黄昏公彦の傍観

「……ごめん。君のことは嫌いじゃないし、好意はあるとは思うけど」

「けど……?」

「君の馬鹿さ加減は、観察している分には面白いけれど、恋人にするのは無理。他を当たって」

「は、アウゥゥゥゥゥゥゥ…………」


 彼女はこちらがびっくりするぐらいにオーバーリアクションを取った。こちらもそろそろ図書室を閉める作業に移らないといけないから、彼女を追い出しにかかったら、彼女は「失礼しましたー!!」と元気に立ち去っていった。

 柑橘系の甘酸っぱい匂いだけを残して。

 うちの学校には名物女子がいる。

 セミロングの髪をハーフアップにまとめ、いつも柑橘系のいい匂いをまとわせている子だった。とにかく彼女は惚れっぽい。

 運動部の男子にすげなく交際を断られ、留学予定の男子に頭を下げられへこみ、映画部部長にこてんぱんにフラれるという有様だった。

 彼女はどこからどう見ても可愛い女子であり、高校生男子はもっと単純に可愛い女子を見せびらかしたいものだと思っていたから、これは珍しいと、図書室の窓から遠巻きにその光景を眺めていた。

 そんな中、その女子が図書室にやってきた。僕はそれをこれまた遠巻きに眺めていたものの、カウンター越しに彼女がキョロキョロして困っているのが目に入った。

 よくよく見ると、カート付きのはしごの上に人が座って本を読み耽っているから、はしごを移動して本棚の上のほうにある本が取れないみたいだった。

 僕は仕方なくカウンターから出て、はしごの上に座っている生徒に声をかけた。


「これ、今使ってる?」

「あっ、ごめん!」


 生徒は謝ってはしごを降りて去って行ったのを見ながら、僕は彼女の近くまではしごを移動させる。


「なにか取りたい本があるの?」

「え……」


 途端に彼女は頬を赤らめさせた。

 これかあ。彼女の惚れっぽさというのは。噂以上だなと、この間フラれたのを思いながら考える。

 それからというもの、彼女は隙を見ては図書室にやってきて、話しかけてくるようになった。

 そうは言っても、彼女はもっと押して押して押しまくる気質かと思いきや、図書委員の邪魔は全くしないのだ。ただ「こんにちは!」「元気ですね!」「今週のおすすめの本はありますか!?」と、なんとかこちらに知ってもらおうとアピールしてくる。

 思えば。彼女みたいにこちらから丸わかりの好意を向けてくる人はいなかった。クラスでこちらを遠巻きに眺められ、黄色い声を上げられることはある。そんなこと言われても、と思う。それはペットショップや動物園で元気に遊んでいる小さな動物を見てはしゃいでいる愛玩となにが違うんだろうか。それとも、モニター越しに応援する推し活と言うべきか。

 芸能人でもないし、有名人でもないため、そんなことをされても困ると気分が凪いでいる中、朝霧さんのあまりにも真っ直ぐな好意は気持ちがよかったものの。

 それはあまりにも強くて重いものだった。本人が無自覚なほどに。

 あれと同じ物は返せない。彼女から好意をずっと搾取することだってできただろうし、彼女があまりにもフラれ続けているのを見て、同情から彼女の告白にいい返事をするkとおだってできただろうけど、それは彼女のひたむきさと天秤にかけられるものでもない。

 結果として彼女のことは嫌いではないけどフることにした。

 それで彼女を眺めている生活も終わるなと思っていたけれど、彼女はさっさと次の恋に走った。そしてあろうことか、その恋は未だに成就もしてなければ、終わってもいない。

 今までの恋が恋じゃなかっとは、僕には思えない。それだけの熱量をもって接しられたからだ。だから彼女がどうなるのかと思っていたら、とうとう頭を下げてこちらに相談を求めてきた。

 話を聞いていたら、今まで彼女が告白したようなタイプではないため、日頃から押して駄目なら押してみるを地で行く彼女でもどうすればいいのかわからないようだった。

 僕がアドバイスしつつ様子を見ていたものの。

 夏休みの当番のとき。彼女は問題の相手と一緒に図書室にやってきて、宿題をはじめた。その様子を本を読みながら盗み見ていたものの、快活を地で行くタイプだった。普通だったら彼女の恋は上手くいくはずなのに、どうして駄目なんだろう。

 そう思いつつ眺めていて、彼の大きさを思った。

 彼は彼女の好意を同じくらいの大きさで返せるという、希有なタイプだった。

 朝霧さんの好意はあまりにも重くて大き過ぎて、その好意を向けられた相手は怖じ気づいてしまって思わず断ってしまうのに、彼だけはその好意をまるまる受け止めて、それをきっちりと返していたのだ。

 だが。このふたりは付き合ってはいないし、友達だと思っているようだった。

 もしかしなくても、彼女の今の恋は彼女に問題があるのではなくて、好きになった相手のほうにあるのではないだろうか。


「どう伝えたものか」


 カウンターから全部聞いていた内容に、聞かれてもいないアドバイスについて思いを馳せることとなった。

 次に会うのは間違いなく夏休み明けだろうけれど。

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