夏休みの図書室は修羅場

 私が気を揉んでいる中も、夏休みははじまった。

 とりあえず私は奈美子ちゃんにも「多分図書室に黄昏先輩が委員会活動で来てると思うけど、一緒に図書室で宿題やらない?」と誘ったものの、首を思いっきり振られてしまった。


「……あの先輩たちとかかわりたくない」

「かかわりたくないって……あの黄昏先輩好きな、無茶苦茶化粧の上手い人たちのこと?」

「未亜ちゃんそこ見てるんだ……うん。黄昏先輩のファンクラブの人たちだから」

「私が黄昏先輩追いかけてるときにはそんなのなかったと思うけど……いつの間に?」

「黄昏先輩、たまたまネットニュースに載っちゃったから……」


 あれだなあ。イケメン見つけたら、とりあえず載せてしまうような三流ネットニュースはあるもんなあ。一般人にも肖像権はあるのだけれども。

 そして奈美子ちゃんも、黄昏先輩ずっと好きだから、その辺りのこと知ってたんだなあ……。


「そっかあ……そういえば、黄昏先輩のこと、奈美子ちゃんはいつから好きなの?」


 これは純粋たる興味だった。出歯亀かもわからない。

 私の質問に、奈美子ちゃんはもじもじと指先を弄る。


「……入学式で迷子になったとき、案内してくれたから」

「ああ……なんか遅れてきたと思ったら、そっかあ、そこかあ……」

「うん。恋なんて、順番とか努力とか全然関係ないのにね。私は……勇気が全然ないなあ」


 そう奈美子ちゃんはしんみりと言った。

 あの派手なファンクラブの先輩たちもそうだし、彼女からしてみれば高嶺の花が過ぎるんだなあ。それだと私も安上がりに「頑張れ」とは言いづらい。


「わかった。とりあえず気が向いたら来なよ。私も螢川くんと宿題してるから」

「……修羅場にならない?」

「螢川くんが修羅場を起こしたら、私は逆にすごいと思う」

「それはそう」


 螢川くんには恋の湿度がない。そこで修羅場が起こったら私は感動すると思うけど、彼にはそれが全然ないもんなあ。

 しょんぼりしながら、私は奈美子ちゃんと別れて家に帰った。

 今年もむっちゃ暑い。蝉が鳴かないほどには、日差しが強くて肌がジリジリと焼けていく。


****


 ひまわりが咲いている。朝顔も青と赤と絞りのものがむっちゃ咲いている。

 その庭木を見ながら、私はいそいそと学校へと向かっていた。学校の登下校くらい帽子の着用を許可してほしい。日傘も欲しい。私は仕方なく、雨晴両用の傘を差して、のんびりと歩いていた。

 アスファルトをもうもうと陽炎が漂う。もっと早い時間に打ち水をしないと湿気るだけだろうに、誰かが日が昇ってきている中で水を撒いたんだろう。汗腺が蓋されたみたいで不愉快で、はっきり言って早く図書室のクーラー浴びたくて仕方ない。


「ああ、朝霧さん!」


 手を振ってくれた螢川くんに私はパッと顔を上げた。


「宿題どう?」

「一応全部持ってきた。朝霧さんは?」

「私も一応」


 ふたりで校門を通り抜け、図書室に入るとさっきまでの湿気も暑さも嘘のように消え、清涼なクーラーの音だけが聞こえる。

 その中、静かに本を捲る音だけが響いた。

 今日の図書委員は黄昏先輩だったのだ。


「いらっしゃい」

「お邪魔します!」


 私はそう声をかけてから、ふたりで閲覧室へと向かった。

 螢川くんはチラチラと黄昏先輩を見ていた。


「あの人、朝霧さんの知り合いか?」

「ええっと。うん」


 まさか言えない。私の前の好きだった人であり、私をフッた人とは。それに螢川くんは「ふーん」と言った。それ以上話題が広がることもなく、ふたり揃って宿題をはじめる。

 英語のプリントも、現国のプリントもなんとかこなしていく中、数学に躓いていたら、数学は意外と螢川くんは得意で、「この式を使ったほうがいい」と教えてくれた。

 今日のノルマもあとちょっとで終わる。

 そんなとき。


「あら、ビッチ」


 クーラーの涼やかな空気の中、あまりにも噴きまくった制汗剤の匂いがした。多分制汗剤はそこまでたくさん付けても変わらないと思う。

 あの化粧がやけに上手い先輩は、あの炎天下の中でも化粧が汗でなだれることなくキープして立っていた。ウォータープルーフすごい。その化粧方法教えてほしい。私は汗で流れるのが嫌で、今日は最低限の日焼け止めとリップクリームしかしてない。

 一方、私よりも螢川くんのほうがむっとした顔をした。


「やめてください。人のことをビッチと言うのは」

「あら、あなた知らないでその子と付き合ってたの?」

「はい?」


 おい、なんだよこの先輩。いきなり現れたかと思ったら、私のことこき落とすために出てきたのか。思わず私は口を挟んだ。


「……私を貶めたいのだったら、好きなだけ貶めてくれて結構です。ただ、私を貶めるよりも先に、黄昏先輩にアプローチかけたほうがよっぽど建設的だと思います」


 恋は年齢序列でもなければ、努力で全て上手く行く訳でもない。でも。

「好き」のひと言もなく伝わってもないのにはじまる恋なんて、どこにもないだろうに。

 それに先輩はむっとした顔でこちらを睨み付けてきた。

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