再会③
待ち合わせの場所は、人でごった返していた。観光客が並んで、順番に写真を撮っている。
肌寒くなってきて星哉は腕をさすった。待ち合わせ場所にここを選んだのは間違いだったかもな、と後悔する。ライブハウスからほど近い場所で、加えて誰でもわかる待ち合わせ場所となれば、ここしか思いつかなかったのだ。急なことだったし、あの短い時間ではこれが限界だった。
人だらけだ。これでは見つけられるかどうか自信が無い。けれど生憎、連絡先も分からないのだ。だから、一か八か、信じて待つしかない。
いるかな、と思いながら辺りに視線を向けた。しばらく当たりをキョロキョロと見回していると、せいや、と呼ぶ声が聞こえる。その方向を向けば手を振っている陽太がいた。
「星哉、見つけた!」
「陽太」
「久しぶり、というかさっきぶり?」
「久しぶり。さっきは急にごめん、用事とか、あったかもしれないのに」
迷惑だったかもしれない、と今更落ち込む。あの時は必死だったからなにも考えていなかったけれど、陽太だって暇ではないだろう。星哉が視線を落とせば、はは、と陽太は笑い飛ばした。
「いいって。まさか会いに行ったアイドルが幼なじみで、再会した直後からこうやって会ってるのって、面白いなとは思うけど」
「……ごめん」
「なんで謝るんだよ」
はは、とまた陽太は笑った。その明るい声につられて、星哉も頬を緩める。知らず知らずのうちに緊張していたのだ、と今更自分で知った。幼なじみとは言え、小学校卒業以来――六年生の終わりがけには疎遠になってしまったからもう少し長くなるけれど、十年近く会っていなかったのだ。
知らない時間の長さがどうしても身体を硬くしそうになる。だからこそ、陽太はあまり変わっていないように見えて安心した。
「夜ご飯、もう食べた?」
「あ、いや、まだ」
「ライブと握手会終わった後だもんな。お疲れ様」
近くのファミレスでも行く? と尋ねられて、星哉は頷いた。あそこでもいい? と道路を渡った先にある店を指さされて頷く。
入ったファミレスは休日の夜ということもあるのか、酷く混雑していた。席が案内されるまで待っている間に連絡先を交換しようと言われて星哉は頷く。人数の少ない友達欄に表示される名前を見ながら、そっと頬を緩めた。
ずっと心のどこかで気がかりだった。あの頃は母のいいなりになるしかできなかったから、あのまま疎遠になってしまったけれど、本当はもっと話したかったし、遊びたかった。
アイドルについてだって、もっと陽太の口から聞いてみたかった。街中や駅、電車で広告を見かけたり、音楽を聴く度にふと思い出した。親との連絡しかできなかった子供用の携帯からスマホに変わったときは、動画を調べてみたりした。
触れれば自然と思い出は苦い思いと共に蘇った。
そして、願望も。
店が広いのだろう、それほど待たずに席に案内された。メニュー表を見ながら、星哉は頭を悩ませる。ファミレス自体にあまり来たことがないから、こういう場所ではどんなものを食べればいいのか、よくわからない。高校まで友達と行くこともあまりなければ、一人暮らしを始めてからも、自炊がほとんどだ。
自炊したくてしているわけじゃない。ただ、添加物は身体に悪いと昔から母親に言われてきたし、今でも食材やレトルトのパウチが家にたくさん送られてくる。
今まで、ジャンクフードもほとんど食べてこなかった。中高だって最低限のお金は持たされていたけど、使えばなにに使ったかは聞かれる。いちいち答えるのも怒られるのも煩わしかったから、外食はほとんどしなかった。
家族と外食しても、母親に身体にいいものにしておきなさい、と口出しをされる。
その名残で、今でも外食するとどれを選んでいいのかわからなくなる、どれを選んでも、健康に悪いと怒られるような気がするのだ。
母はもう一緒にいないのに、母の陰ばかりがまとわりついているような気がする。
ファミレスのメニューは、健康に気を遣おうと思うと選ぶのが少し難しい。けれど、決まった? と陽太に尋ねられ、あまり待たせるのも悪いとタブレットを操作した。野菜が多めで、タンパク質もとれそうなものを選んで注文する。
陽太がとってきてくれた水をもらい、こくりと飲んだ。陽太がそれにしても、と口を開く。
「すごいよなぁ。アイドルになるなんて」
「そんなこと、ないよ」
「そんなことないわけないだろ」
謙遜しすぎ、と陽太は笑った。くしゃりとした笑顔は昔と変わらない。嫌みが少しもなくて、キラキラしている。
星哉が憧れた、陽太のままだ。
陽太が尋ねる。
「アイドルになりたくて、上京したの?」
「そうじゃないよ。大学進学のために上京して、スカウトしてもらった」
「すっげ」
スカウトなんて本当にあるんだ、という感嘆の声がこそばゆい一方でどうしようもない居心地の悪さを与えられて苦笑いした。よく考えればスカウトでアイドルになるなんて、流されているのもいいところだ。チャンスが与えられたから、それに乗っかっただけ。自分の意志でアイドルになったのは間違いないけれど、運がよかっただけなのも事実だ。
オーディションのように、自分の意志と実力でアイドルになる道を選んだ人とは、覚悟が違う。
すっと脳の一部が冷静になって、体温が下がる感覚がした。熱心に頑張りたい、頑張っていると思っている一方で、いつもどこか冷静に見ている自分がいる。自分の時もあるし、母親の姿の時もある。
もっと一生懸命に生きたいのに、上手に生きれるようにと、口を出す。
陽太に大学名を聞かれて素直に答えた。学部を尋ねられ、医学部と答えると陽太の目が丸く見開かれる。それから嬉しそうに言われた。
「夢、叶えたんだ」
「……うん」
夢、夢と呼んでいいのだろうか。その他の選択肢などまるで存在しなかったように選んできた今の状況を。
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