恋に順番も秩序も関係なくて

 螢川くんの前で揉めたくなかったのになあ。彼の気質は修羅場の湿度に巻き込んでいい人じゃない。先輩は吠える。


「なによ、自分がフラれたからって、私にもフラれろってこと?」

「そんなこと言ってません。私がフラれたのと先輩がフラれるのはなんの関係もありません」

「フラれてはい次で、そこのイケメン侍らせてるの? 知ってる? この子すっごく惚れっぽいから、フラれた翌日にはすぐ次に言ってるの。だから尻軽だって言ってるの。注意したほうがいいよ?」


 だから先輩、先輩が黄昏先輩となんともならないのと、私の日頃の行いはなんにも関係ないでしょ。あと私はすぐフラれているんだから、尻軽でもビッチでもないでしょ。付き合ってもいないんだから。

 螢川くん、私のことどう思うんだろう。もしも……他のクラスの男子みたいに、「お手軽な女」扱いされたら悲しいなあ。

 私はチラッと見たら。だんだん螢川くんが明るい顔をしてきた。


「そっか、つまり朝霧は」

「あのう……螢川くん?」

「ガッツがあるんだな!」

「……へっ?」


 私と先輩、同時に声が出た。

 そして私の手を取ると、螢川くんはブンブンと手を振った。


「俺も気持ちはわかる! 今のアクションスクールに入所できるまで、雑誌やネットに載っているスーツアクターが通っていたっていうアクションスクールに片っ端から連絡して、どうやったら入れるかって効いて回ったからな! 高校入学してやっと入れるようになったんだ! それまでに体を治して!」

「う、うん……?」


 私、さらりと先輩に螢川くんが好きだってことをバラされたような気がするけれど、全部スルーされたような気がするんだが?

 むしろ、私がフラれてもフラれてもヘコたれずに次に行く様を評価されているような……?

 それに先輩は慌てた。


「ちょっ、ちょっと! この子をフッた人だって、今も学校に通っているのよ!? その人に対してデリカシーがないとか、そんなこと思わないの?」

「うん? そこまで気になるんだったら、どうして朝霧をフッたんだ?」

「そ、そのフッた人としゃべったりするのは……!」

「俺は思うけど、恋愛だけで人間関係をブチブチ切っているのって、もったいないと思うんだが。それでグループから離れてしまったり、友達と喧嘩別れしてしまったり。そんなことだってあるのは知っているぞ。ただ。人間関係って恋愛だけが全てなのか?」


 私は螢川くんの言葉に感動して、胸をキュンキュンとさせていた。

 先輩みたいに、こうも真っ正面から「ビッチ」「尻軽」と言ってきたような人は少数派だけど「惚れっぽ過ぎる」「軽薄が過ぎる」と言われたのは一度や二度じゃないし、そのせいでフラれたことがある。

 そしてだいたい言われるのだ。既に私は次の恋に走っているのに、勝手に「なんでもう次の恋をはじめてるんだ?」と困惑して勝手に気まずくなる人。

 だって私、フラれたじゃない。フラれたら次の恋に行っては駄目なの? 四六時中自分をフッた相手のことを思っていなきゃいけないの? だって、その人私のこと好きじゃないじゃない。その人が誰かに好かれたっていうトロフィー扱いされるの、好きではない。

 それをマルッと受け入れてくれた螢川くんに、私の胸は今以上にときめいていた。

 先輩は顔を真っ赤にしつつも、「フンッ」と鼻息を立てた。この人本当に睫毛まで長くって、これは自前なのかつけまつげなのかどっちだろう。綺麗にカールしているなあと思わずまじまじと見ている中、先輩は続けた。


「なによ、この似たもの夫婦。もういいわ。勝手に見ているだけにしないで。私だって……私だって……!」


 言いたいことを言うだけ言って、さっさと帰ってしまった。

 先輩の残り香はピーチ。先輩、多分もうちょっと薄らいだほうがよかったと思います。

 去って行った中、困った顔で螢川くんは彼女の去って行った方角を見た。


「……なんだか俺、余計なことを言ったか? あの人が朝霧になにを訴えたかったのか、一から十までさっぱりわからなかったんだが……」

「うーんと……多分私が黄昏先輩……図書委員の人ね……にフラれたのにヘラヘラしてたのが気に食わなかったんだと思う」

「そうか。でも朝霧は今、誰とも付き合ってないんだな?」

「えっ? うん……」


 あれ、これって。これって……!

 私は胸を高鳴らせながら螢川くんを見上げたら、螢川くんはとてもとても太陽のような笑顔で言ってのけた。


「これからも友達として一緒にいてくれるんだな!」

「へっ? え、ええっと……」

「さすがに付き合っている人がいるんだったら、相手に対して失礼だからな。朝霧の恋は上手く行ってほしいから身を引く所存だが……友達だったら大丈夫だな?」

「え? えっ? えっと…………うん」


 そうだった。どういう理屈か、螢川くんにはちっとも私の気持ちが伝わってないんだった! あれだけ庇ってくれていても、なんか伝わってないんだった! うわーん!

 カウンターで本を読んでいる黄昏先輩がちらりと閲覧席の私たちを見ていたような気がしたけど、今の状況で黄昏先輩に助けを求める訳にもいかず。

 ただ私は、茫然としながら「う、うん……そうだね?」と困り果てながら答えることしかできなかった。

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