協力⑤

 三年以上会わなかった奏は、高校の頃とは違って綺麗に化粧をしていた。もちろん顔は見慣れているからすぐにわかった。けれど少しだけ驚く。高校までは、まったく化粧しているのを見たことはなかった。

 校則もなくなって、自由になったからだろうかと思ったけれど、肩につきそうなくらいの長さの髪は相変わらず地毛のままのようだった。大学に入ってやってみたいことなんて人それぞれ異なっているから、星哉にはよく分からない。けれど、地味な色でまとまっている化粧は、星哉の知る同期とはなんだか違う気がした。


 大きなキャリーケースをごろごろとひきながら彼女がこちらに近づいてくる。重そうな荷物だ。星哉にはよく分からないけれど、きっとあの中には必要なものが入っているのだろう。


「久しぶり」

「久しぶりね」

「……じゃあ、行こうか」


 とりあえず、家に向かって歩き出す。家から最寄り駅まではそれほど遠くはない。


 何をいったい話せばいいのだろうか、と星哉はぼんやり考えた。共通の話題として、ぱっと思い浮かぶものなどない。最近どうしてるの、だなんて聞くような仲でもないような気がする。


「家はここから近いの?」

「えっ、あ、歩いて5分くらい」

「ふーん」


 つまらなさそうに奏が言う。


 冷たい言い方に、星哉は気づかれないようにふぅと息を吐いた。どうにも奏と話すのは緊張する。


 奏は、自分の母親や星哉の母がいる時はこういう話し方はしない。もっと人当たりの良さそうに、柔らかい笑みを浮かべながら話す。他人に高い好感度を持たれるような話し方とでも言えばいいだろうか。


 その時は、まるでそれが生来の話し方であるようにしているけれど、実際は違う。


 その証のように星哉の前では冷ややかな話し方だ。笑みなんか浮かべない。淡々と、まるで全てに興味なんか無いように話す。その話し方がなんとも星哉には苦手だった。


 きっと奏にとって、星哉などどうでもいいのだと思う。


 もっと言えば母親や先生、地元の周りの大人たちのような、自分の評価に関連する人しか興味がないのだろう。だから人当たりのいい笑みを浮かべる。いい子だね、と褒められるために。


 そしてこれは、星哉の憶測に過ぎないのだが、きっとそれは母親に褒められたいからなのではないだろうか。


 少なくとも星哉はそうだった。母親に褒められたい。その一心ではじめは従っていたのだと思う。家にはあまりいない父親よりも、母に褒められる方が嬉しかった。あれこれやりなさいとは言われたし、言いつけを破れば酷く怒られた。


 けれど、それでも、星哉の母は、彼女しかいなかったから。


 上手く生きようとした結果、星哉は大人しい子どもに育った。想像しかないけれど、きっと、奏も同じなのだろう。


 話のネタも見つけることができないまま、無言で街を二人で歩いていく。気まずいな、と思いながらも星哉にはどうすることもできない。雑談をすることも星哉は苦手だ。まだ、相手が求める役割を果たす……奏と同じようなことをする方ができる気がする。要求されたものに応えることのほうが慣れている。


「……なんか」


 キャリーケースのゴロゴロという音の間で、呟くように奏が言う。


「東京に進学して、すっかり垢抜けて変わってるのかと思ったけれど、全然そんなことなかったわね」

「……そうだろうね」


 冷たい言葉に星哉は苦笑した。

 奏の言葉の通りだ。星哉は全然変わっていない。


 東京に出たって、髪の色を変えたって、身を置く環境が変わったって、おそらく星哉の本質は何一つ変わっていない。


 変わりたいと口では言いながら、多分心の奥底からそう思えているわけではないのだ。もちろん、母の支配を理不尽に思ってこなかった訳ではない。それでも息子に医者になって欲しい一心であらゆることを要求してきた母の気持ちがわからないわけではないし、そして自分自身も医者になるのだろうと思って生きてきたから、はじめからずっと諦めているのかもしれない。


 自由に生きることも、好きなことをやって生きていくことも。


 すぐに星哉の自宅まではついてしまった。殺風景な部屋に案内すれば、奏は何もない部屋ね、と呆れながらもすぐに我が物顔で荷物を広げだした。もはや星哉も気にはしない。よくあることだし、いつものことだ。自分の部屋であっても、奏の方がまるで本当の住人であるかのように振る舞う。おかしいのはどちらか、なんて尋ねるのはおそらく無駄だ。綺麗すぎる自分の部屋の中で遠慮している星哉自身もおかしければ、自分の部屋のようにふるまう奏もおかしい。


 少し苦笑いをしながら、星哉は奏に尋ねた。


「夜ご飯はどうしようか」


 奏のひんやりとした目がこちらを向いた。


「どこでもいいよ。外食してもいいし、家がよかったらなにか作るし」

「……自炊してるの」

「え、うん」


 へぇ、と少し意外そうに奏は言ったが、すぐに何かに思い当たったかのように無表情になった。そのあとぽつりと言う。


「ピザ」

「え?」

「ピザがいい」

「外食の?」

「宅配の」





 

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