第四章 再会





 学園の日常はあれから特に変わった事が無い。

 強いて言えばもうすぐ行われる対抗戦ぐらいだろうか。

 対抗戦――その名の通り、個人別で行われる実力最強を決める戦い。剣も魔道も区別なく、ただ純粋に強き者を決める。


「ただし、キミは出禁だと教員会議で結論が出た。勿論私は反対したがね」

「はあ」


 どうやら俺は出場禁止らしい。何故と問うまでも無い。

 それは以前ストレアさんが俺に告げていた事だから。

 学園の教えられる力量は、既に俺に追いつかないと。それらに加えて彼女からの指導も受けているため、それはそうだろと言うのが俺の結論だ。


「つまり私達は学園行事とは無関係に動ける。――本来なら休暇でも、と思ったが……国の方で奇妙な噂が流れているからね。生憎これからが仕事だ」

「奇妙な噂、ですか?」

「魔族達の動きが活発になっているのに加え禁域の動きが止まっている。まるで何かを準備するように」

「……きな臭いですね」


 魔族の最近の動きは、表を潜み裏で活動している事が多いと聞く。表立って動くと討伐され目的が果たせない為、裏で密かに動く事で少しずつ少しずつ狙いへ進んでいるのだと。


「私は王都に招集がかかっている。どうする? ついてくるかね」

「はい、それが戦いとなるのなら」

「まあ最初は会議だ。そう気を入れなくても良いよ」


 学園を出立し、王都に至るまで半日。

 馬で移動し、入口の関門前で身分を確認される。

 さて身の上話をどうしようかな、などと考える。


「ストレア様! お疲れ様です!」

「ああ、楽にしてくれ。後、彼は私の教え子だ。」

「はっ! 生徒の方でしたか、ようこそいらっしゃいました王都へ」


 王都に入るのは初めてだ。沢山の人の群れ。そこには確かに幸福があった。日常があった。

 はぐれないようにストレアさんの後をついていく。

 そうして辿り着いたのは、街の中心にある巨大な城。


「私から離れないように。目の届くところにいる限りは庇ってやれるが、はぐれたらキミは即刻牢屋行きだ」

「分かりました」


 さすがに牢屋に入るのはゴメンだ。疑いを晴らすのは面倒くさい。

 念押しして、はぐれないように気を付ける。

王城の中は豪華絢爛と言わんばかりの作りだった。


「……おや、私達が一番乗りか」


 辿り着いたのは円卓。ストレアさんは適当な席へ座った。


「キミも私の隣へ。……さて、騎士団長殿はまだのようだ」


 それから時間をおいて次々と人が集まってくる。

 その誰もが一級品の腕を持った人間だと分かった。実力者達の集まりだと。


「集まったな。ではこれより会議を執り行う。内容は我らの今後の方針についてだ」


 次から次に議論が巻き起こる。

 魔族へ対する次の動き。攻撃するか守りを固めるか。

 意見を聞いていると、そのどれもに確かな理由付けと動機を感じられる。


「ストレア殿は静観されているようだが? 貴方の意見を聞きたい」

「おお、そうでしたな。王国最強である貴方の言葉は、千金にも勝ります」


 話の矛先を向けられて、ストレアさんはふむと顎に手を当てた。


「私としては、別にどちらでも構わないと思っている。攻めろと命令があれば攻めるし、守れと言われれば守る。

 ――少なくともヤツらの動きは、私を警戒しているように思うがね」

「それは本当ですか?」

「ああ、禁域で見た魔術はこちらの動きを監視するモノだ。他の場所でそれが目撃された報告は無い。

 ヤツらからして、私は疫病のようなモノだからね。相応の警戒はしてくるだろう」


 会議の重い空気や張り詰めた視線に対して、ストレアさんは怯むことなく。ただ淡々と自分の意見を口にした。


「ところで、そちらの少年は?」

「ああ、私が受け持っている生徒だよ。学園最強でね、既に教えられる事が無い故に私が面倒を見ている」

「ほう、それはそれは」

「騎士達が聞けば、羨ましがるだろうな」


 内心、そうなのかと呟く。

 それから会議はさらに進んでいく。人員、資金、今後の動きに関してなど。

 この国を動かす重要な内容が次々と進んでいく。

 ……俺、こんなところにいていいんだろうか。一介の学生がいるにしては過ぎた場所じゃないかと思ってしまう。


「ん……?」


 何やら走ってくるような足跡。

 外がバタバタと騒がしい。

 扉を殴りつけるように開けて、一人の兵士が飛び込んでくる。


「き、急報! 急報!」 

「何事かね!」


 息を切らした兵士は、青い表情のままただ淡々と事実を告げた。


「学園強襲! 学園強襲! 魔族が多数出現した模様! 既に死傷者多数!」

「!」

「その中に魔王を名乗る者もいる模様!」


 その言葉を聞いた途端、剣を取って走り出していた。





 ――思えばここまで全力で走った事などあっただろうか。

 不思議な事に足が軽い。疲れを全くと呼んでいい程感じない。

 何故かと、自分自身に問う。

学園を襲撃された事に怒りを感じたからか? 違う、今この胸にあるのは憤りでは無い。

 学園に魔王と言う強敵がいるからか? 違う、この身が求めるのは最強では無い。


「ヴィル!」

「アイリス……!?」


 今丁度自分が来た方向。即ち王都の方角へ向かっている人の群れの中に見知った顔が見えた。

 非戦闘員や生徒達の護衛だろう。


「……魔族から、学園への襲撃よ。気が付いた時にはもう……!」

「俺も学園に向かう。後からストレア教官が騎士団を率いてくるはずだ」

「黒い鎧のヤツに気を付けて……。学園の教員と警備の騎士が瞬殺されたわ。あれは化け物よ」

「分かった」

「ヴィル!」

「?」

「その……無事に帰ってきてよ」

「努力する」


 黒い鎧――その言葉を覚えて、学園の方角へ再度走り出す。

 やがて燃え盛る建物が見えた。黒煙と赤い炎を上空へ撒いている。


「……」


 入口には多数の死体があった。人々を守ろうとしたのか、学園の教師が多数死んでいた。生徒も同じように。俺自身話した事は無いがそれでも顔を合わせた事がある者もいる。思う所はあれど、心が動く事は無い。

 無論、魔族の死体も転がっている。余程の乱戦となったのだろう。

 肉が焦げる匂いが鼻を突く。


「……」


 生徒達が鍛錬に使用している広場。そこに黒い鎧をまとった者が一人いる。見た目だけではそれ以上の事は分からない。手にしている剣は、無数の血がこびりついていた。

 目にした瞬間、それが凄まじい猛者であると分かった。


「……」

「……」


 けれどそれ以上の感情を、今の俺は感じている。

 何故こうも酷く懐かしいと思ってしまうのか。

 剣を抜く。今までの自分よりも遥かに滑らかな動作で。


「魔王様! こちらを!」


 どこからか現れた魔族が、膝を着き魔王へ剣を差し出した。

 斬るか、いやそれよりも先に魔王の刃の方が早いだろう。見ただけで分かる。あれは――紛れも無い強敵だ。


「刃に猛毒を付与してあります! それに魔王様の剣技があれば、あの小僧めも瞬きの間に死にますまい!」


 魔王はその剣を手に取った。

 さて、どうやるかと思案する。何せ剣をまだ直接見た事が無い相手だ。


「え」


 魔王は、その猛毒の刃を魔族の体へ突き刺した。視線すら向けず、まるで埃を払うかのように。


「魔王、様? あ、あ、あ、ああああああああ!!!!」


 魔族が地面をのたうちまわりながら溶けていく。口から夥しい量の血を吐き、体を腐らせ、顔を苦悶に歪めながら。


「……」


 魔王は先ほどまで持っていた剣を手にする。

 分からない事だらけだが、アイツの狙いはどうやら俺らしい。


「!」


 防衛本能が叫ぶ。体を逸らすと先ほどまで立っていた場所を、魔王の剣が貫いていた。そのまま刃を返しこちらへ迫る剣を防ぐ。


「今、のは」


 知っている。俺はこの剣を。

 そう思案しながら、体だけが自然に動いていた。まるで相手の剣を、この体が覚えているかのように。

 忘れない。忘れられる筈が無い。

 目の前の存在が振るう剣は、あの森の中で見た――。


「――先生」


 その言葉に、魔王は距離を取った。

 鎧が空に溶けていく。もう不要だと言わんばかりに。

 素顔が見える。見覚えのある顔が。


「ヴィル……。そうか、もう森は遥か彼方のようだ」


 そこには女性がいた。見るからに美しいと感じてしまう程の存在感を漂わせながら、どこか浮世離れしている。

 透き通るような銀色の綺麗な長い髪。煌く宝石のようにどこまでも紅い瞳。纏う衣装はまるで踊り子のように所々の肌などが見えている。傷どころか汚れ一つ知らぬような肌だった。

 全てが、あの時見た森の一夜と同じだった。

 燃え盛る広場の中で、深く剣を構える。


「……」


 言葉は出ない。だが必要ない。

 俺は先生と共に生きていたいと思った事は無い。それを目的にしようと思った事も無い。

 全てはこの先の為。

 あの日見た極限の剣。獣を屠るために振るわれた刃。

 それを俺は――斬りたい。貴方を、この手で破りたい。


「今の我らに言葉はいらぬ。ましてや弟子のお前なら猶更だ。――来い」

「行きます……!」


 早い、強い、鋭い。

 今まで立ち会ってきた者の誰よりも、その剣は迷いがない。

 殺すための刃。ただ相手を斬る、と言う至上命令の為に研ぎ澄まされた剣。

 それと死合う事を、俺は何より望んでいたのだ。


「ふっ……! ふっ……!」


 気持ちが高ぶっている。

 本来、止水の如くあった心は煮えたぎった溶岩のよう。

 体が熱い。心臓が早鐘を打つ。

 無数の剣戟に余分はいらぬ。そんなものはとうから斬り捨ててきた。

 この剣を斬るために生きていた。


「!」


 剣同士が激突し大きく跳ね上がる。そのまま間合いが離れた。

 だが剣が手から離れる事は無い。


「……邪魔が多すぎるな、ここまでだヴィル」

「先生……!」

「我が城へ来い。そこでお前を待つ」


 そうして、先生は陽炎のように消えていった。

 まるで俺の前から突然いなくなったあの時のように。

 沈黙が辺りを支配する。あるのは火が燃える音だけ。


「落ち着いたかい」

「……教官」


 ストレアさんが広場の入口で、壁を背に立っていた。


「どちらも恐ろしい剣技だった。……キミは魔王の弟子だったと言う訳か」

「ですね。俺も今知りましたが」

「動揺していた訳じゃないな。それにしてはキミらしくなかった。酷く高ぶっていたじゃないか」

「……あの剣を斬る。それが俺の全てです」

「成程、そのためにキミは自分の人生を。穏やかに生きる未来を捨てたんだね」


 ――ああ、この人は多分。この世界で最後に俺を理解出来る人だ。


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