第12話 沈黙の取引
それから二年が経った。
悠太は、都内の高層ビルにある会議室にいた。
「この複合ビルは、御社の本社ビルとしての機能を持ち、下層階にはテナントが入ります。駅の目の前という絶好の立地条件を活かし、周辺商業地域からの人の流れも期待できます。これにより、御社のブランディング力の向上にも大きく貢献できるプランだと思います。」
悠太は、かつての自信に満ちた口調で、相手企業にプレゼンをしていた。
地方の街で「声」による症状のリハビリに取り組んだ悠太は、その力を完全に克服し、再び都心に戻ってきたのだ。
彼には、同席する相手担当者の心の声がはっきりと聞こえていた。
「金額が高すぎる…」「想定より規模が大きすぎるな…」
悠太は、それに応じるようにゆっくりと言葉を重ねた。
「社長、これは単なる経費ではなく、御社にとって極めて効果の高い投資となります。」
相手はしばらくの沈黙が続いた後、ハッと我に返ったように気を取り戻し、そして、深く頷き、低い声で言った。
「ふむ… たしかに、必要な投資かもしれんな。」
その言葉を受け、この商談は成約へと傾いた。
悠太の部下が相手側の担当者に「では、詳細は別室で」と促し、会議室を出ていく。
悠太は相手側の社長と握手を交わし、ビルを後にした。
ビルの前に停められた車の横で、待っていた男が悠太を見かけ、素早く後部座席のドアを開けた。悠太が車に乗り込むと、車は静かに走り出した。
「どうでしたか?」
運転する男が振り返らずに聞く。
「ああ、決まったよ。」
悠太は落ち着いた声で答える。
「すごいですね。先週から100億円以上の案件を立て続けに決めてしまうなんて。」
「あはは、たまたまタイミングが良かっただけさ。」
「でも、不動産業界はまだ浅いんですよね。よほど知識がないとできませんよ。」
「ああ、数年前まで広告代理店の営業をしていたよ。その頃に山本会長と知り合ってね。1年ほど前の会食で、彼に引き抜かれたんだ。」
「それで斎藤社長に任されて、山本会長は会長職に退かれたんですね。」
「山本会長も高齢だし、引退を考えていたんだろう。」
「それにしても、斎藤社長が来られるまではただの街の工務店でしたよ。それを斎藤社長が大手ゼネコンとも繋がりを作って、大手顧客も次々と・・・。その人脈は本当に驚きです。」
「まあ、大口受注をしても、今はまだ我々の規模では利益は少ない。でも、少しずつ業務領域を広げれば、いずれ大手とも肩を並べられるだろう。」
悠太は、街の工務店の営業として入社し、そのまま社長を引き継いだ。不動産業界は未経験だったが、彼にとっては、売るものが違うだけで、交渉の本質は変わらないと考えていた。
「そういえば、先ほどの社長からビルの建て替えを検討している会社を紹介されたよ。来週あたりにアポを取れるだろう。」
「驚きです…そうやってどんどん人脈を広げていくんですね。」
悠太は目を閉じ、少し黙っていた後、静かに口を開いた。
「君は正直だな。やっぱり、人は正直な方がいい。それが、信頼というものに繋がるからね。」
地下の声 かずぅ @kazoo1227
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