再会④


 気まずさを誤魔化す様に、陽太は今どうしてるの、と尋ねた。すると、今は国立の大学で心理学を学んでいるという。今でも男性アイドルは好きで、ファイブスターズはずっと追いかけているらしい。メジャーなアイドルでは他にも好きなグループがいて、上京したのはアイドルの遠征費を浮かせたいからっていうのも理由にあってさ、と言われたら思わず笑ってしまった。その変わらなさが嬉しかった。


「それだけじゃなくて、今日初めて別のアイドルの現場まで増やしちゃったし」


 運ばれてきた料理を配膳ロボットから受け取りながら、陽太が苦笑した。配膳ロボットに未だ慣れない星哉は戸惑いながら陽太から料理を受け取っていたが、その言葉を聞いて目を丸くする。


「今日、初めて?」

「そうだよ。星哉に会いに行っただろ」


 運ばれてきた、大きなチキンのグリルとハンバーグまで乗った豪華な鉄板から、大きくハンバーグを切り分けて口に運びながら、陽太が頷いた。


「今までも、ライブをやってるのは知ってたんだけど、なかなか機会がなくてさ。ようやく行けたんだ。楽しかったよ」

「……楽しかった? ほんとう?」


 陽太の言うライブとは、きっと握手会の前に行われたライブのことだ。握手会にはこのライブのチケットに加えて有料のチケットが別で必要だ。握手会に来てくれたということは、と薄々考えていたけれど、本当にライブも見に来てくれていたらしい。


 楽しかった、といわれて視界がきらめくような感覚がした。まるでライブの前のように少しだけ鼓動が早くなる。


 本当だよ、と陽太は返事をした。

 その返事に、星哉は少し思案した後、口を開いた。


「教えて欲しいことがあるんだけど」

「ん?」


 星哉は、そっと陽太の目を見つめた。口を開こうとして一度閉じ、それから覚悟を決めたように尋ねる。


「陽太は、僕に会いに来てくれたの?」

「うん、そうだよ」

「どうして、僕のファンになってくれたの?」


 星哉の問いに、陽太は一瞬動きを止めた後うーん、と言った。その返事を待つ間に星哉は目の前のサラダを口に入れる。


 口の中に入れたものが飲みこまれるまでのほんのわずかな時間なのに、星哉の心臓はうるさくて、時間はやたら長く感じた。

 陽太の口が開かれるのを、じっと見ていた。陽太が笑う。


「見過ぎ」

「あ……ごめん」

「いいよ。……最初は、踊ってみた動画だったかな」


 あぁ、と小さく声を漏らす。動画サイトにあげている動画のことだろう。いまや、SNSや動画サイトを駆使することはどのアイドルでも当然にやっていることだ。ネクストプリンスでもやっていて、新規ファン獲得のためにオリジナル楽曲だけではなくて、有名な曲のカバーもしていた。


「ファイブスターズの曲でさ、踊ってみた出してたことがあっただろ。あれを見たんだ」

「……僕が選んだやつだ」


 カバー曲は、事務所から指示されることもあれば自分たちで選ぶ事もある。やらされてばかりではなく自分たちでも何かを考えるように、という事務所の意向だ。

 星哉はいい曲が思いつかなくて、数少ない知っているアイドルであるファイブスターズの、少し古いけれど有名な曲を選んだ。


 そうだったんだ、と陽太が笑って、星哉は頷いた。


「ダンスはほとんど本家のコピーで、アクロバットみたいなオリジナルもなかったけど、俺は本家のが好きだから少し嬉しかったんだ。それで見てたら、さっくんの立ち位置に星哉がいてさ」

「うん。本当に……緊張した」

「さっくん、ファイブスターズの中でも一番ダンス上手いもんな」

「本当に……」


 思わず星哉はボヤく。いつも星哉はグループでも端の方の立ち位置だが、その立ち位置はファイブスターズだとさっくんこと、萩原朔人なのだ。メンバー内で話し合って、その立ち位置に決まった時は思わず青ざめた。


 星哉は決してダンスが上手くない。突出して何かができるわけでもないが、ダンスなんて始めたのがスカウト後だから本当に歴が浅いのだ。それなのに彼の立ち位置になるということは、比較されるということだ。


 だから、一生懸命MVやダンスを披露している動画を見て、必死に彼の動きを覚えた。


「さっくんのがダンスは上手いけど、凄く特徴を捉えてていいなって思ったのが最初だったかな。それから他の踊ってみたとか、企画動画とか見て、控えめで、全然前に出てこないけど一生懸命だなと思って。それで好きになった」


 はじめて聞く、自分を好きな人の生の言葉だ、と星哉は思った。


 好きだ、とか応援してる、という言葉は聞く機会がたくさんある。ファンレターをもらえば、一生懸命練られた言葉が並べられている。

 けれど、直接聞くのはまた違う。


 気恥ずかしそうに陽太ははにかむ。


「あとは、名前も星哉と同じだなとは思ってたし。まさか本人とは思わなかったけど」

「まぁ、そうだよね……」


 名前が同じ事にはすぐに気づけても、見た目はもうかなり変わってしまっているだろう。特別珍しい名前であるわけでもないのだから、別人だと考えるのも不思議なことじゃない。


 ふと、あることを思いついた。

 こんなことを頼んでいいのだろうか。ずるくはないだろうか、と思いながら、口を開いた。

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