協力④

 奏がやってくる週末は、あっという間に訪れた。


 その日は、午前中だけ星哉は陽太の家にお邪魔していた。夕方になったら星哉の家の最寄り駅に奏を迎えに行くことになっている。その事実が憂鬱でならなかった。


 幼なじみが家に泊まりに来るんだ、と言えば、陽太は驚いたような顔をしながらも、ふーん、そうなんだ、と言う。


「おかしくない?」

「なにが?」

「……女の子の幼なじみが、一人で泊まりに来ること」

「女の子なんだ⁉」


 こくりと頷けば、陽太はなんとも言えない顔をした。


「女の子一人なのはちょっと……複雑かもしれないな」

「やっぱり?」

「大学の友達と泊まったりはあるけど、大人数のことが多いし。一対一は明らかに付き合ってること疑われるだろ」

「……そうなの?」

「そうだよ! 泊まりじゃなくても、デートだって言われるのが普通だし、止めたとなればもう確定みたいな扱いされるよ」


 その言葉に、星哉はそうなんだ……と呆然とした。恋愛なんてろくにしてこなかったし、別に女の子に特別な感情は抱いたことはない。苦手だと思うばかりだ。


 わかることと言えば、さすがに男女が同じ空間で泊まる、しかも一対一となれば、かなりまずい状況だろう、ということだけ。いくらお互い幼い頃から知っていて、恋愛感情なんて全くないような相手でも、幼なじみだから、で全て片付けられるわけではないだろう。


「星哉はその子のこと苦手なんだろ?」

「うん」

「でもその子は、星哉のことどう思ってるか分からないわけじゃん」


 その言葉に、星哉は苦笑いした。それからぽつりと言う。


「特別な感情なんて、全くないと思うけどなぁ」


 あるとしたら、きっと妬みが近いんじゃないだろうか、と思う。決してプラスの感情ではないだろう。

 そうじゃなければ、ことあるごとにマウントばかりとってくるはずもないのだから。


 星哉の言葉に、陽太はまだ渋そうな表情をしていて、そうだといいんだけど、とぽつりと言った。


「人間ってさ、わからないよ。言葉にしないと何考えてるかなんて伝わらないんだからさ。ただの友達だと思っていた人間から告白されることなんてザラにあることだし」

「本当?」

「本当、本当」

「陽太は、されたことがあるの」

「あるよ」


 その言葉に、星哉は動きを止めた。陽太は困ったようにはは、と笑う。


「サークルの友達だと思ってた子とかね」

「……振ったの?」

「少しの間だけ付き合ってたけど、それだけ。だって俺からは全然そんな目で見たことがなかったわけだしさ。それなのに向こうとしては俺に彼氏になって、そう振る舞って欲しいって言われるわけだから、困っちゃうよね」


 なんでもないように話すのを聞きながら、星哉の頭の中は衝撃でいっぱいだった。

 

 自分自身が変わってこなかったから、全然考えたことがなかった。けれど、当たり前のことだけどみんな少しずつ変わっている。彼女がいたって、全くおかしくない話なのだ。


 それなのに、なんでこんなにも、ショックを受けているのだろう。


「もしかしてさ」


 動揺しながら、そっと口を開いた。きょとんとした瞳がこちらを見つめてくる中、動揺を悟られないように気をつけながら尋ねてみる。


「今も、彼女いたりするの?」


 言ってしまった。聞いてしまった、と思いながら、星哉の心臓はバクバクと跳ねていた。

 今までそんな話は一言も聞いたことがなかったし、言わなかったということは言いたくなかったということかもしれない。それなのに、最近は少しずつ会う頻度も高くなっているし、仲良くなってきているとは思うけれど、久々に再会しただけの自分がそこまで聞いていいのかすらわからない。


 そんな星哉の不安なんて全く気付いていないように、陽太は笑いながら答えた。


「いないよ。アイドル追っかけてる方が今は楽しいし」


 大学行って、バイトして、ライブとか行ってたらそれだけでもう忙しくなるもんな、と陽太は笑う。

 その返事にそうだよね、と答えながら、内心星哉は自分がほっとしているのを感じていた。


「周りに付き合ってる奴とかもいるし、実際楽しそうに見えるけどさ、俺はそんなに頑張って恋人の為に時間作るとかできないなーって思っちゃうよ。星哉は? いくら女子が苦手だからといって、付き合いが全くないわけじゃないだろ」

「僕もいないよ。学校で女の子と全く関わらないわけじゃないけど、男子の方がおおいからあんまり。部活に入ってたらまた違うんだろうけど、僕は部活にははいってないし」

「そんなもんかぁ」

「そんなもんだよ」


 なんでもないように返事をしながら、なにも確証はないのにまだ大丈夫、と思った。まだ平気だ。まだ、夢を見ていられる。


 なにを自分は必死になっているんだろうか、と自分でも思った。


 高校を出るまでは女の子と遊ぶなんて、と言っていた母親が、帰省の度に大学生のうちは恋愛の経験も大切なんじゃない? と手の平を返してきたこともあるし、高校までの経験も相まって女の子と付き合うのには抵抗がある。けれど、現実は恋愛話なんてよくあることだし、まるで誰かと付き合ったことがあることが当然の様に扱われることは、星哉も知っている。


 世のなかは残酷だ。見えないレールが幾つも敷かれていて、そこに沿うことを、誰もが知らないうちに強制している。

 上手く乗れない人だって、いるのに。


 陽太の家を出て、星哉は予定する時間よりも少し早く自宅の最寄り駅に着いた。少しの時間を憂鬱な気分で待つ。


 奏は、すぐに来た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る