協力②
再生ボタンが押されると、そこから先はまるで夢の世界だった。
始まりは、観客のざわめきから聞こえてくる。ライブの会場が大きいから、その声も桁違いに大きい。ときどきはっきりと、楽しみにしている言葉がマイクに拾われている。
ここまで大きいライブに、星哉は行ったことが無い。ファンクラブに入っているのは当然、その上抽選に当らなければ行けないというのは、なかなかハードルの高いものだ。
けれど、ステージに立つ者の端くれとして、考えたことがないわけではない。
これだけ大きなステージで歌うのはどんな気分だろう。一面に見えるペンライトの輝きは、どれほど綺麗だろう。地面を揺らすほどの歓声は、どれほどすごいのだろう。
憧れぬはずがない。あの大きなステージに立って、歌を歌って踊ることこそ、トップアイドルの証といっても過言ではないのだから。
ざわめきが一層大きくなって、オーバーチュアが始まる。それは、ライブが始まるという合図だ。
映像が流れ始める。たったこれだけでもうわかる。
今から始まることはとんでもなく楽しくて、幸せなことなんだって。
メンバーが出てきて、本格的にライブパフォーマンスが始まってからは一層圧巻だった。
歌がうまいのはもちろん、ダンスだって上手い。それだけじゃない、この大きな空間の使い方だって全然違う。遠くの方の観客まで見えるように近づいてくれるのはもちろんのこと、前後だけじゃなくて上下だって、この大きな舞台を余すことなく使っている。
知っている曲、知らない曲、次々と流れていく。切ない曲を奏でたかと思えば、アップテンポの盛り上がる曲へ、違和感なく繋いでいく。
MCの時間がほとんどないことが恐ろしかった。歌い続けることも、踊り続けることも、体力が要る。すさまじい体力だ。
そしてなによりも、観客を楽しませるんだというのが、ひしひしと伝わってくる。
「すごい……」
星哉は思わず声を漏らしていた。
実際に会場に行ってみたら、きっともっと違って見えるのだろう。会場だけでしか味わえない熱気がある。非日常を感じさせる空気だ。
休憩を挟むことなく、そしてほとんど言葉も交わさないまま、三時間近いライブDVDを星哉は最後まで一気に見終えた。
ふぅ、と息をつく。充足感が心を満たしていた。
「どうだった?」
陽太が、微笑みながら尋ねる。星哉は素直にすごかった、と応えた。
「だろ?」
「なんていうのかな、楽しませようっていうのがすごく伝わってくるし……なにより楽しんでる気がした。おかげで見てる方もわくわくしてくるというか」
「わかるわかる」
相槌を打ちながら、陽太はそれで、と続けた。
「真似できるところはありそう?」
「まね……」
そこでようやく、自分の勉強のために見ていたのだ、と星哉は思い出した。すっかり楽しんでしまっていたと気付く。
それから、恐ろしくなった。
まずは、まねごとから始める。そこに異論はない。
勉強だって最初は基本の解き方を知って、それからその基本の解き方を真似して演習する。それを繰り返しながら少しずつ応用のきいた難しい問題に挑戦していく、というのが基本だ。
多分、アイドルとして輝くためだって同じように最初はしていけばいいのだろうと思うし、だから陽太は星哉にこんな風にアイドルのライブを見せてくれている。
けれど、まねごとであってもこんな風になれる気がしない。
「なんでもいいと思うよ」
言葉に詰まった星哉を見かねたのか、陽太が言った。
「どんなことだって、真似できることから真似してみたらいいと思う。無様だって、自意識過剰みたいなことになったっていいんだよ。まずはやってみないと、わかんない」
「……」
「ライブDVD見てみて、参考にできそうなところはあった?」
もう一度尋ねられて、星哉はこくりと頷いた。
「参考にできそうなところは、たくさん」
「よかった」
「上手くやれるかどうかはわからないけど、やってみるよ」
にこりと笑いながら返事をする。陽太も応えるように微笑んだ。
「積極的になってみないと、なにもできないもんな」
「……うん」
積極的。自分に一番縁遠い言葉だ、と星哉は思う。
人のいいなりばかりで生きてこられてしまった自分が、今更積極的になにかに挑戦するようになれるだろうか。
けれど、せっかく星哉が提案してくれたのだ。少しだけでもやってみるしかない。
……あとは。
「ねぇ」
「ん?」
「今日のライブDVDすごくよかったからさ、また見せて欲しいな。今度は違うのも見てみたいし」
星哉の言葉に陽太はきょとんとした後、嬉しそうに笑った。あぁ、この笑顔だと思う。
この笑顔を見るのが、すごく好きだ。
「もちろん! 今度はカラオケで見てもいいし」
「カラオケで?」
「うん、プロジェクタールームで見ると、また迫力があって違って見えるしさ」
「へぇ……」
「それに、周りを気にせずに音量も出せるから」
「じゃあ今度はそうしようよ」
楽しみだなぁ、と呟く。もちろん、人気が出て欲しいから参考にしたいという気持ちがあることは嘘じゃない。
それでも、それ以上に陽太とまた遊べる、ということに、心が躍ってしまっているのも、事実だった。
じゃあ、また、と言って帰った殺風景な自室は、寒々しかった。
ベッドに寝転がる。なんだか今日はもうこのまま眠ってしまいたいと思って、星哉は気持ちのいいまま眠る。
その横に置いてあるスマホが、バイブ音をならしたことには気付かなかった。
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