協力⑥
「宅配の、ピザ……」
星哉は困ったように呟いた。
宅配のピザなんて、一度も食べたことがない。レストランに行ってピザを食べることはあったけれど、宅配のピザ……というか、ファストフード全般を、星哉の母は嫌っていた。
一人暮らしを始めてからも、とったことはない。星哉とて食べ盛りくらいの年頃なのだ、ピザ一枚くらいならば容易に食べられる。けれど、わざわざ割高の、しかも健康に悪そうなものをとって食べる気にはならなかった。
「嫌なら、別になんでもいいけれど」
奏が冷ややかに言う。それに慌てて、いや、ピザでいいよ、と言う。
スマホで、「ピザ 宅配」と打って調べてみれば、どうやら近くに何店舗か店があるようだった。そのうちのひとつを適当に選び、メニューの画面を開く。
「えっと、どれがいい?」
奏は星哉の手からスマホを受け取ると適当にスクロールした。しばらくした後にすっとスマホを返す。
「ひとつ選んだから。星哉くんもひとつ選んだら? 二枚くらい食べるでしょう?」
「あ、うん」
そう言われ、星哉は迷いながらも無難そうなマルゲリータを選んだ。注文画面を見れば、奏の選んだものはずいぶんと豪華なものに見えた。
適当に操作して注文する。すこし奏から距離のある場所に星哉は座ると、ふと尋ねた。
「……ピザ、好きなんだ」
「ピザ、というかジャンクなものはわりと好きよ。家ではまったく食べないけどね、家の外では割と食べるの」
「へぇ……」
「大学生になったら、ある程度の自由が得られるでしょ。家ではダメって言われ続けていたし、高校生まではろくに食べる機会もなかったから、大学生になって食べてみたら予想外に美味しかっただけよ」
まぁ、反動ね、と奏は自嘲するように笑った。星哉はぽかんと奏を見つめる。
「反動……」
「だって、母さんったら無駄に厳しいんだもの。そこまで縛り付けなくてもいいのに、あれこれとね。星哉くんのところだってそうでしょう?」
「うん、そうだね」
星哉は苦笑いする。
「いまもあれこれ言われてはいるけどね、前よりは母さんの目も届かなくなっているし、多少は自由を楽しんでるよ。全くやらせてもらえなかったゲームだってこっそりやってるし」
「ゲーム、やってるんだ……」
「星哉くんはなにもやってないの?」
尋ねられ、星哉は困ったように微笑んだ。
反動が、星哉にもないと感じるわけではない。
やりたかったことをやらせてもらえなかった経験なんて、いくらでもあるのは星哉も同じだ。ただ、星哉の場合は比較的そこに不満を持ってこなかったのだと思う。
もしくは、とっくの昔に諦めてしまったか。
唯一反動として思いついたのは、アイドル活動だった。あれだけは、きっと親に知られたらとんでもなく怒られるのだろうなと思いながらやっている。アイドル活動がはじめからやりたかったかと言われたらそうではない。けれど、アイドルを知ってみたいと思ったときに親にはひどく怒られたし、星哉の将来ははじめから決められていた。なりたいものを、不可能であっても夢見る余地さえもなかったのだ。
だからきっと、不可能に挑戦して見たいのだと思う。
その話を奏にしようかと思い、そっと口を閉じた。
星哉は奏のことは苦手だが、おそらくお互いに変な仲間意識を持っているのは事実だ。似たような親に育てられ、似たような不自由を強いられているのを知っているからこそ、どうしてもお互いに共感して同情する。
マウントばかりとってきていたのだって、いつも苦笑いはしていたが否定することはできなかった。自分はできるのだ、と思っていないと、壊れてしまいそうな時があるのは星哉だって同じだった。
けれど、だからと言ってなんでも話せるような相手であるかと言われたら、それは違う。
お互いに、親にいい感情を持っていないのは事実だ。けれど、奏は親と暮らしている。星哉の母とも仲のいい母親と、だ。
なにかの拍子に星哉がアイドルをやっていることを知られてしまえば、きっとその話は星哉の母にまでたどりつく。そうすると、後が怖い。 何を言われるか、どれほど怒られるだろうか。
できれば、親に知られないまま、卒業までを迎えたいのだ。
とんでもないわがままかもしれないなとは、若干星哉自身も思っている。それでも、容易にリスクを取ることなんて、できるはずもない。
「……僕は、特になにも変わったことはないかな」
「東京にまででてきたのに?」
奏の問いに、なんとか笑みを浮かべる。嘘を吐くのは、あまり得意ではないけれど、なんでもないように答える。
「うん。勉強だって、大変だし」
奏はじっと星哉のことを見つめた。まるで、星哉の言葉の真偽を明かそうとしてくるようなその視線に、内心星哉は汗をかく。
「ふーん」
彼女から出てきたのは、心底興味を失ったような、吐き捨てるような言葉だった。
「つまらない人生」
ピンポン、と玄関のチャイムが鳴った。その音に救われながら、星哉は玄関に向かう。
届いたピザを、沈黙が部屋を包まないようにときどきどうでもいい話をしながら食べた。ジャンクな味は美味しかったけれど、また頼もうという気はしなかった。
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