第2話 師匠と弟子
雲のような灰色の長い髪をお洒落に編み、子供のような幼い顔には宝石のような碧い瞳が揃う。
特徴的な長い耳にはダイアモンドより硬い結晶石を拵えたイヤリング。
整った顔ではあるが、その表情はまるでやる気がない。
「――お師匠様。そろそろ起きてください。朝は私の日課を見てくれるって約束だったじゃないですか」
「あー」
「お尻ぺんぺんしますよ?」
「うー」
お師匠様と呼んだのは薄青の髪をストレートに長く伸ばした人間の少女。
まだ十歳になったばかりだが、目の前の師匠より大人で世話焼きだ。
「あいだっ!?」
「お師匠様が起きないからです」
ぐちゃぐちゃになった毛布をうつ伏せのまま抱き、ぷりんとしたお尻を向けていた師匠——クラウは、弟子である少女――アーリィに、ぺちんとお尻を叩かれた。
だらだらと起き上がるクラウの腕を抱え、肌着のままなのに無理やり引きずるようにして外へと連れていった。
「さぁっっっっむ!?」
外は大吹雪だった。
山の中腹に建てられた小屋から出たクラウはその寒さに目が覚めた。
覚めたどころではない。垂れた鼻水は出てすぐに凍りつき、つららとなって空気を吸い込むのを阻害した。
「死ぬっ、死ぬって!?」
「お師匠様はそれくらいじゃ死にません」
「バ、バカいうな。私の師匠の死因は喉に餅を詰まらせたことによる窒息死だ。人なんて簡単に死ぬんだ」
「知ってますよ、それ嘘ですよね。前に違うこと言ってました。――大丈夫です。餅くらい私が喉に手を突っ込んで引っこ抜いてあげますから」
「そんなことしたら、私の喉が裂けちゃうじゃん」
冗談を交えた会話をする二人。
クラウが薄着の一方、アーリィは何重にも着込んだ暖かい服装。寒さはそれほど感じていなかった。
「――では、見ていてください」
アーリィが持っていた杖を掲げると先端の宝珠から複数の白光が飛び出す。
その白光は崖の反対側にあった山へと一直線に伸びていった。
一つ、また一つと、白光は山から崖へと落ちてきた雪塊に当たり、消滅させていく。
向かい側にある山は、定期的に雪崩が起きる不思議な山で、削り取られた岩が雪を纏って雪塊となり、複数個が崖下へと落ちていくものだった。
だが、アーリィは全てに当てることはできず、この日の日課は終わりを迎えた。
「……今日もダメでした」
「ああ、死ぬから戻ろう」
二人は急いで小屋へと戻った。
◇◇◇
日課があるからといって、常に山に籠もりきりというわけではない。
この雪山はあくまで通過点。次の目的地へ向かう途中、数日ほど滞在していただけだった。
「お師匠様、村へはいつ頃到着するのですか?」
小屋を発ってから、すでに三日が経っている。
魔法で作った特製のかまくらに身を寄せ、厚着と寝袋で夜を越す日々が続いていた。
氷点下三十度の山道をよく生き抜いたものだと思う。
だが、アーリィの言う通り、クラウはそれくらいでは死ななかった。
そして――一緒にいるアーリィのことも、決して簡単には死なせなかった。
「ほら、見えてきただろう」
アーリィが問いかけた、その瞬間だった。
目の前に横一線の境界が現れる。一歩踏み出せば、降り続いていた雪は嘘のように止み、足元には緑の草原が広がっていた。
さらにその先、地平線の向こうには小さな村らしき集落が見えた。
「……やっと、温かい場所で休めますね」
「ああ、もうあんな寒いところは勘弁だ……ずびっ」
「お師匠様、鼻水が汚いです。はい、ちーん」
「ずびびびびびっ」
アーリィはポケットから紙を取り出し、クラウの鼻水を手早く拭った。
その光景は、傍から見れば、もはや介護にも近いものだった。
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