第13話 プロジェクトの危機

「では、こちらからも一つ、よいですか」


 セキュリティホールのプロジェクトについての説明と質疑応答が終わったタイミング。SHH ソフト側の会議参加者の中で一番役職が上だと思われる取締役の芳澤よしざわさんが、小さく手を挙げていた。


「こちらもいくつか問題点を確認しています。ああ、メグレズさんに開発いただいているシステムではないです。こちら側の既存システムが起因しているのですが、メグレズさんも影響するため、この場で共有します」


 芳澤さんがそう言うと、先方のプロジェクトマネージャーがノート PC を操作して、資料を表示する。そこに書かれていたのは、連携データの整合性に関する懸念事項だ。


 今回、僕たちメグレズ・インフォメーションテクノロジーズが開発を担当した基幹システムに入力したデータを、既存システムにデータ連携することになっている。このデータ連携の仕様は、SHH ソフト社から提示され、その通りに設計、開発した。


 だが、最初に提示された仕様に合致するデータを連携した場合、今まで発覚していなかった既存システム側の不具合によって、連携データの整合性がとれなくなる事象を検知したのだという。


「今日、セキュリティホールに関する説明にあたり、セキュリティエンジニアの方も同席されるとのことだったので、お伺いしたいのです。データ連携と今後のデータ移行に関するリスク評価をお願いすることは可能ですか。今お願いしているシステムとは別のシステムになるので、可能ということでしたら別契約で進めたいと考えています」


 芳澤さんはそう言うと、僕のほうに視線を向けてきた。僕が答えていいのかわからず、隣に座る綿島わたじまさんを見る。すると、綿島さんが小さく頷いたので、僕は自らが持つ技術を踏まえて答えた。


「リスク評価を実施することは可能です。ですが、今回の基幹システム開発のスケジュールとは別にさせていただくことをご了承いただけますようお願いいたします」


 さすがにあと三週間もない基幹システム開発と同じスケジュールで、初めて見る既存システムのリスク評価は難しい。僕は答えたあと、ちらりと綿島さんを見る。綿島さんは、僕と目を合わせて頷いてくれた。


 僕が一安心していると、SHHソフト側にも安堵の空気感が流れる。SHHソフト側ではかなり問題視されていたことだったのだろう。こうして人の役に立てるようになったので、資格勉強をがんぱったかいがあるというものだ。


 別途契約を結ぶとして、リスク評価を依頼された既存システムの設計書などのドキュメント一式をファイル共有ソフトで送ってもらった。僕は SHHソフト社とのパスがないため、涼木さん経由でもらったのだが。


 綿島さんが見積もり提示までのスケジュール調整をしているうちに、ざっとドキュメントを見ているとデータベースの構造が気になった。何が気になったのか分からず、改めてデータベース関連の資料を最初から見てみる。


「あ!」


 つい声が出てしまった。データベース構造に根本的な問題があることに気づいたからだ。


「……岳仲たけなか、何かあったか?」


 綿島さんに声をかけられ、会議室内にいる人の視線を集めていたことに気づく。


「あ……いえ、その、いただいた資料に書かれていたデータベースの構造が気になりまして、つい声が出てしまいました。申し訳ありません」


 僕の言葉に、綿島さんが何か気づいたのだろう。


「既存の基幹システムの件、リスク評価の可否を含めて一度持ち帰って検討させてください」


 そう言うと、綿島さんは他に議題がないことを確認して会議を終わらせた。そして、足早に SHHソフト社の会議室を後にしたのだった。


 それから僕たちはまっすぐ自社に戻り、会議室に入る。今回、急遽依頼されたリスク評価を行う既存システムのドキュメントを確認するためだ。


「あー、わかった。岳仲が声出したのってデータベースのところを見たからだろ?」


 ノート PC の画面を見たままの綿島さんが納得したような声を上げる。


「佐東さん、涼木さん。長らく基幹システム関連の開発に携わってきたお二人の意見もほしいです。このデータベース構造って、基幹システムだとよくあるものなんですか?」


 綿島さんはノート PC を操作して、プロジェクターにデータベースの資料を写す。一緒に会議室に入って資料を見てくれていた佐東さん、涼木さんがプロジェクターの映像に視線を向けた。


「これは……」


「……絶対にない、というわけじゃない。けど……」


 僕や綿島さんよりも経験年数のある二人が言い淀む。


「……少なくとも今の主流ではない。ただ、既存システムの作られた年や、さらに前のシステムからの移設先って考えると、こうなってしまうこともわからないでもないって感じかな」


 佐東さんが言葉を選びつつ、答えてくれた。


「データベース構造に問題があっても、リスク評価自体はできるのか?」


「はい、それはできます。ただ、ここまでの問題があると、リスク評価に意味があるのかってなっちゃいますが」


 頭の後ろで腕を組み、イスの背もたれによりかかっている綿島さんからの質問に、僕が答える。


「どうするかな……これ、お二人だったらどうしますか?」


「どうするって言われてもな。うちの会社の方針やらビジョンやらを考えると、これを見なかったことにしてリスク評価だけ出すはなしだろ。ただ、データベースだからな……」


 佐東さんが頭を抱える。その横で、涼木さんが腕を組む。


「……既存システムのリプレイス予定を聞いて、1 〜 2年以内にリプレイス予定だったら見なかったことにするほうがいいかも。我々に依頼されることはないかもですが、少なくとも今は人手が足りないですから」


 涼木さんからは、佐東さんとは反対の意見が出る。とはいえ、悩ましげな表情をしているので、涼木さんの本意というわけではなさそうだ。


「あの……思いつきなんですけど、暫定対応で型だけ直してリスク評価をして、恒久対応として既存システムのリプレイスを提案するのはどうでしょうか。恒久対応は、SHHソフトさんメインでやっていただくことにして、僕たちはアドバイザーという形での関わりにすれば、人手不足は回避できるかと」


 思いついたことを口にすると、僕の言葉をきっかけになったようで、綿島さん主導で、佐東さん、涼木さんと対応を検討し始める。僕は議事の内容をメモしつつ、セキュリティ関係の質問に答えていく。なんとか SHHソフトさんの悩みを解消したい。僕たちはその思いを持ち、検討を進めていくのだった。

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