再会⑤
「あの、さ」
口を開いた星哉を、陽太はきょとんとしたような表情で見た。そっと視線を落としながら、星哉はゆっくり言葉を紡ぐ。
「……僕、あんまり、人気がなくて」
「……うん」
星哉の言葉に陽太はどこか気まずそうだった。それはそうだろう。アイドル本人が人気がないと口にして、それを認めてしまうのも否定するのもどちらも難しい。
アイドルだって、ファンだって、現場に立てばどうしたって序列は伝わってしまうものだ。
アイドル自身は、もちろん人気に敏感だ。仕事でやっているのだからというのもあるけれど、グループの人気が出ればより大きな舞台に立てるようになるのはもちろんのこと、個人であっても人気が出てくればより大きな事務所への引き抜きだってあるだろう。それだけでなく、舞台やドラマへの出演オファーだってくるかもしれない。
仕事の幅が広がるなら。この、一握りの人間しか成功しない世界で生きていけるのならば、なんだってする。そういう熱意をもって生きている人間が大勢いる。
そしてファンだって、アイドルと同じくらい、下手をすればそれ以上に、活躍することを祈っている。
その理由は、星哉には想像することしかできない。純粋に嬉しい、好きな人に頑張って欲しい、という純な願いだけなのか、それとももっと昏い欲があるのか。きっと安易に決めつけられる感情ではないのだろうと思う。
だが、ファンにとってどれだけ自分の好きな存在が一番、と思っていても、ペンライトの色、身につけている服、ファン同士の会話。全てが容赦なく、現実を突きつけてくる。その点は、容赦なく残酷だ。
それは、星哉にだってわかっている。
だからこそ、なのだろうか。それとも、アイドルとして一生を過ごす気はないけれど、なのだろうか。
――それとも、三年も親元を離れて、相変わらずちらついてくる母親の陰を消し去りたいから、なのだろうか。
星哉にだって、現状を変えたいという意志はある。
「どうしたら、人気が出ると思う?」
口に出してしまってから、自分でも、何を聞いているんだろう、と星哉は思った。きっと陽太に聞いても困らせるだけだろう。実際陽太は戸惑った様に視線を逸らす。
あぁ、ダメだ。ぎゅ、と膝の上で拳を握り、星哉は俯いた。自分で何かを考えて行動しようとすると、いつも上手くいかない。困らせてしまったり、不快にさせてしまったりして、やっぱりなにもしなければよかったと思ってしまう。
だからいつも、母の言葉に従ってばかりで、それを変えたくて、アイドルにまでなったはずなのに。
思考がぐるぐると循環する。どうしたらいいか、迷ったときに母の言葉に従うことばかりしてきたから、自分ではなにも考えられないまま時間が過ぎていく。悪い癖だとは、星哉自身でも思う。それでも長年染みついた習慣は容易に変わることはない。
「星哉は」
ぼそりと呟かれた声に、そっと顔を上げた。目の前の陽太は真剣な顔をして、考えながら尋ねる。
「どんな、アイドルになりたいの?」
「どんな、アイドル」
考えたこともなかった。トントン拍子で話が進められていく中、あれをしてください、こうしてください、という指示にばかり従っていた。
「考えたこともなかった?」
図星を突かれ、大人しく頷く。そっかぁ、と陽太は笑った。
「じゃあ今、考えてみてよ。どんなのでもいいんだ。あの人みたいになってみたい、でも女の子に人気になりたい、でも」
「……どんな目標でもいいの?」
「うん。どんな目標でもいいよ。ただ、星哉が本当になりたいアイドルを教えて」
そう言われ、ようやく星哉は真剣に考え出した。
どんなアイドルになりたいのか。大人にこうなりなさい、といわれた姿ではなくて、自分ではどうなりたいのか。
「……皆を笑顔にできるアイドル」
考えた末に、ぽつりとまず星哉は答えた。陽太は静かにその言葉の続きを待っている。
「誰かに希望を与えられたり、ほんの少しだけ、明日も頑張ってみようかな、と思わせられるアイドル、かな」
中学生や、高校生の時、街中でアイドルの姿を見る度に、曲を聴く度に、嬉しくなった。
陽太のことを思い出すからだけではない。良い曲だな、と思えた記憶も、素敵な歌声だな、と感じたことも、かっこいいな、憧れるな、と思っていたことも、教えてもらった、このアイドルがどれだけ頑張って今の姿があるのか、ということも、全部が蘇ってきて、少しだけ勇気をくれた。
だから、その日は、なんだかいいことがあったな、と思うことができて、すこしだけ、今日も頑張ろうと思えて。
大声で言うことはできなかったけれど、確かに好きだなとは思っていた。
「いいじゃん」
にっ、と陽太が笑う。それだけでなんだか認められたような気がして、星哉はそうかな、と返事をした。
「すごくいいと思うよ。あとはさ、それを実際にできてるなと思うアイドルを見つけて、真似してみたらいいんじゃないかな。それだけで人気が出るかはわからないけど、なにか変わるかも」
「あ、ありがとう……」
すごい、と言葉に出さず星哉は思った。
人から突然相談をされて、ここまで回答ができるだろうか。感嘆の目で見つめる星哉の向かいで陽太はなんでもないように、こんなことしか言えなくてごめん、なんて言っている。
「あ、でも星哉って、アイドルに、詳しい?」
「いや、全然……。極力、知ろうとはしてるんだけど」
「うちにあるのでよければ、今度、DVDとか貸そうか」
突然の申し出に、星哉はきょとんとした。それから小さな声で返事をする。
「いいの……?」
「もちろん」
それに、俺だって星哉の力になりたいし。
優しい言葉に、星哉はよろしくおねがいします、と思わず返事をしていた。
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