第11話 操る声

悠太は、菜園の土の上で目を覚ました。頭に残る鈍い痛みを感じながら、ゆっくりと身体を起こす。倒れていたのは2時間ほどだったようだ。

彼は立ち上がり、体の土を払いながら、今起きたことがただの悪夢ではなかったことを自覚した。恐れていた「声」が、再び彼を襲ったのだ。


日常生活に戻れそうだと思った矢先、心に潜む恐怖が再び悠太を支配した。激痛で意識を失うほどの頭痛に、症状が悪化しているのではと不安を感じた彼は、すぐに病院で検査を受けることにした。


「声」は、脳や精神の異常だと思われるため、脳波検査やMRIでは特に異常は見られない。問診でも、具体的な病因はわからず、対症療法として投薬を提案された。しかし、激しい頭痛を除けば日常生活には問題がないため、しばらく様子を見ることにした。


病院からの帰り、悠太はスーパーに立ち寄った。菜園で調達できない食材や日用品を買い足すためだ。だが、買い物は悠太にとって苦痛だった。人と目を合わせれば、無数の「声」が押し寄せるのではないかという不安に苛まれていたからだ。彼は慎重に、できる限り人の視線を避け、万引きと誤解されないように、目立たない素振りで店内を歩いた。


必要なものを揃え、レジに並んだ時、研修中と書かれたバッチを付けた店員が立っていた。悠太が買い物カゴを置くと、店員はレジの操作に戸惑っているようだった。悠太がどうしたのかと思った瞬間、店員と目が合い「どのボタンを押せばいいんだっけ?」という「声」が聞こえた。ふとレジに目をやると、起動の鍵が刺さっていないことに気づいた。


「鍵を入れないと」と心の中でつぶやくと、店員は「鍵だ!」と気づき、慌てて操作を再開した。悠太は胸を撫で下ろし、そのまま店を後にした。また、店員の悪意のない「声」が聞けたことで、悠太は少し安心していた。


駐車場に向かう途中、「今日の夕飯、何にしようかしら?」という主婦の「声」が頭の中に響いた。悠太は店で魚が安売りされていたことをふと思い出すと、主婦が突然「今日は魚にしましょう」と口にした。


この日を境に、同様の現象がいくつも起こり始めた。悪意ある「声」は聞こえなくなり、悠太が「聞きたい」と思った人の「声」だけが届くようになっていた。そして、自分が思ったことが、相手の行動や思考に影響を与えることにも気づき始めた。


たとえば、新聞の勧誘員が家に訪れた時、悠太が「今日はこれくらいで諦めてほしい」と念じると、勧誘員は「あ、また今度来ます」と言ってあっさり引き下がる。また、役所の待合室でイライラしている人がいれば、「落ち着いて雑誌でも読んで待てば」と思うと、その人は自然に雑誌を手に取り、穏やかになっていった。


こうした出来事が続くにつれ、悠太はこれが「声」に対する新たな対処方法であることを確信するようになった。「もし、自分の聞きたい「声」だけを聞けるようになれば。むしろ、誰の「声」も聞かないようにできれば、自分の症状を克服できるかもしれない・・・」


そう考えた悠太は、「声」と向き合うことを決意した。これ以上の激しい頭痛を防ぐためにも、この能力を活かし、コントロールできる方法を学ぼうとしたのだ。


悠太は、精神を落ち着けるための呼吸法や、神経を集中させるヨガや体幹トレーニングなど、あらゆる方法を試し始めた。そしてその効果を確認するため、街へ出て積極的に人と接触し、「声」の力を試すようになった。


新たな目標を設定した悠太の気持ちは晴れやかになった。

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