第三章 禁域調査




「禁域、ですか」

「あぁ、キミはどこまで知っている?」

「……全く、ですね」

「そこからか。まあいい、状況整理も含めて伝えよう」


 学園の空き教室の一角。そこでストレアさんから見せられた用紙に目を通す。

 禁域調査と記されたものと日付があった。何だコレ……。


「禁域とは、魔族が残した残留異物。見た目こそ遺跡だ」

「遺跡……。普通の、歴史的に残るものとは違うんですか」

「普通のと違うのは中には魔物が犇めいていて、どこまで続くか分からない階層もある。極め付けに厄介なのは、入り直すと階層の内容そのものが変化する事だ」

「それは何とも……」

「最奥にいる番人を始末すれば、禁域は調査完了となる。それ以降は階層も固定化されるからな。私は恐らく魔族が次の侵攻の為に残した目印だと踏んでいる。

 本来なら王国騎士団の調査だが、彼らも手一杯でね。学園にいくつか課題として業務が回ってきている」

「はあ、でその番人を斬ってこいって事ですね」

「そういう事だ、話が早いな。助かるよ」


 禁域調査……残しておけば、そこを魔族にどう利用されるか分からない。

 成程、そういうのを前もって摘み取っておくという事か。


「そう言う訳だ。明日には出立する、荷物を纏めておきたまえ」

「ちなみに人員は……」

「私とキミの二人だ、決まっているだろう」


 ストレアさんはさも当たり前のような顔で、そう言い放った。





 次の日、学園の所有する馬車に揺られながら禁域の場所へと向かう。

 学園を出てから凡そ数時間――そこは森の中だった。


「では、我々はここで見張りをしておきます。大丈夫だとは思いますが何かありましたらすぐに合図を」

「ああ、分かった。それでは留守を頼むよ。じゃあヴィル行こうか」


 ストレアさんの後に続いて、禁域と呼ばれた遺跡に入っていく。石造りで木々に覆われた、古めかしい作りの階段を一歩一歩下りていく。


「ああ、少し待ってくれるか。久々でアレを忘れていた」

「?」

「禁域調査にコイツは欠かせなくてね」


 ストレアさんが何か取り出すと、それを口に加えた。白く、短い棒のように見えたそれは先端が赤く燃えている。


「……あの、それって」

「ああ、要するに地図だよ。これ自体が道標の役割をしてくれる魔道具でね。どういう道順を辿ったのかを吹き出る煙が記憶してくれる。中には匂いで痕跡を残してくれるモノもあるが、個人的には煙の方が好みだ」

「便利ですね」

「ああ、私も気に入っている。足を止めさせて悪かったね、さ行こうか」


 石造りの扉を両手で開ける。

 中は暗いが、所々に篝火が灯っていて視界は見えている。


「右か」


 気配と共に剣を振るう。丁度飛び出してきた魔物を、そのまま両断した。

 殺意を出してくれる分、これならまだ探れる。


「ほう、やるじゃないか」

「いや、ストレア教官気づいてたでしょ」

「試験だよ、キミは一応生徒と言う名目なのでね」


 またまた、何て思いながら先へ進む。

 ストレアさんは時折遺跡の調査を行っている。何やら彼女が持っている結晶石は、この道中を記録してくれているらしく、今後の調査に役立てられるのだと言う。

 魔族の文明を少しでも理解し、己に利用する研究者達の性だろうか。


「……この奥にいるな」

「気づいたか。ああ、ちょっとした大物だな。どうする? 私も加勢して構わないが」

「危なくなったらお願いします」

「了解した」


 扉に手を掛ける。

 中にいたのは巨人――確かオークと呼ばれている種族。

 それは巨大な足音を鳴らしながら、こちらへ走ってくる。


“狙うなら、まずは足”


 動いていない瞬間の足を即座に斬る。そのまま相手の体勢が崩れたところで得物を持つ腕を斬り、最後に首を落とした。

 僅か数秒。体は淀みなく、流れ作業のように動いていた。


「やるな、あのレベルなら王国騎士でも数人がかりだが」

「教官なら瞬殺だったのでは……」

「自分を棚上げする必要は無いよ」


 丁度、オークが立ち塞がっていた後方に扉がある。

 そこを開くと、何やら鎖の着いた丸い床が一つ。


「驚いたな、昇降機じゃないか」

「知ってるんですか?」

「ああ、魔族の城を落とした時に中で見た事がある。まさか禁域で利用されているとは……思っていたより彼らの文明は進んでいるようだ」

「或いは誰かの作り上げた者を、彼らが間借りしてるだけかもしれないですね」

「ふむ、そういった見方もあるな。……興味深くはあるが私達は学者じゃない。先へ行こうか」


 ストレアさんに教えて貰うように丸い所へ足を踏み入れると、地面が僅かに揺れて床が下へ降りていく。

 凄いなこの感覚。ちょっと癖になりそうだ。


「下に降りても、暗さは変わらないようだな。松明の代わりを準備する必要が無くて助かる」

「魔物の気配も、さっきの階層と変わらないですね」


 魔物の強さも変わったような感じは無い。

 斬り伏せて、あちこちを進みながら先へ先へと向かう。

 机や椅子など、明らかに誰かが生活をしていたかのような痕跡が残っている。


「……この書の束は日記か」

「こんなところで?」

「禁域は彼らの拠点とも言える。あっても不思議では無いだろうな」


 日記を開く。幸い室内の明かりのおかげで、目を擦る必要は無さそうだ。


『魔王様は未だに動かれない。黒い鎧に身を隠したまま、まるで微動だにしない。

 同胞が何人死のうとも、拠点がいくつ落とされようともあの御方は動かない。

 何故だ? あの力があれば、趨勢など容易くひっくり返る。人類など瞬きの間に滅ぼせる。だと言うのに何故?

 あぁ、まだ我らの信仰が足らぬのか。血を捧げます肉を捧げます。魂も、精神も全て貴方に。

 ですからどうか人の世を、奴らの夢を終わらせてください』


「……魔王の事が記されてますね。ストレア教官も見た事が無いんですか?」

「ああ、王国軍において魔王と交戦どころか目撃した者すらいないだろう。……あるのは魔族からの証言だけだ。

 単身の力だけで、世界は逆さまになる――それだけが共通している認識だよ」

「そんなに強い奴が……」

「おや、戦いたくなったのかい」

「……いや、そういう訳じゃないです」


 ああ、そうだ。

 別に最強になりたい訳でもなんでもない。

 ただ、ただ俺は――。


「まあいいさ、キミがどう進もうと私は導き、見届けるだけだ。さて、先へ行こう」

「はい」


 気を取り直して先へ。

 心なしか魔物の数も増えてきたような気がする。けれど、手強いと言う訳でも無いし連携を取ってくる訳でもない。

 ただ斬ればいいだけだ。別に難しい事でもない。


「……また番人のようだね」


 また代わり映えしない巨人が一匹。

 動きも然程、さっきと変わりない。ならば斬るのは容易い。

 またもや流れ作業のように、その勝負はあっさりと終わった。


「……おや、どうやらここまでのようだ。通路の先が無い。禁域は、遺跡として本来の姿を取り戻したようだね」

「……」

「気づいたか」

「はい、見られています」


 瞬間、ストレアさんの剣が動いて目の前の空間を斬り捨てた。

 途端に硝子が砕け散ったような音が響く。


「これで終わりだ。私も魔術魔法にはある程度の心得がある。私はともかく、キミはこれから魔族に警戒されるようになるだろう」

「まあ、これと言って特別変わりそうな感じはしませんが……」

「だろうね。やつらも決定打を大きく欠けている。さあ、学園に戻ろうか」





 魔王城――そこでは魔族の幹部達が今後の侵攻について議論を交える最中であった。

 目的は言うまでも無く、禁域に現れた最強の存在ストレアと彼女についていたもう一人の少年についてだった。


「まさか、ストレアに弟子がいたとは……」

「番人を瞬殺だぞ……! ああ、くそまだ密偵を増やさねばならん!」

「どうするのです! 王国が攻めて来ては我らは手詰まりですぞ!」

「魔王様がおられるのだ! 滅びるなどありえん!」

「その魔王様とて、まだ眠っておられる! 現実を見ろ!」


 野次が飛び交う円卓。そこの奥にある玉座には一つの鎧が鎮座していた。まるで闇を切り出したかのような黒色のそれは、生きているのか死んでいるのかすらも分からない。

 ――それは魔王と呼ばれている存在であった。


「……」


 議論に疲れた一人が息を吐いて目線を逸らす。またいつものように魔王の姿を見ようとして――それが玉座から立ち上がっている事に気が付いた。


「ま、魔王様……!」


 それは歩き出す。やがて魔族たちは皆、議論の声を止めてその存在に膝を着き忠誠を示した。

 体を動かすどころか言葉を話す事すら難しい。目線を向けただけで殺されるのではないかと錯覚する。

 先ほどとは違い、ただあるだけで全身を押しつぶす程の圧力がかかっているとすら思えた。


「……」

「……」


 魔王は円卓上に魔力で移されている映像を見る。

 禁域にいたとされる二人組の男女。それらをじっと見たまま動かない。


「――打って出る。場所は何処だ」

「い、今何と……」

「場所はどこだ、と聞いている」

「はっ、が、学園と呼ばれる施設でございます!」

「乗り込む手筈を整えろ」


 魔王が、動き出した。


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