第4話 迷える二人

 帰りの電車の中で、スマートフォンのニュースアプリを起動し、その日のニュースを眺めていた。一覧をスクロールをしていく中で『女子高生を自宅に宿泊させた26歳男を未成年者誘拐容疑で逮捕』という見出しが目に入る。


 恐る恐るニュースの詳細を見ると、SNS で家出を仄めかしていた女子高生に対し、容疑者の男が DM で声をかけたことをきっかけに交流を持ち、女子高生が実際に家出をした際には車で迎えに行って男の自宅に泊めたということだった。女子高生には捜索願が出されており、


「マジか……」


 昨夜のことが、突然現実味を帯びて襲ってきた。階段で出会った少女。名前も年齢も確認せずに部屋に招き入れてしまった自分。


 駅から家までの道すがら、頭の中は不安でいっぱいになっていく。もし、彼女が女子高生だったら?疲労困憊の頭で安易に泊めると判断してしまったが、本来は警察に通報するべきだったんじゃないか?いや、そもそも声をかけなければよかったんじゃないか?だが、雨の中で震えながら座り込んでいる姿を見て、声をかけないわけにはいかないだろう。


「はぁ……」


 意識的に深く息を吐く。言い訳を並べたって仕方がない。もし、彼女が女子高生で、捜索願が出ていたら、僕は犯罪者だ。疲れや無知、彼女を様子を言い訳にするべきじゃない。


 アパートに着くと、不意に以前見たテレビ番組が頭をよぎる。警察の活動を PR するテレビ番組だったが、逮捕の瞬間も撮影されていた。逮捕するときは朝か夜、犯人が確実に家にいるときを狙うという話だったはず。つい、キョロキョロと左右を見渡してしまうが、アパートの外廊下には誰もいない。


 今朝の今晩ではいくらなんでも早すぎると思い、不安を振り払うように頭を振る。そして、ポケットから取り出した鍵で玄関を開けようとしたが、鍵が開いた手応えがない。


「鍵、かけてもらえなかったのかな……」


 彼女が女子高生と決まったわけではない。僕は、意を決してゆっくりとドアノブをひねり、玄関ドアを開ける。僕の視界に飛び込んでくる見慣れない靴。嘘であってくれと願いながら、靴を脱いで家に入る。


「お、おかえりなさい」


 LDK につながるドアを開けると、床に座り、テーブルで何かを書いていたと思われる彼女が、ばつの悪そうな顔でこちらを見ていた。彼女は、昨日着ていた黒のパーカーでも、僕が貸したスウェットの上下でもない服を来ている。着替えを持っていたのだろうか。


「た、だいま……です」


 僕たちの間に静寂が満ちる。だが、僕の頭の中は、なんでまだいる?どうして帰っていない?まさか囮捜査?と次から次へと疑問が湧き上がってくる。


 遠くでサイレンの音が聞こえて、はっと我に返る。


「「あの……」」


 それは彼女、小鷹狩こだかり 美羽さんも同じだったようで、同時に声を発してしまった。


「え、えっと、お先にどうぞ」


「い、いえ……岳仲たけなかさんから、お願いします」


 こんな感じで何度かの譲り合いを経て、僕が先手を取ることになった。


「えっと、今朝は今日帰るっておっしゃってたと思うんですが……」


「あ、はい。一度、家に帰りました。それで、家にいた尾々野おおのさんに外泊することを伝えて、こちらに戻らせてもらったんです。う、嘘じゃないです」


 尾々野さん、というのが誰かはわからないが、苗字が違うので小鷹狩さんの親権者というわけではないだろう。


 僕が黙り込んでしまうと、彼女がおずおずという感じで口を開いた。


「あの、えっと、それで、大変申し訳ないんですけど、今日も泊めていただけたらなって」


「あ……っと、その返事をする前に、1つ聞かせてください」


 申し訳なさそうな懇願するような視線を向けられ、無碍に断るのはいかがなものだろうかという気になってしまった。だが、返事をする前に、これだけは聞いておかなければならない。


「失礼ですが、おいくつですか?」


「18、です。高校3年生です」


 なんでこういう時ばかり、僕の心配は当たるのだろうか。頭の中で、姉への謝罪の言葉が浮かぶ。ごめん、姉さん。弟は犯罪者になりました。


「あの、そんなに家にいたくないんですか?」


 小鷹狩さんは俯き、しばらくしてから小さく首を縦に振った。


「帰りたくないんです。まだ……」


 声が震えている。このまま帰すわけにはいかない。そう思った自分に、また罪悪感が襲いかかる。


「理由を、聞かせてもらえませんか?」


 小鷹狩さんは黙ったまま、膝の上で手を握りしめている。その仕草に、昔の自分を見た気がした。


「小鷹狩さんを質問責めにするもの申し訳ないので、僕の状況をお話ししますね。それを聞いていただいて、話してもいいなって思ったら話してくださると嬉しいです」


 僕は一度言葉を切ると、小鷹狩さんの様子を伺う。彼女の顔は俯いたままだが、なんとなく視線がこちらに向けられているのを感じた。


「僕の両親は、もういないんです。僕が高校生のときでした。進路のこととか、部活のこととか、交友関係とか。もうことあるごとに両親と喧嘩して。僕が反抗期だったからっていうもの少しはあったのかもしれません。でも、あの当時は、両親に口出しされるのが嫌で嫌で仕方なくて。あるとき、ひどい喧嘩をしたんです。で、そのまま僕は家を飛び出しました。といっても、どこか行く当てがあったわけじゃありません。ただ両親と同じ空間にいたくなかった。1時間くらい歩き回って戻ったときには、実家にトラックが突っ込んでいたんです」


 突然の話に、小鷹狩さんが顔をあげる。


「両親は救急車で搬送されましたが、病院では手の施しようがないと。あとで聞いた話では、きっと即死だっただろう。痛みを感じる暇もなかったんじゃないか、と言われました。でも、僕は両親に謝ることもできないままで」


「岳仲さん……」


「だから、もし良かったら。小鷹狩さんの話を、あなたの思いを聞かせてくれませんか」


 美羽さんは深いため息をついた。そして、ゆっくりと口を開いた。

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