。あの時計も、神様と呼ばれた職人から、少年へと技術が引き継がれたんだ」

「え……でも、それは少年が自分の力で……」

「本当に、そうだろうか」


 神様と呼ばれた職人。

 この村に滞在した一週間、何度もその呼び名は耳にしたが――その人物の名前を聞くことは、ついぞなかった。


 つまり、名すら残らないほど昔に生き、そして死んだ存在だ。

 それでも時計作りの神様の技術がこの村に残っているのなら――村そのものが、長い時間をかけて技術を継承してきたと言えるのではないだろうか。


「あの少年は、直接神様の職人に教えられたわけじゃない。だが、この村は神様を生んだ村だ。技術は途切れず受け継がれ、そして今――それを継承した少年が、時計を復活させた」

「つまりそれは、神様と呼ばれた職人の技術が、少年に引き継がれた、といってもよいと……」

「ああ。私はね、継承というのは、必ずしも直接じゃなくていいと思っている」

「……今の話を聞いて、私もそう思いました」

「――だから、アーリィ。いつかその時が来たら、私のすべてを継承するんだ」


 宝石のような瞳で、じっと見つめられる。

 アーリィは思わず、息を呑んだ。


 クラウの脳裏に、ふと昔の光景がよみがえる。

 今よりずっと小さな少女が、屈託のない笑顔で言った言葉。


『──なら、私もエルフになる!』


 遠い昔。

 エルフになろうと思った自分と同じ言葉を発したのが、このアーリィだった。



 ◇◇◇



「――どうだ、クラウ」


 一万年前。クラウはエルフになった。

 人間だった頃の耳は長く尖り、手入れもしていないはずの髪は透き通るような美しさを帯び、瞳は宝石のように輝いていた。


「頭が……割れそう……です」

「そうだろうな。私も、そうだった」


 師匠が<エルフになる魔法カラクウェンディ>を発動した瞬間、クラウの中に師匠の記憶が、全て流れ込んできた。


 師匠が生きてきた記憶――それだけではない。

 もっと、もっと……遥か以前の記憶。

 師匠より前に生きた者たちの記憶までもが、雪崩のように押し寄せていた。


「さすがはクラウだ。耐えられると思っていた」

「こんなに苦しいなんて、言わなかったのに……」

「サプライズだ」

「こんなサプライズ、いらないです……」


 記憶が一気に流れ込んだ瞬間、頭は今にも弾けそうになった。

 だが、それから逃れることはできない。

 なぜなら、今回受け継いだ魔法の中に<記憶を忘れない魔法ゼッタイメモル>が含まれており、それが自動的に起動していたからだ。


「だが、もう少しで収まる。これも、魔法のおかげだ」

「……あ、ホントだ」


 別の魔法が作用しているのか、頭痛は徐々に引き、思考も落ち着きを取り戻していった。


「――クラウ。今まで言わなくて、ごめんな」


 落ち着いた頃合いで、師匠がぽつりと呟いた。

 だが、その意味は、もうわかっていた。

 師匠の記憶を受け継いだのだから。


「師匠……死んじゃうの?」

「ああ。それが<エルフになる魔法カラクウェンディ>だからな」

「…………」


 ――<エルフになる魔法カラクウェンディ>。


 それは、長命種のエルフになれる代わりに、術者が命を失う魔法だった。


「私は、長く生き過ぎた。わかるだろう?」

「…………わから、ないっ」

「この期に及んで駄々をこねるとは……まだまだ子供だな」


 この時、クラウは十八歳だった。

 師匠が生きた一万年に比べれば、共に過ごした時間など、一瞬に等しい。

 それでも師匠は、弟子に選び、エルフに変え、記憶も知識も魔法も……全てをクラウに託した。


「来なさい」

「師匠――――っ」


 やっと師匠と同じ姿になれた。

 その喜びがあるはずなのに、胸が苦しい。

 師匠がいなくなる――その現実が耐えられず、クラウは涙を散らしながら、師匠の胸に飛び込んだ。


「あの日、流し素麺をしたことも、コロッケを作って食べたことも、海でバタフライを試したことも、火山の近くを掘って温泉を作ったことも……全部、私が受け継いできた記憶を試したかったからだ」

「コロッケは、師匠が火加減間違えて、食べられなかった……」

「ああ……そうだったかもね。ははは」

「師匠の、バカ……」


 冗談を交えながら、師匠はクラウの頭を優しく撫でていた。

 その体は、ぽろぽろと指先から静かに崩れ落ちていっていた。


「――クラウ。これだけは、覚えていてほしい」

「…………うん」


 穏やかな声で紡がれる言葉。

 聞き逃すまいと、クラウは師匠の服の裾を、ぎゅっと掴んだ。


「私が人生で一番大事にしているのは――継承だ」

「……けい、しょう?」

「このエルフになれる魔法は、『継承の魔法』なんだ……わかるだろう?」

「…………うん」


 今なら、わかる。

 師匠の記憶だけでなく、師匠にこの魔法を授けた人物の記憶までもが、クラウの中に刻まれていた。


「私にも師匠がいた。その人の記憶を受け継ぎ、さらにその師匠も、また記憶を受け継いできた」


 だが、ひとつだけ疑問が残っていた。

 この魔法が『継承の魔法』なら、『エルフ』とは何なのか。

 そして、なぜ師匠だけが不死であり、不死身だったのか。

 この魔法はエルフになれることで、長命種になることではないのか。


 エルフは師匠以外にも存在した。

 クラウも、何人かのエルフに会ってきた。


 だが、一万年も生き続けた者など、他にいない。

 他のエルフは長命ではあっても、不死ではなかったのだ。


「エルフになれる魔法って……本当は、何なの?」


 師匠は答えを持っていた。

 そして、記憶を受け継いだクラウも――既に知っていた。

 遅れて気づいただけだった。


「最初期のエルフ族――その中でただ一人、ハイエルフと呼ばれた、不死身のエルフの王がいた。その名は――」


 師匠の言葉を引き取るように、クラウは記憶の引き出しを開き、口にする。


「――――カラクウェンディ」


 それが、<エルフになる魔法カラクウェンディ>。

 魔法の名となった、人物の名前だった。







――――――


ここまでお読みいただきありがとうございます。

本作はカクヨムコンテスト11短編のカクヨムネクスト賞への応募作品です。


『継承』をテーマにした本作。

流し素麺だったり、時計職人の村だったり、前任者からの記憶を引き継いでいたり、おおよそ『継承』について語ってきたかと思います。


もしカクヨムネクスト賞に受賞できたなら、こういった『継承』に纏わるエピソードをたくさん書いていこうと思っています。


ぜひぜひ★★★評価やお気に入り登録お待ちしています!


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エルフになる魔法<カラクウェンディ>〜アホでバカな師匠から全てを継承したら、一万年生きるエルフになりました〜 藤白ぺるか @yumiyax

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