協力⑦

 次の日も奏は絵を教えてもらうそうで、朝から家を出て行った。星哉は内心ほっとする。

 日曜の朝にはいつもレッスンであったり、ビラ配りであったり、なにかしらアイドルとしての仕事が入ってくることが多い。奏には離さないと決めた手前、下手に知られないで済むのならばその方がいい。

 バイトがある、とでも嘘を吐けばいいのかもしれないけれど、バイトのことについても全部星哉は母親に把握されている。変に疑われることだって避けたい。


 また二週間後に来るから、と去って行った奏を見送った後、はぁ、と星哉は溜息をついた。


 どうしたって、疲れが溜まるのはしかたがない。

 女の子であるというだけでずいぶん気も遣わなければいけないし、ましてや話すこともあまりないのが何よりも気まずい。その状況で隠し事までして、一緒に過ごさなければならないのは、かなり苦痛だった。


 二週間というのは、あっという間だ。ばたばたと日々を過ごしている間に気付いたら過ぎている。


 その繰り返しの内に、何度か奏を家に迎えたけれど、相変わらず星哉は慣れることができずにいた。もうきっと、ずっと慣れることはないだろうと思う。


 決して広くない部屋に、仲良くない男女が詰め込まれているというのはずいぶん異常な空間だろう。着替えだって、お風呂だって気を使うのだ。幼なじみだから、ホテルも高騰しているから、とまるでいい案であるかのように提案されていたけれど、そのはずがない。

 いつまで子どものことをまるでなにも知らない存在だと思っているのだろうか。手をかけなければ、一人で生きていけない存在だと思っているのだろうか。


 そうして、もっと年を取れば子どもの事を責めるのだろうか。


 そうしたのは、自分たちのくせに。


 はぁ、と溜息を吐く。今日幾度目かの溜息に、隣で陽太は苦笑いした。


「これから、また奏ちゃんが来るんだ」

「大変そうだなぁ」

 

 陽太の家から、スーパーまで歩いている途中だった。星哉は帰路の途中だ。駅まで向かう方にあるようで、星哉の帰宅ついでに一緒に歩いているところだった。

 陽太が答える。否定をしてこないところが居心地がよくて、どうしても不満を漏らしてしまう。


「気分が重いよ……」

「はは、頑張れよ」

「考えなきゃいけないことなんて他にもいっぱいあるのに、アイドルの仕事をやってることも隠しちゃったから、変にばれないようにもしないといけなくて」

「そういえば、そっちの方は順調なの?」


 陽太のその問いに、星哉は苦笑いをした。それからなんとも言えないかな、と答える。


「相変わらず、っていうのが一番近いかも。ファンですって言ってくれる子は前よりは増えたかなと思うけど、相変わらず少ないし、僕のファンかは微妙だし」

「まぁ、どんなこともすぐに上手くはいかないと思うよ。時間はかかるって」

「そうだよね、仕方がないよね」


 頑張らないとなぁ、とぼやく。大学がある日のレッスンとかは、正直しんどいところも多い。けれど、続けないと意味がないから、とできるだけ休まずに行っている。

 明日だってやはりレッスンだ。上手く踊れなくても、とりあえず合格点がもらえる程度までには仕上げていかなければいけない。


 信号待ちで立ち止まり、はぁ、と溜息を吐いたところだった。


 「あら、星哉くんじゃない」


 聞きたくない声が聞こえた。


 左を見れば、道の向こうから奏が歩いてきていた。いつも通り大きなスーツケースを持ち、颯爽と歩いてくる。思わず星哉は声を漏らした。


「え」

「なにしてるの」

「と、友達の家から帰るところで……」

「はじめまして。中田陽太です」


 隣で陽太が頭を軽く下げる。目の前の奏は人当たりのよい笑みをその顔に浮かべると、「飯島奏です」と名乗る。


「奏ちゃんこそ、一体こんなところでどうしたの」

「絵を教えてもらった帰り。お世話になっている先生のいらっしゃる学校が、この近くなの」

「もしかして」


 陽太が、星哉の知らない美術大学の名前を挙げた。奏が頷く。


「へぇ、すごいですね」

「……あくまで、趣味の範囲ですよ」

「そんなことないでしょう」


 当たり障りのない話をしているのに、星哉はどうしようもない居心地の悪さを感じていた。


 うまく言い表すのは難しい。強いて言うならば、妙な緊張感が漂っている。陽太は星哉の友人で、奏は星哉の幼なじみで、それだけのはずなのに、一体何だろうか。


 奏は、人前では愛想のいいタイプだけれど、それ以外では威圧感がある。涼やかな切れ長の瞳がこちらを睨んできたときなどは、なんともぞっとしてしまう。けれど、今はそんな怖い表情をしているわけではない。


 陽太に関しては、言わずもがな人好きのするタイプだ。顔の傷こそあるけれど、それだけ。人に優しいし、人に好かれる。


 それなのに、なんでこんなにピリピリしているように感じられて、星哉自身はきまずいのか。


「陽太、スーパーってどっちって言ってたっけ?」

「この信号を左かな。駅は真っ直ぐだからここまでだね」

「うん、じゃあまたね」


 奏ちゃん、行こうか、と彼女の事を呼んだ。そうね、と言いながら二人で駅に向かって歩き出す。


 奏が陽太に向ける、妙な視線に、星哉が気付くことはなかった。

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ハリボテの星 秦野まお @mao_hatano

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